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8、深愛
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「ごめんね、深愛は近本さんにみたいに明るく振舞うのは無理だから。こうしてあげることしか出来ないよ」
制服越しに触れ合う感触を敏感に感じながら、掠れた声で謝る深愛。
海人は深愛の内に秘めた優しさと人肌に触れてようやく失恋の痛みが和らいだ。
「一人称、 深愛なんだ……」
「何、変だって言いたいの?」
「いやいや、そんなことないよ。素直に可愛いと思う」
「可愛いとか言うのズルい……」
初めて可愛いと言われたことに反抗してグッと無理矢理力を込めて抱き締める深愛。
照れ隠しのせいで慰めるにしては力が入りすぎているが、落ち込んでいた海人にとってはそれくらいが丁度よかった。
「本当はね……台風の日は一人でいるのが辛くて家に帰りたくないの」
「ここに残って僕と一緒にいても、あまり差はないと思うけど……」
「そんなことない……そんなことないから」
大人しく、内気な自分達では信じられないほどに大胆な接触。
だけど、互いに嫌がる素振りを見せることなく、二人の時間が続く。
「能登さんがこんなことをする人だと思わなかった」
「どういう意味?」
「いや、人を慰めたりするのは意外だなって……」
「誰にでもするわけじゃないよ」
「それは分かってるよ、本当は優しくしたいんだよね」
「よく言うよ、女の子の気持ちなんて、分からないくせに……」
内側から身体が次第に熱くなっていくのを感じながら、身体を離す。
自分達の関係を見失いそうになる時間を過ごし、海人は会話を続けながらようやく落ち着きを取り戻した。
雨が少し弱まってきたところで二人は戸締まりして家路に着くことにした。
美術室の照明を切り、扉を閉めて施錠をする深愛を海人は見つめた。
今まで異性として意識することなく過ごしてきた相手だったはずが、たった一日の非日常的な行為のせいで、すっかり別人に見えた。
常に冷静さを保ち、簡単に崩れることのない整った表情……ふっくらとした唇……腰まで伸びた長い黒髪。
制服に身を包んだ身体のラインまで改めて見惚れてしまった海人の頭の中には、もうすっかり美雪への未練は消え去っていた。
「こんな日に台風なんてついてないね」
「あぁ……色んな意味で一生忘れることは出来なさそうだ」
「何か、立ち直ったら立ち直ったで、ちょっとムカついて来る」
「それは性格悪いと思うけど……」
「ちょっと優しくされただけで好きになる君に言われたくないよ」
二人分の足音を鳴らし、人気のない廊下を歩いて靴を履き替える。
雨に濡れ、滑りやすい下足箱を出ると、雨を降らす分厚い雲が空を覆っていた。
「今、見ている空の色は君の瞳に映っている空の色と同じかな?」
距離が縮まったのか、縮まっていないのか、その判断も出来ないまま、願いを込めて言葉にする深愛。
「能登さんの言う通りかもしれないけど、そんないいものじゃないよ」
色のない世界に生きる海人には正確な答え合わせは出来ない。
それに、海人は自分の目が生活全般に限らず、美術に向いていないことを自覚していた。
どれだけ努力しても深愛のようにはなれない。
その劣等感を自分の中で整理していくのは簡単なことではなかった。
「私は好きだよ、スカイグレーの空」
「それは変わってると思う……」
「そうかも、ただ同じものを見ていたいだけだから」
海人と出会い美術室で同じ時を過ごすうちに、いつしかスカイブルーの空を見るたびに海人のことを思い出すようになった。
不器用で正直に気持ちを伝えることが出来なくても、想いは降り積もっていった。
深愛は自分の想いに気付いて欲しいという願望を振り払い、分かれ道で別れの言葉を交わし、手を振った。
「バイバイ……少しは元気に戻れるといいね」
今日は大胆なことをしてしまったと焦りを覚えつつ海人の後姿を見送る。
誰かと比べたいわけじゃない。
でも、もっと沢山、優しくして気を引くことは出来る。
でも、今の関係が急激に変わってしまうことを受け入れられるほど、まだ強くなれないと深愛は自覚していた。
台風がさらに近づき強い嵐を伴って雨は降り続く。
幸せな距離で歩く二人と曖昧な距離で歩き続ける二人。
海人の脳裏にしっとりと深愛の姿が色彩を帯びて色づき始めた。
制服越しに触れ合う感触を敏感に感じながら、掠れた声で謝る深愛。
海人は深愛の内に秘めた優しさと人肌に触れてようやく失恋の痛みが和らいだ。
「一人称、 深愛なんだ……」
「何、変だって言いたいの?」
「いやいや、そんなことないよ。素直に可愛いと思う」
「可愛いとか言うのズルい……」
初めて可愛いと言われたことに反抗してグッと無理矢理力を込めて抱き締める深愛。
照れ隠しのせいで慰めるにしては力が入りすぎているが、落ち込んでいた海人にとってはそれくらいが丁度よかった。
「本当はね……台風の日は一人でいるのが辛くて家に帰りたくないの」
「ここに残って僕と一緒にいても、あまり差はないと思うけど……」
「そんなことない……そんなことないから」
大人しく、内気な自分達では信じられないほどに大胆な接触。
だけど、互いに嫌がる素振りを見せることなく、二人の時間が続く。
「能登さんがこんなことをする人だと思わなかった」
「どういう意味?」
「いや、人を慰めたりするのは意外だなって……」
「誰にでもするわけじゃないよ」
「それは分かってるよ、本当は優しくしたいんだよね」
「よく言うよ、女の子の気持ちなんて、分からないくせに……」
内側から身体が次第に熱くなっていくのを感じながら、身体を離す。
自分達の関係を見失いそうになる時間を過ごし、海人は会話を続けながらようやく落ち着きを取り戻した。
雨が少し弱まってきたところで二人は戸締まりして家路に着くことにした。
美術室の照明を切り、扉を閉めて施錠をする深愛を海人は見つめた。
今まで異性として意識することなく過ごしてきた相手だったはずが、たった一日の非日常的な行為のせいで、すっかり別人に見えた。
常に冷静さを保ち、簡単に崩れることのない整った表情……ふっくらとした唇……腰まで伸びた長い黒髪。
制服に身を包んだ身体のラインまで改めて見惚れてしまった海人の頭の中には、もうすっかり美雪への未練は消え去っていた。
「こんな日に台風なんてついてないね」
「あぁ……色んな意味で一生忘れることは出来なさそうだ」
「何か、立ち直ったら立ち直ったで、ちょっとムカついて来る」
「それは性格悪いと思うけど……」
「ちょっと優しくされただけで好きになる君に言われたくないよ」
二人分の足音を鳴らし、人気のない廊下を歩いて靴を履き替える。
雨に濡れ、滑りやすい下足箱を出ると、雨を降らす分厚い雲が空を覆っていた。
「今、見ている空の色は君の瞳に映っている空の色と同じかな?」
距離が縮まったのか、縮まっていないのか、その判断も出来ないまま、願いを込めて言葉にする深愛。
「能登さんの言う通りかもしれないけど、そんないいものじゃないよ」
色のない世界に生きる海人には正確な答え合わせは出来ない。
それに、海人は自分の目が生活全般に限らず、美術に向いていないことを自覚していた。
どれだけ努力しても深愛のようにはなれない。
その劣等感を自分の中で整理していくのは簡単なことではなかった。
「私は好きだよ、スカイグレーの空」
「それは変わってると思う……」
「そうかも、ただ同じものを見ていたいだけだから」
海人と出会い美術室で同じ時を過ごすうちに、いつしかスカイブルーの空を見るたびに海人のことを思い出すようになった。
不器用で正直に気持ちを伝えることが出来なくても、想いは降り積もっていった。
深愛は自分の想いに気付いて欲しいという願望を振り払い、分かれ道で別れの言葉を交わし、手を振った。
「バイバイ……少しは元気に戻れるといいね」
今日は大胆なことをしてしまったと焦りを覚えつつ海人の後姿を見送る。
誰かと比べたいわけじゃない。
でも、もっと沢山、優しくして気を引くことは出来る。
でも、今の関係が急激に変わってしまうことを受け入れられるほど、まだ強くなれないと深愛は自覚していた。
台風がさらに近づき強い嵐を伴って雨は降り続く。
幸せな距離で歩く二人と曖昧な距離で歩き続ける二人。
海人の脳裏にしっとりと深愛の姿が色彩を帯びて色づき始めた。
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