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第9話 安全

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「スゥスゥ」

「行ってきます」

 ミサトちゃんも疲れていたみたいだ。食事を終えるとすぐに眠りについてくれた。僕はしっかりと鍵を閉めてマンション探索に戻る。

「4階からスタートだな」

 再度暗くなる中、独り言をつぶやいて4階に降りる。通路にいるゾンビは全員倒してある。部屋を調べるだけでいいんだ。ついでにゾンビの死骸をマンションから放り投げる。あとで埋葬するから落としておいた方が都合がいい。
 エレベーターでわざわざ運ぶのは避ける。肉片が落ちて腐敗臭をまき散らせる可能性もあるからね。

「4階も異常なし。ゾンビもいなかったな」

 これだけ生存者がいないのを考えるとみんな仕事人間なのがうかがえるな。僕みたいな怠惰な人間が生き残ってしまってる。なんだか感慨深い。
 食べ物は豊富に手に入った。とりあえず、手つかずで残しておくけど、メモだけ取っておく。

「あ、ハムスターのこと忘れてたな。7階に上げておくか」

 ふとハムスターの事を思い出して3階に降りる。ハムスターの入ったカゴと餌をもって7階にあがる。

「マナブさん!」

「え? ど、どうしたのミサトちゃん」

 7階にあがるとなぜかミサトちゃんが抱き着いてくる。思わずハムスターのカゴを落としてしまい、ガチャンと大きな音が鳴る。彼女は肩を震わせて泣いてる。何かあったのか?

「マナブさんがいなくなったから、いやになってどこかへ行ってしまったと」

 なるほど……不安がらせてしまったな。

「ごめんごめん。とにかく、安全を確保したくてね。他にもあんな生存者がいたら危険だろ?」

「……」

 頭をなでて声をかける。彼女はそれでも俯いて心配そうにしてる。

「大丈夫、朝には安全になるよ。約束する」

「……違うんです。その離れないでほしくて」

 僕の声に首を振ってこたえるミサトちゃん。あんな怖い思いをしたからか、彼女は暗闇が怖くなってしまったか。仕方ない、探索はあきらめるか。

「わかったよ。でも、夜の間だけだ。朝になったら探索に戻るよ」

「はい……」

 抱き着くミサトちゃんを諭しては部屋に戻る。ハムスターも忘れずに持ち帰る。落としちゃったけど、ハムスターは元気だ。夜行性だっけかな。

「あ、あの、同じ布団に入っていいですか?」

「え?」

 さっきはソファーに寝るふりをしていたけど、今回はミサトちゃんのためにもしっかりと布団を用意してきた。自分の部屋にあった敷布団を持ってきた。彼女の声に唖然として声を上げる。
 
「僕は男だよ? ダメに決まってるだろ?」

「で、ですよね」

 断ると涙目になるミサトちゃん。はぁ~、僕の理性が持つかどうか……。

「わかったよ。背中合わせで寝よう」

 断るのをやめて声をかける。すると彼女は迷いなく背中を向けて布団に入ってくる。よく見ると彼女はずっと震えてる。無理してたんだな。

「おはようございますマナブさん」

「ん、おはようミサトちゃん」

 朝になり目覚めるといい匂いがして体を起こす。ミサトちゃんが気が付いてあいさつを交わす。料理をするときはエプロンをするんだな。しっかりしてる子だ。

「カズキ君とミカンちゃんは?」

「二人とも大丈夫そうです。ミカンはお風呂にいれてあげたいけど無理そうなので」

 ミカンちゃんは血だらけだからな。服を着替えることもさせられない。不衛生で危険だよな。何とかならないだろうか?

「トマ子、カキ子、リン子は喜んで実を作りました」

「おっと、毎日作ってくれるのか」

 指輪から声が聞こえてくる。トマ子は隣の部屋だよな。取りに行くか。
 ミサトちゃんに声をかけてから隣の部屋に向かう。トマ子を植木鉢ごと回収して帰ってくるとプチトマトをもぐ。

「そういえば、トマ子のトマトは元気が出るんだよな……」

 スキルによって手に入ってる野菜だ。何か効果があるかもしれない。二人に食べさせてみたいな。
 ミサトちゃんに調理してもらうか。と言ってもプチトマトは一粒だからな~。

「「おはようございます」」

「お、二人とも起きたね」

 色々考えているとミカンちゃんとカズキ君が目を覚まして挨拶をしてくれる。ミカンちゃんはさすがにまだ体を起こすこともできないみたいだな。

「ミカンちゃん、痛くない範囲で体を動かしてみてくれる?」

「うん」

 体を動かせるなら無理してでも服を変えた方がいい。傷口を縫合することは無理だから、綺麗にしとかないと危険だ。病気になったら薬がないと対処できないからな。

「痛い……」

「ん~、無理してでも服を着替えてもらいたいんだけど」

 体で動かないところはないみたいだ。切りつけられた方の腕や手もちゃんと動いてる。だけど、痛いのは痛いみたいだな。

「お兄ちゃんがやった方がいいっていうなら着替える。お姉ちゃ~ん」

 ミカンちゃんは痛そうにしながらも声を上げてミサトちゃんを呼ぶ。彼女に説明すると着替えを持ってきてくれる。
 ミカンちゃんの事はミサトちゃんに任せてカズキ君と別の部屋に行く。彼の体も見ておかないとな。

「あざが凄いな」

「はは……。でも動けます。痛っ」

「無理しない。痛くなくなったら働いてもらうよ。無理して動けなくなったら困るだろ?」

「はい……」

 カズキ君はお父さんがなくなったことを悲しむ暇もない。それなのに頑張ろうとしてくれてる。ミカンちゃんもそうだけど、いい子ばかりだな。

「まずはご飯。ミサトちゃんが作っておいてくれてるから」

 ミサトちゃんはちゃんと料理を作ってくれてる。お母さんを見て育ったんだろうな。僕も見ていたんだけどな~。目玉焼きしかできなかったな~。

「服は着替えました……」

 血だらけのタオルと服を持って出てくるミサトちゃん。傷口を見てしまったんだろう。彼女は俯いてしまってる。

「病院に誰かいてくれれば」

「……病院か」

 ミサトちゃんの言葉に考え込む。この手の状況で病院に行くと碌なことがない。出来れば行きたくないが……。
 看護師のミサトちゃん達のお母さんがいるかもしれないところでもあるんだよな。

「車は運転できない。自転車か徒歩だな」

 どちらにしても僕がここを離れないといけない。その間、みんなは無防備になってしまう。どうしたものか……。
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