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第十章 それぞれの始まりなう
236話 ちょうはつなう
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「遅いですわ!」
ドン! と腕を組んで仁王立ちになるティアー王女。寒風吹きすさぶ……というほどでもないが、そこそこ冷える屋上に十五分以上いるのだからそんな文句が出るのも分かる。
「冬子ちゃん、京助君遅いねー」
「あの人らが見ている前でケータイを使うわけにもいかんしな」
「まさかやられてない……よね?」
冬子としては別に彼がやられたとは思っていないが、約束の時間に来ないのは少し心配だ。
「キョースケさんがその程度の組織にやられるとは思わないデスねぇ」
「で、でも万が一ってことが……!」
「あはは、この程度で『万が一』が起きるような人ならもう何回死んでるんですかねー、キョウ君」
「京助の話を聞く限り、七回は死んでるな」
美沙だけがあわあわしているが、他の皆はのんびりとしたものだ。どうせ最後は力業でどうにかして戻ってくる。
「遅れました。マスターはまだですか?」
「その、ナイトさんがまだ戻ってこないのですが……皆さん、知りませんか?」
階下に続く階段の方から、そんなことを言いながらピアと……シャンさんが昇ってきた。
「京助はもう少しかかりそうだ。志村は……知らん」
冬子がそう返事をしながらそちらを振り向くと、二人ともさして心配した表情もしていない。
シャンさんも志村のことを信頼しているのだろう。
「でも実際遅いな。また別の日にしてもらう? 向こうは宮本武蔵の気分かもよ」
空美がしなを作って天川にもたれかかる。彼は苦笑しつつ空美の絡みを外し、肩をすくめた。
「巌流島か。……いや、清田は明日に王都を発つらしいからな。もう十分くらいは待ってもいいだろう」
もう十分か。流石にそろそろ連絡を取った方がいいのかもしれない。
(トイレにでも行くと言って抜け出そうか)
「仕方ない、ちょっと私はお花摘みに――」
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
ぶわっ、と風が渦巻き、一人の男が着地する。涼やかな笑みを浮かべているのは我らがリーダー、清田京助。
「お疲れ。首尾は?」
問うと、京助はニヤッと笑ってブイサインを見せた。彼にしては珍しく、少しテンションが上がっているらしい。
「全滅させたよ」
「全滅というか絶滅させそうな勢いだったけどな」
ちょっと苦笑い気味の志村。
「醜い人類は絶滅すべき」
相変わらずの過激派だ。というか範囲が広すぎる。
「ナイトさん!」
京助と一緒に降りてきた志村に向かってシャンさんがダイブする。志村は彼女を抱き留め、よしよしと頭をなでる。
そして後ろからひょっこり出てくるのはキアラさんだ。
「ふむ、少し遅くなったようぢゃの」
ふわっと改造和服をはためかせるキアラさん。生足が裾から艶めかしく見えており、ついつい目で追ってしま――
「京助の目を塞げピア!」
「はい!」
「ちょっ、え? 何するのさ」
――京助の目を塞ぎ、奴がキアラさんの脚に釘付けなるのを阻止する。やれやれ、危なかった。
「……今のは妾もわざとじゃなかったから、その……そんな対応をされると困るんぢゃが」
「珍しいですねー、キアラさんがちょっと恥ずかしがるの」
「あれだと思いますよ。自分で『挑発しよう!』って思ってやるのと、そうじゃないのの違い」
「ヨホホ……普通は『挑発しよう!』と思って挑発する人も少ないんデスけどね」
そもそも挑発するな。
「……あの、リャン。その……えーと……言いにくいところが当たってるっていうか、その……」
「マスター、『当ててんのよ』ですよ」
「当てるんじゃないピア!」
げしっとピアを蹴飛ばし、京助を救出する。視界を塞がれるわ胸を当てられるわ散々な目にあった京助の頭をよしよしと撫でる。
「大丈夫か京助」
「何が起きたのか分からないけど、冬子が俺の味方面してるのはおかしいってことだけは分かる」
京助がちょっとこちらを非難がましい目で見ているので、冬子はサッと目を逸らす。
「何をいちゃついているんですの!?」
なんてことをやっていると、向こうの方から鋭い声が飛んできた。皆でそちらを振り向くと、プリプリと怒ったティアー王女が腰に両手を当てていた。
「来るのが遅い上にイチャイチャイチャイチャと! アキラ様に失礼だと思わないんですの!?」
「あー、うん。そうだね」
京助はそう言って立ち上がると、軽く手を合わせた。その態度にまたカチンと来たのか、ムキーッと両手をあげて怒り出す。
「なんですのなんですのその態度はーっ!」
「お、落ち着いてくれティアー王女。……待ったと言っても十分、十五分だ」
苦笑しつつ、天川がティアー王女を宥める。そしてその顔を真剣なものに変えると……着ている服を脱いだ。
「ただまあ、なんで遅れたかくらい言ってくれてもいいんじゃないか?」
「いやぁ……ちょっと掃除が長引いちゃって」
「そうか。……それなら仕方ないな。明日には帰るんだろう? ならやり残したことは無い方がいい」
「ん、そうだね」
京助も上半身を脱ぎ、半裸になる。なかなか引き締まった姿だが、傷は一つも無い。キアラさんのおかげとはいえ、あまり迫力のある裸体ではない。
それがいいのだが。
「トーコさんって案外ムッツリですよねー」
「ヨホホ、キョースケさんの裸体に釘付けのマリルさんが言えることではないデスね」
別にムッツリじゃない。
京助は武器類も仕舞うと、首を一つ鳴らす。そして穏やかな笑みを浮かべると、一つ伸びをした。
「さて――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おう、志村。まだ始まってないか」
「ちょうどそろそろで御座るよー」
酒を持って現れた難波。その後ろには難波の彼女……確か、ユラシルさん。
「あ、どうも。マサトがお世話になってます」
「こちらこそで御座る。あ、そうそう。あの毒を解毒した薬の調剤方法を後で教えていただいていいで御座るか? 難波のために必要なんで御座る。もちろんお金は払うし、みだりに口外しないで御座る」
「えーと……それなら構いませんけど」
「なんでそんなの欲しがるんだ?」
難波が首をひねるので、志村はため息をついて「|魔弾の射手(ナイトメア・バレット)」の自分を少し出す。
「次に同じ状況になったら、お前はまた自分に使うだろう?」
「……そりゃあ、その」
気まずそうに目を逸らす難波。
「だからだ。まあこの話は今度にしようか」
彼女がいる手前、あまり説教するのも悪いだろう。
そんなことを思っていると、空間が歪んで井川が現れた。
「まだ始まってなかったか」
「そろそろで御座る。一人で来たんで御座るか?」
「悪いのか?」
しれっと言う井川。別に悪くはないのだが。
「ちなみにどっちが勝つと思う?」
難波のセリフに、井川がため息をつく。
「天川だろ。あいつに勝てる奴なんて想像できない」
そう言う井川だが、難波はケラケラと笑い出す。
「勝てる奴が想像出来ないっつったら清田だろ。なぁ、ユラシル」
「あの人は凄そうだったわね。……凄そうっていうか、実際凄いんだろうけど」
頷くユラシルさん。彼女も京助が戦うところを見たのだろうか。
「……清田が強いのは知ってるが、何というか『一対多』なら清田、『一対一』なら天川なのかと思っていたが……」
井川がそう言って少し首をかしげる。
「だってあの『終焉』とかヤバくないか? あれを防げる奴なんていないだろ」
ああ、確かにあの魔法は凄い。凄いというか異様だとも言えるだろう。チェーンウンディーネを倒した時のあの火力は……きっとこの場にいる誰も防ぐことは出来ないだろう。
だが、火力とは高ければいいというものでもない。
「天川殿は……過剰火力なんで御座るよ。耐久力が五十の相手に二百も三百もいらないんで御座る」
「つまり、天川の方が強い敵を倒せる可能性は高いけど、実力自体は清田の方が高い、と」
難波のまとめに、こくんと頷く志村。
「技量からして京助殿だとは思うで御座る……が、天川が無策で挑んでいるとも思えないで御座るからなぁ」
天川もだいぶ成長した。もしかすると、もしかするかもしれない。
あの京助をアッと驚かせるような戦略を立てているかもしれない。
「少し楽しみで御座るよ」
「じゃあ賭けようぜ! 俺、清田に大銀貨一枚! ユラシルは?」
「私はマサトと同じ方に賭けるわ」
「……オレは天川に。志村は?」
順当に行けば京助が間違いなく勝つのだが……せっかくの賭けなのに偏るのも良くないだろう。
どうせ大銀貨一枚なんて五百円くらいのものだ。惜しくもない。
「じゃあ拙者は天川にしておくで御座るかな」
しかしまあ友人の決闘を肴に賭けとは。
自分も悪い大人になったものだなぁ、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ぐわっ、と。
暴風と圧力を纏って現れた男。清田京助。
天川自身はライバルと思っている、越えるべき最大の目標。
「いやぁ……ちょっと掃除が長引いちゃって」
「そうか。……それなら仕方ないな。明日には帰るんだろう? ならやり残したことは無い方がいい」
「ん、そうだね。さて――」
清田はそう言って笑うと、水で槍を生み出した。天川がどうせエクスカリバーを使うからということだろう。
「やろっか」
気楽な声を出す清田が、笑みを携えたまま槍を構える。構えて、しまう。
(ああ――)
それだけで、分かる。分かって、しまう。
自分と彼の間にある隔絶した実力差を。
(強い)
天川自身も強くなった自覚はある。それだけの修練を積んだし、経験も積んだ。
昨日、ではあるが……とうとう自分の意思で人を殺した。覚悟を以て刃を振る、その辛さも少しは理解出来るようになったつもりだ。
それなのに……いや、だからこそか。清田京助の強さを以前よりもヒリヒリと感じる。
(同じ土俵に立てるようになったということだろうか)
あの時は違和感を覚えるだけだった。塔の中で急激に強くなった清田に対して。
そしてあのゴーレムドラゴンを圧倒した清田に対して、恐怖を感じるだけだった。
相手の方が強い――それは結果から推測できた。でも、今と違って何がどうなって強いのかは分からなかった。
でもそれを今はハッキリと認識できている。
王都動乱の最中、清田の戦いを観察する機会が何度かあった。だからこそ今、清田と自分の技量の差をハッキリと認識し、感じることが出来る。
素の清田と素の自分で戦えば技で敗北。
お互いが強化系の『職スキル』を使えば手数で敗北。
お互いが神器を使った場合は状況によるだろうか。
そして天川がそこに桔梗のバフを貰えば勝てる……だろう、たぶん。
(でも)
でも、そう。清田がゴーレムドラゴンを倒した時のあの姿。そして昨日、氷の虎を粉砕したあの姿。
アレは、無理だ。ハッキリと分かる。天川明綺羅の全力全開、持てる力を使い尽くしてもなお抗うことなど出来ないだろう。
最強。
無敵。
天才。
そう、最強なのだ、清田京助は。もしかしたらラノールさんよりも……強いかもしれない。
(負けたくない、な)
清田には『あの頃の自分を越えるために』と言った。確かに言った。それも理由の一つだ。だが……それは気持ちにケジメをつけるという意味でしかない。
今回清田に決闘を申し込んだ本当の理由は……
(リベンジ、したいんだがな)
一度、負けた。それも……自分のことを慕ってくれる仲間の前で。
悔しい。
悔しい、悔しい。
非常に悔しい。
今の天川なら「負ける」ことにだって意義を見出せる。でも、こればっかりは負けたくない。
だって元クラスメイトだ。同じラインからスタートしたのに、手も足も出ず負けるなんて悔しいじゃないか。
だから、勝ちたい。一度でいい、勝ちたい。
この『最強』の男に。
「……なぁ、清田。ルールを追加しないか?」
「いきなりだね」
このルールじゃ必敗だ。清田の持つ(であろう)手数を、天川のパワーでは押し返すことが出来ない。
清田の手数を限りなく減らし、パワーやスピードの勝負にする。それしか清田に勝つ方法は無い。
だから――
「ああ、ルールの追加だ。魔法も『職スキル』も無し。本当の意味で殴り合いだ。どうだ?」
「……このルールでやるって最初から言ってたよね。今更ルール変更は嫌かな」
涼しい笑みを浮かべていた清田が少しだけ眉間にしわを寄せる。そうだろう、清田だって自分と素の状態で戦うのは嫌なはずだ。
お互いがスキルも魔法も使わなければ天川が有利だ。しかも天川は一つだけ奥の手を持っている。
「いいじゃないか。お前はSランクAG、俺はただの人族。そのハンディがあるんだし、ルールの追加くらいいだろう」
「そうですわそうですわー!」
「大人げないよー!」
呼心とティアー王女の声がする。援護射撃のつもりかもしれないが気が抜ける。苦笑していると、清田はタバコを咥えてから渋い顔になった。
「……勇者とSランクAG、互角どころか勇者の方が凄そうじゃない?」
「そうだそうだー!」
「この自分をイケメンと勘違いしているキザ男ー!」
「実は女の子とキスどころか自分から手も繋いだこと無いくせにー」
「なんで後半は罵倒に……いや待て、新井! なんでそれを知っている!?」
酷い罵倒を受けた。
「なんですの!? このもじゃもじゃ頭!」
「背が高いだけで学校の成績イマイチだったくせに!」
「えっ、あ……えーっと、へたれー!」
桔梗が少し恥ずかしそうに清田を罵倒する。別に罵倒しなくてもいいんだが。
「俺はヘタレじゃない! 奥手なだけだ!」
清田が反応した。気にしていたのか。
「そうだぞ! 京助は……えーっと、その……あんまり周りが見えていないだけだ!」
「そうですよ、マスターは一緒にお風呂に入っても一切手を出してこないだけでヘタレではないです!」
「待ってピアさんその話詳しく! 京助君と何をしたって言いました!?」
「はい皆さん、お邪魔にならないように端っこの方に行きましょうデスねー」
「面倒ぢゃから妾が口を塞いでおくかのぅ」
枝神のキアラさんが指を鳴らすと、清田の嫁軍団のセリフがピタリとやんだ。あっちの神様は凄いな。
ちなみに呼心たちはラノールさんとヘリアラスさんによって口を物理的に塞がれている。苦しくないのだろうか。
「こほん。……というわけで清田、スキルや魔法は全面禁止ということで」
「流されないよ。それに俺の方は別に決闘受けなくてもいいんだからね」
それを言われると辛い。
清田が少しだけ呆れた、というよりも白けた雰囲気を醸し出す。ここで流れたらきっと暫くは決着の機会は訪れないだろう。
……やりたくは無い手だが、仕方ない。
「……怖いのか?」
「挑発が下手だね。別に? ただ確実に勝てる方法を選択するだけ」
苦笑する。そうだろうな、清田はそういう奴だ。
言葉を交わした回数は少ないが、人となりはそれなりに知っているつもりだ。彼は『自分の評価』にそこまで重きを置いていない。その時その時で、自分が必要だと思った選択肢を取る。
じゃあどうやって挑発したものか。
「それじゃあ……そう、だな」
チラッと清田の後ろを見る。彼の嫁軍団がいるが……
(ああ、そうだ)
自分なら絶対に乗っかるだろう、という挑発を思いついた。清田が乗ってくるかは知らないが……自分の仲間のために今日も奴隷組織を一つ潰したらしいし、覇王に立ち向かったのも仲間のためだと聞いた。そんな清田なら確実に乗ってくるだろう。
少し、心苦しいが。
「……お前の仲間は美人揃いだな。顔で選んだのか?」
「皆が美人なのは認めるけど、そんなくだらない理由で俺が仲間を選ぶわけ――」
「特に! ……奴隷の二人。胸も大きくて、なんかこう……えっと、色々上手そうだな。獣人は、人族の国じゃ生きづらいし、きっとそのなんかこう、凄いスタイルが良いから、なんかそういうので清田を誑し込んだんだろ」
俺の言葉に清田が……怪訝な顔になる。自分でもこんなことを言うキャラじゃないということは分かっているが、それでも思いついた挑発がこれしかない。
「弱くて、その……えっと、戦闘力が無い、メイドさん、なんて……そのアレだ。きっとそういうテクニックで篭絡したんだろ、清田を。おっぱい大きそうだし!」
言いながら滅茶苦茶恥ずかしくて地面に埋まりたくなる。何だろう、こう……穴があったら入りたい。
でも、と清田を見る。彼の顔はみるみる険しいものになり……今にもキレそうになっている。
よし、もう一押し。
「えーっと……そのとんがり帽子の彼女なんて如何にも男に取り入るのが上手そうじゃないか。胸だけじゃなくてお尻も大きそうだし。うん、やっぱり清田はその……彼女らをそういう用途にだけ使っているんだろう。そうだろう。うん、そうかそうか。じゃああれだな、確かに決闘は取りやめでもいいかもしれないな。うん、そういうことをする時間が必要だろうし、そうだな!」
言いながら自分でもわけわからなくなってきた。どうしよう。セクハラも上手く出来てるかどうか自信が無い。
でも清田は目を見開き、タバコを噛み千切った。思ったよりも挑発耐性無いんだな、清田。正直、ちゃんと仲間を馬鹿に出来ているとは思えないが。
でもこの路線で行くしかない。
「分かった、清田がそんなにその人たちとエロいことがしたいなら止めない。そうだな、よーくわかった。ルール変更して万が一にも長引いたら嫌だろうしな! えーっと……佐野なんて、あの……えっと……んっんー。あ、そうそう。新井なんてその中で一番胸大きいし、うん、そういうことしたいよな清田は!」
「OK、天川」
そこまで言ったところで、ヒヤッとした物が背筋を凍らせた。その瞬間、頭と体が臨戦態勢に入る。
ヤバい、マズい――悪寒が全身を駆け巡る。思わず『修羅化』を発動させそうになり、顔を上げる。改めて清田を見る。
しかしもう、そこに清田はいなかった。
「あ――」
「安い挑発に乗ってあげるよ。そのルールでやったげる。でもさ――」
既に右腕を振りかぶった状態の清田。気を抜いていたわけでも無いのに、反応が遅れた。
「俺の仲間を侮辱して、生きて帰れると思ってる?」
次の瞬間。
天川の視界が真っ白に染まった。
ドン! と腕を組んで仁王立ちになるティアー王女。寒風吹きすさぶ……というほどでもないが、そこそこ冷える屋上に十五分以上いるのだからそんな文句が出るのも分かる。
「冬子ちゃん、京助君遅いねー」
「あの人らが見ている前でケータイを使うわけにもいかんしな」
「まさかやられてない……よね?」
冬子としては別に彼がやられたとは思っていないが、約束の時間に来ないのは少し心配だ。
「キョースケさんがその程度の組織にやられるとは思わないデスねぇ」
「で、でも万が一ってことが……!」
「あはは、この程度で『万が一』が起きるような人ならもう何回死んでるんですかねー、キョウ君」
「京助の話を聞く限り、七回は死んでるな」
美沙だけがあわあわしているが、他の皆はのんびりとしたものだ。どうせ最後は力業でどうにかして戻ってくる。
「遅れました。マスターはまだですか?」
「その、ナイトさんがまだ戻ってこないのですが……皆さん、知りませんか?」
階下に続く階段の方から、そんなことを言いながらピアと……シャンさんが昇ってきた。
「京助はもう少しかかりそうだ。志村は……知らん」
冬子がそう返事をしながらそちらを振り向くと、二人ともさして心配した表情もしていない。
シャンさんも志村のことを信頼しているのだろう。
「でも実際遅いな。また別の日にしてもらう? 向こうは宮本武蔵の気分かもよ」
空美がしなを作って天川にもたれかかる。彼は苦笑しつつ空美の絡みを外し、肩をすくめた。
「巌流島か。……いや、清田は明日に王都を発つらしいからな。もう十分くらいは待ってもいいだろう」
もう十分か。流石にそろそろ連絡を取った方がいいのかもしれない。
(トイレにでも行くと言って抜け出そうか)
「仕方ない、ちょっと私はお花摘みに――」
「ごめんごめん、待たせちゃったね」
ぶわっ、と風が渦巻き、一人の男が着地する。涼やかな笑みを浮かべているのは我らがリーダー、清田京助。
「お疲れ。首尾は?」
問うと、京助はニヤッと笑ってブイサインを見せた。彼にしては珍しく、少しテンションが上がっているらしい。
「全滅させたよ」
「全滅というか絶滅させそうな勢いだったけどな」
ちょっと苦笑い気味の志村。
「醜い人類は絶滅すべき」
相変わらずの過激派だ。というか範囲が広すぎる。
「ナイトさん!」
京助と一緒に降りてきた志村に向かってシャンさんがダイブする。志村は彼女を抱き留め、よしよしと頭をなでる。
そして後ろからひょっこり出てくるのはキアラさんだ。
「ふむ、少し遅くなったようぢゃの」
ふわっと改造和服をはためかせるキアラさん。生足が裾から艶めかしく見えており、ついつい目で追ってしま――
「京助の目を塞げピア!」
「はい!」
「ちょっ、え? 何するのさ」
――京助の目を塞ぎ、奴がキアラさんの脚に釘付けなるのを阻止する。やれやれ、危なかった。
「……今のは妾もわざとじゃなかったから、その……そんな対応をされると困るんぢゃが」
「珍しいですねー、キアラさんがちょっと恥ずかしがるの」
「あれだと思いますよ。自分で『挑発しよう!』って思ってやるのと、そうじゃないのの違い」
「ヨホホ……普通は『挑発しよう!』と思って挑発する人も少ないんデスけどね」
そもそも挑発するな。
「……あの、リャン。その……えーと……言いにくいところが当たってるっていうか、その……」
「マスター、『当ててんのよ』ですよ」
「当てるんじゃないピア!」
げしっとピアを蹴飛ばし、京助を救出する。視界を塞がれるわ胸を当てられるわ散々な目にあった京助の頭をよしよしと撫でる。
「大丈夫か京助」
「何が起きたのか分からないけど、冬子が俺の味方面してるのはおかしいってことだけは分かる」
京助がちょっとこちらを非難がましい目で見ているので、冬子はサッと目を逸らす。
「何をいちゃついているんですの!?」
なんてことをやっていると、向こうの方から鋭い声が飛んできた。皆でそちらを振り向くと、プリプリと怒ったティアー王女が腰に両手を当てていた。
「来るのが遅い上にイチャイチャイチャイチャと! アキラ様に失礼だと思わないんですの!?」
「あー、うん。そうだね」
京助はそう言って立ち上がると、軽く手を合わせた。その態度にまたカチンと来たのか、ムキーッと両手をあげて怒り出す。
「なんですのなんですのその態度はーっ!」
「お、落ち着いてくれティアー王女。……待ったと言っても十分、十五分だ」
苦笑しつつ、天川がティアー王女を宥める。そしてその顔を真剣なものに変えると……着ている服を脱いだ。
「ただまあ、なんで遅れたかくらい言ってくれてもいいんじゃないか?」
「いやぁ……ちょっと掃除が長引いちゃって」
「そうか。……それなら仕方ないな。明日には帰るんだろう? ならやり残したことは無い方がいい」
「ん、そうだね」
京助も上半身を脱ぎ、半裸になる。なかなか引き締まった姿だが、傷は一つも無い。キアラさんのおかげとはいえ、あまり迫力のある裸体ではない。
それがいいのだが。
「トーコさんって案外ムッツリですよねー」
「ヨホホ、キョースケさんの裸体に釘付けのマリルさんが言えることではないデスね」
別にムッツリじゃない。
京助は武器類も仕舞うと、首を一つ鳴らす。そして穏やかな笑みを浮かべると、一つ伸びをした。
「さて――」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おう、志村。まだ始まってないか」
「ちょうどそろそろで御座るよー」
酒を持って現れた難波。その後ろには難波の彼女……確か、ユラシルさん。
「あ、どうも。マサトがお世話になってます」
「こちらこそで御座る。あ、そうそう。あの毒を解毒した薬の調剤方法を後で教えていただいていいで御座るか? 難波のために必要なんで御座る。もちろんお金は払うし、みだりに口外しないで御座る」
「えーと……それなら構いませんけど」
「なんでそんなの欲しがるんだ?」
難波が首をひねるので、志村はため息をついて「|魔弾の射手(ナイトメア・バレット)」の自分を少し出す。
「次に同じ状況になったら、お前はまた自分に使うだろう?」
「……そりゃあ、その」
気まずそうに目を逸らす難波。
「だからだ。まあこの話は今度にしようか」
彼女がいる手前、あまり説教するのも悪いだろう。
そんなことを思っていると、空間が歪んで井川が現れた。
「まだ始まってなかったか」
「そろそろで御座る。一人で来たんで御座るか?」
「悪いのか?」
しれっと言う井川。別に悪くはないのだが。
「ちなみにどっちが勝つと思う?」
難波のセリフに、井川がため息をつく。
「天川だろ。あいつに勝てる奴なんて想像できない」
そう言う井川だが、難波はケラケラと笑い出す。
「勝てる奴が想像出来ないっつったら清田だろ。なぁ、ユラシル」
「あの人は凄そうだったわね。……凄そうっていうか、実際凄いんだろうけど」
頷くユラシルさん。彼女も京助が戦うところを見たのだろうか。
「……清田が強いのは知ってるが、何というか『一対多』なら清田、『一対一』なら天川なのかと思っていたが……」
井川がそう言って少し首をかしげる。
「だってあの『終焉』とかヤバくないか? あれを防げる奴なんていないだろ」
ああ、確かにあの魔法は凄い。凄いというか異様だとも言えるだろう。チェーンウンディーネを倒した時のあの火力は……きっとこの場にいる誰も防ぐことは出来ないだろう。
だが、火力とは高ければいいというものでもない。
「天川殿は……過剰火力なんで御座るよ。耐久力が五十の相手に二百も三百もいらないんで御座る」
「つまり、天川の方が強い敵を倒せる可能性は高いけど、実力自体は清田の方が高い、と」
難波のまとめに、こくんと頷く志村。
「技量からして京助殿だとは思うで御座る……が、天川が無策で挑んでいるとも思えないで御座るからなぁ」
天川もだいぶ成長した。もしかすると、もしかするかもしれない。
あの京助をアッと驚かせるような戦略を立てているかもしれない。
「少し楽しみで御座るよ」
「じゃあ賭けようぜ! 俺、清田に大銀貨一枚! ユラシルは?」
「私はマサトと同じ方に賭けるわ」
「……オレは天川に。志村は?」
順当に行けば京助が間違いなく勝つのだが……せっかくの賭けなのに偏るのも良くないだろう。
どうせ大銀貨一枚なんて五百円くらいのものだ。惜しくもない。
「じゃあ拙者は天川にしておくで御座るかな」
しかしまあ友人の決闘を肴に賭けとは。
自分も悪い大人になったものだなぁ、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ぐわっ、と。
暴風と圧力を纏って現れた男。清田京助。
天川自身はライバルと思っている、越えるべき最大の目標。
「いやぁ……ちょっと掃除が長引いちゃって」
「そうか。……それなら仕方ないな。明日には帰るんだろう? ならやり残したことは無い方がいい」
「ん、そうだね。さて――」
清田はそう言って笑うと、水で槍を生み出した。天川がどうせエクスカリバーを使うからということだろう。
「やろっか」
気楽な声を出す清田が、笑みを携えたまま槍を構える。構えて、しまう。
(ああ――)
それだけで、分かる。分かって、しまう。
自分と彼の間にある隔絶した実力差を。
(強い)
天川自身も強くなった自覚はある。それだけの修練を積んだし、経験も積んだ。
昨日、ではあるが……とうとう自分の意思で人を殺した。覚悟を以て刃を振る、その辛さも少しは理解出来るようになったつもりだ。
それなのに……いや、だからこそか。清田京助の強さを以前よりもヒリヒリと感じる。
(同じ土俵に立てるようになったということだろうか)
あの時は違和感を覚えるだけだった。塔の中で急激に強くなった清田に対して。
そしてあのゴーレムドラゴンを圧倒した清田に対して、恐怖を感じるだけだった。
相手の方が強い――それは結果から推測できた。でも、今と違って何がどうなって強いのかは分からなかった。
でもそれを今はハッキリと認識できている。
王都動乱の最中、清田の戦いを観察する機会が何度かあった。だからこそ今、清田と自分の技量の差をハッキリと認識し、感じることが出来る。
素の清田と素の自分で戦えば技で敗北。
お互いが強化系の『職スキル』を使えば手数で敗北。
お互いが神器を使った場合は状況によるだろうか。
そして天川がそこに桔梗のバフを貰えば勝てる……だろう、たぶん。
(でも)
でも、そう。清田がゴーレムドラゴンを倒した時のあの姿。そして昨日、氷の虎を粉砕したあの姿。
アレは、無理だ。ハッキリと分かる。天川明綺羅の全力全開、持てる力を使い尽くしてもなお抗うことなど出来ないだろう。
最強。
無敵。
天才。
そう、最強なのだ、清田京助は。もしかしたらラノールさんよりも……強いかもしれない。
(負けたくない、な)
清田には『あの頃の自分を越えるために』と言った。確かに言った。それも理由の一つだ。だが……それは気持ちにケジメをつけるという意味でしかない。
今回清田に決闘を申し込んだ本当の理由は……
(リベンジ、したいんだがな)
一度、負けた。それも……自分のことを慕ってくれる仲間の前で。
悔しい。
悔しい、悔しい。
非常に悔しい。
今の天川なら「負ける」ことにだって意義を見出せる。でも、こればっかりは負けたくない。
だって元クラスメイトだ。同じラインからスタートしたのに、手も足も出ず負けるなんて悔しいじゃないか。
だから、勝ちたい。一度でいい、勝ちたい。
この『最強』の男に。
「……なぁ、清田。ルールを追加しないか?」
「いきなりだね」
このルールじゃ必敗だ。清田の持つ(であろう)手数を、天川のパワーでは押し返すことが出来ない。
清田の手数を限りなく減らし、パワーやスピードの勝負にする。それしか清田に勝つ方法は無い。
だから――
「ああ、ルールの追加だ。魔法も『職スキル』も無し。本当の意味で殴り合いだ。どうだ?」
「……このルールでやるって最初から言ってたよね。今更ルール変更は嫌かな」
涼しい笑みを浮かべていた清田が少しだけ眉間にしわを寄せる。そうだろう、清田だって自分と素の状態で戦うのは嫌なはずだ。
お互いがスキルも魔法も使わなければ天川が有利だ。しかも天川は一つだけ奥の手を持っている。
「いいじゃないか。お前はSランクAG、俺はただの人族。そのハンディがあるんだし、ルールの追加くらいいだろう」
「そうですわそうですわー!」
「大人げないよー!」
呼心とティアー王女の声がする。援護射撃のつもりかもしれないが気が抜ける。苦笑していると、清田はタバコを咥えてから渋い顔になった。
「……勇者とSランクAG、互角どころか勇者の方が凄そうじゃない?」
「そうだそうだー!」
「この自分をイケメンと勘違いしているキザ男ー!」
「実は女の子とキスどころか自分から手も繋いだこと無いくせにー」
「なんで後半は罵倒に……いや待て、新井! なんでそれを知っている!?」
酷い罵倒を受けた。
「なんですの!? このもじゃもじゃ頭!」
「背が高いだけで学校の成績イマイチだったくせに!」
「えっ、あ……えーっと、へたれー!」
桔梗が少し恥ずかしそうに清田を罵倒する。別に罵倒しなくてもいいんだが。
「俺はヘタレじゃない! 奥手なだけだ!」
清田が反応した。気にしていたのか。
「そうだぞ! 京助は……えーっと、その……あんまり周りが見えていないだけだ!」
「そうですよ、マスターは一緒にお風呂に入っても一切手を出してこないだけでヘタレではないです!」
「待ってピアさんその話詳しく! 京助君と何をしたって言いました!?」
「はい皆さん、お邪魔にならないように端っこの方に行きましょうデスねー」
「面倒ぢゃから妾が口を塞いでおくかのぅ」
枝神のキアラさんが指を鳴らすと、清田の嫁軍団のセリフがピタリとやんだ。あっちの神様は凄いな。
ちなみに呼心たちはラノールさんとヘリアラスさんによって口を物理的に塞がれている。苦しくないのだろうか。
「こほん。……というわけで清田、スキルや魔法は全面禁止ということで」
「流されないよ。それに俺の方は別に決闘受けなくてもいいんだからね」
それを言われると辛い。
清田が少しだけ呆れた、というよりも白けた雰囲気を醸し出す。ここで流れたらきっと暫くは決着の機会は訪れないだろう。
……やりたくは無い手だが、仕方ない。
「……怖いのか?」
「挑発が下手だね。別に? ただ確実に勝てる方法を選択するだけ」
苦笑する。そうだろうな、清田はそういう奴だ。
言葉を交わした回数は少ないが、人となりはそれなりに知っているつもりだ。彼は『自分の評価』にそこまで重きを置いていない。その時その時で、自分が必要だと思った選択肢を取る。
じゃあどうやって挑発したものか。
「それじゃあ……そう、だな」
チラッと清田の後ろを見る。彼の嫁軍団がいるが……
(ああ、そうだ)
自分なら絶対に乗っかるだろう、という挑発を思いついた。清田が乗ってくるかは知らないが……自分の仲間のために今日も奴隷組織を一つ潰したらしいし、覇王に立ち向かったのも仲間のためだと聞いた。そんな清田なら確実に乗ってくるだろう。
少し、心苦しいが。
「……お前の仲間は美人揃いだな。顔で選んだのか?」
「皆が美人なのは認めるけど、そんなくだらない理由で俺が仲間を選ぶわけ――」
「特に! ……奴隷の二人。胸も大きくて、なんかこう……えっと、色々上手そうだな。獣人は、人族の国じゃ生きづらいし、きっとそのなんかこう、凄いスタイルが良いから、なんかそういうので清田を誑し込んだんだろ」
俺の言葉に清田が……怪訝な顔になる。自分でもこんなことを言うキャラじゃないということは分かっているが、それでも思いついた挑発がこれしかない。
「弱くて、その……えっと、戦闘力が無い、メイドさん、なんて……そのアレだ。きっとそういうテクニックで篭絡したんだろ、清田を。おっぱい大きそうだし!」
言いながら滅茶苦茶恥ずかしくて地面に埋まりたくなる。何だろう、こう……穴があったら入りたい。
でも、と清田を見る。彼の顔はみるみる険しいものになり……今にもキレそうになっている。
よし、もう一押し。
「えーっと……そのとんがり帽子の彼女なんて如何にも男に取り入るのが上手そうじゃないか。胸だけじゃなくてお尻も大きそうだし。うん、やっぱり清田はその……彼女らをそういう用途にだけ使っているんだろう。そうだろう。うん、そうかそうか。じゃああれだな、確かに決闘は取りやめでもいいかもしれないな。うん、そういうことをする時間が必要だろうし、そうだな!」
言いながら自分でもわけわからなくなってきた。どうしよう。セクハラも上手く出来てるかどうか自信が無い。
でも清田は目を見開き、タバコを噛み千切った。思ったよりも挑発耐性無いんだな、清田。正直、ちゃんと仲間を馬鹿に出来ているとは思えないが。
でもこの路線で行くしかない。
「分かった、清田がそんなにその人たちとエロいことがしたいなら止めない。そうだな、よーくわかった。ルール変更して万が一にも長引いたら嫌だろうしな! えーっと……佐野なんて、あの……えっと……んっんー。あ、そうそう。新井なんてその中で一番胸大きいし、うん、そういうことしたいよな清田は!」
「OK、天川」
そこまで言ったところで、ヒヤッとした物が背筋を凍らせた。その瞬間、頭と体が臨戦態勢に入る。
ヤバい、マズい――悪寒が全身を駆け巡る。思わず『修羅化』を発動させそうになり、顔を上げる。改めて清田を見る。
しかしもう、そこに清田はいなかった。
「あ――」
「安い挑発に乗ってあげるよ。そのルールでやったげる。でもさ――」
既に右腕を振りかぶった状態の清田。気を抜いていたわけでも無いのに、反応が遅れた。
「俺の仲間を侮辱して、生きて帰れると思ってる?」
次の瞬間。
天川の視界が真っ白に染まった。
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