「アイと愛と逢」

逢神天景

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1章

1話

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「ねぇ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど……聞いて、くれる? あ、最初に言っておくけど、あたし頭おかしくないわよ?」
 ある日の昼下がり。いつものように幼馴染である麗華に勉強を教えていると、唐突に彼女がそんなことを言い出した。
「どうしたのさ、ジェニファー」
「ジェニファーって呼ぶな!」
 ちなみに、このジェニファーっていうのは、彼女が5歳ごろに読んだ絵本のお姫様に憧れて名のりだしたという、麗華れいかの黒歴史である。
「5歳から中二病って、ある意味大人びているよね。しかもその後も大分その名前で呼べって言ってたし」
「余計なお世話よ!」
 バン! と机を叩く麗華。その衝撃でジュースがこぼれそうになるので、慌ててグラスをキャッチした。
 まったくもう、と口の中で言った後、ボクはおせんべいを口に放り込んでから、彼女に話の続きを促す。
「それで、ジェニファー」
「……それ以上言うなら、アンタが中二の時にみんなから呼ばれていたあだ名で呼んであげましょうか?」
 睨みつける麗華だけど、後ろのテレビから「みんなー、おっはよー!」と気の抜けた声が聞こえてきたせいであまり恐くない。というかテレビつけっぱなしだったね、消しておこうか。
「ああ、ランスロットのこと? 別にいいよ。ランスロットの物語は結構好きだし。麗華と違って、アレは自分で言いだしたんじゃなくて、中学生の時にやった劇の役柄で呼ばれていただけだから」
「え、そうだったの?」
「そうです」
 麗華の精いっぱいの反撃を撃ち落とし、ボクは彼女の口の中におせんべいを放り込む。
「ほぐっ!」
 女性らしからぬ声をあげる麗華。まったく……見た目は、金髪、グラマー、そしてハーフ故の整った顔、と凄く美人なのに、本当に残念な感じだよ。
 ちなみに、麗華のお母さんこと柏木アリスさんは、麗華のような残念美人じゃなくて、本当に美人だ。
「それで? 君が中二病なのは今に始まったことじゃないでしょ? 何が言いたいの」
「だ、誰が中二病よ!」
「麗華がそういう前フリをしだしたんじゃない……ほら、早く言ってよ」
「う……」
 ボクがそうやって促すと、彼女は凄く恥ずかしそうな顔をしてから……というか、真っ赤な顔になって、指を一つ立てた。
「ひ、一つ質問」
「何? ちなみに、今日は8月9日。長崎に原爆を落とされた日だよ」
「そんなこと聞きたいんじゃないわよ!」
 おや、てっきり麗華のことだから、さっきニュースで知った出来事をどや顔でボクに報告してくるのかと思ったのに。
「……アンタ、今凄く失礼なことを考えてるでしょ」
「別に?」
 しれっと嘘をついてから、ボクはそっぽを向く。
「それで? ホントは何を訊きたいの?」
「え、あ、その……その、さ。満喜みつきって前世とか、信じる……?」
「さぁ? あってもいいかなっては思うけど……あぁ、そういえば昔、前世のことを語れる少女っていうのがいたよね。ホントかどうかは知らないけど」
「……あんた、回りくどいのよ。信じてるの? 信じてないの?」
「端的に言うのなら、信じてない。あったほうが浪漫はあると思うけどね」
 麗華は、最近前世ものの小説か、漫画でも読んだかな。麗華は小説なんて読まないから断然後者だろうけど。
「さっきから話が見えないけど……それで、どうしたの?」
「え、えっとその……さ、さっきのことなんだけどさ」
「うん」
「夢を見たのよ。あたしが、お姫様になってる夢」
 そういえば、さっき「勉強やりたくなーい!」と暴れだしてから、上から落ちてきた辞書で頭を打って、半ば気絶したような形で昼寝してたっけ……。
 忙しい子だねーって思いながら見てたけど……まさか夢まで見ていたとは。本当に忙しい子だよ。
「へぇ、麗華がお姫様とか、さぞやお付きの人は大変だろうね」
「そ、そんなこと無いわよ! ……それで、あたしは大勢の暗殺者から追われてるのよ」
「なにしたの麗華は」
 彼女のことだから、いらない恨みでも買ったんだろうけど。
「うるさいわね! ……それで、あたしはその時の恋人である、お付きの騎士と一緒に逃亡してるのね」
「どこかで聞いたような物語だね。アーサー王伝説でも昨夜読んだ? pixiv百科○典とか、ニコ○コ大百科で」
「アンタはいちいち茶々を入れないと人の話を聞けないの!?」
「性分だからね」
「……アンタっていうのは本当に」
 深々とため息をつく麗華。ボクのことをとやかく言う前に、そのガサツな部分を直した方がいいと思うけどな。今だってため息をついたせいで、無駄に成長しちゃった脅威の胸囲が、コーラのペットボトル倒しちゃったし。蓋はちゃんと締めておいてよかった。
「それで?」
「それで、まあ騎士は凄く強くてさ。なみいる敵をバッタバッタ切り伏せて、あたしを逃がしてくれるわけよ。彼の剣技は凄かったわよ? アンタが偶に書いてる漫画の主人公たちとは比べ物にならないくらい」
「悪かったね。戦闘シーンは練習中なんだ」
 最近なんて、友人から「もうお前小説書けば? 話は面白いのに、絵心が皆無だよ」とまで言われてしまった。絵が描けないなら小説書けとか言ってる奴に言っておく。絵を描くのにも技術がいるように、文章を書くにも技術がいるんだよ……だから、小説家が漫画家の下位互換みたいな言い方をしてくる人たちには少し物申したいよ、ボクは。
「その騎士は、魔法も使えてね……」
「もう騎士の素晴らしさについてはいいから。続きは?」
「浪漫がないわね」
「スカートで胡坐を掻いてるお姫様に言われたくないよ」
「うっさいわね!」
 女子校に通ってるすべての女子がそうだとは言わないけど、少なくとも麗華には羞恥心が存在していない。頼むから、ベランダをつたってボクの部屋に来るのはやめて欲しい。
「全くもう。それでね? その騎士といえど、次々と襲い来る追手にとうとう力尽きるのよ」
「姫様は裏切らなかったんだね」
「……そして、最後に二人は死を目前にして誓い合うのよ。『来世でまた会おう。もしも来世で会えなかったら、その来世で。何度生まれ変わろうとも、いつか必ず再会を果たして、ともに生きよう』ってね!」
「まあ、悲恋の物語としてはありがちだけど、綺麗に纏まってるんじゃない? ……それが、どうかしたの?」
「その夢はそこで暗転したんだけど、そして次のシーンでは、あたしは、今度は平民なのよ。そして苦労して、騎士の生まれ変わりを探すのね?」
「うん」
「そしてその時は、逢えないのよ」
「それは残念」
 というか、巡り合うためには、相手の男もちゃんと転生して、尚且つ記憶を取り戻さなくちゃならないんだけど、それだと。
「その次の世では、そもそもあたしは死の間際まで思い出せないの」
「ほう」
「だから、次の世で会えることを願って、その時は死ぬわ」
「なるほど」
 男側も、ちゃんと思い出して探しているんだろうか。
「それで、さらにもう一回生まれ変わったんだけど……やっぱり、また会えなかったのよ」
「ふーん、それは悲しいね。……それで?」
「そして――今世、あたしは前世の記憶を取り戻したわ! なんと、17歳で!」
 ドン! と机を叩いて、叫ぶ麗華。
 ……唐突に、幼馴染が前世の記憶を取り戻したと言い出しました。
「えーと、取りあえず精神科、行く?」
「なんでよ!」
「いや、唐突に前世の記憶を取り戻したとか言い出したから……正気で言ってるなら、イタい中二病末期患者で済むけど――」
「いや、それって完全に蔑称になってるわよね」
「――正気を失っているのだとしたら、誇大妄想とかそういう類いだと思われるので、一度病院に……」
「違うのよ! 妄想じゃないのよ!?」
 そう言われても。
「じゃあ、何か証拠でもある?」
「う、え……」
 唐突に言葉につまる麗華。
「ほら、明らかに言葉に詰まってるじゃん」
「う、うるさいわね! とにかく! あたしは前世の記憶を取り戻したの! 前前前世から探し続けている、あの騎士を探しに行くのよ!」
 立ち上がり、上を見上げ、拳を天に掲げる麗華。その姿は、正直お姫様というよりも、グラップラーとでも言われた方が、信憑性は高い。
 ボクは唐突な話の飛躍に付いていけず、苦笑いを返す。
「展開が早すぎるんだけど……そもそも、麗華。君って運命とか信じる方だっけ?」
「ううん、信じてないわよ、運命とか。だけど、言ってるでしょ?」
「なんて?」
「あたし、前世の記憶を取り戻したの。本当に。だから――ダメなのよ、この気持ちが抑えられないの」
 そう言って麗華は、ボクの方を見下ろしてきた。
 そこには、とても、とても分かりやすい表情が浮かんでいる。
 それは――恋する乙女の表情だ。
 熱に浮かされているような、幸せいっぱいのような――今にも、想いが溢れ出してきそうな。
 そんな、表情。
「もうね、抑えきれないのよ。ずっと、ずっと心が叫んでるの。あの人を探しに行けって。このまま居ても立っても居られない。さっき起きてから、今まで我慢していたけどもう限界。探しに行かなきゃ、あたしがあたしじゃなくなっちゃう。前世の記憶が叫び続けるのよ」
「君の名は?」
「だから茶々入れないでって言ってるでしょ!?」
 せっかく時事ネタで対抗したのに。
「とにかく!」
 麗華はボクの方へ歩いてくると、グイッと顔を覗き込んできた。
「今日から、夏休みいっぱい使って、騎士を探しに行くわよ」
「……宿題はどうするの?」
「そんなことよりも前世の恋人でしょ!?」
「いやー、宿題の方が重要だと思うよ」
 それに、その話が本当だっていう証拠は無いし。
「幸い、今は夏休み。時間はたっぷりあるわ」
 おっと、どうやらボクの意見は反映されないらしい。
「お金は?」
「――なんのためのお年玉よ」
「少なくとも、人探しのために使うものじゃないけど……」
 というか、麗華は年明け早々にお年玉を使い切っていた気がするんだけど……え、まさかボクのお年玉をあてにしてるの?
「というわけで、あたしとアンタで、騎士を探す旅に出るわよ」
 ふん、と胸を張って、ボクを見下ろす麗華。
「ボクの意見は完全に無視なんだね……ということで、はいコレ」
「へ?」
 そんな麗華に、ボクは学校のプリントを見せる。
「宿題を提出しなかった者は、その宿題が終わるまで、完全下校時刻まで毎日居残りとする。そして宿題が終わったら、その日から数えて二週間、トイレ掃除を放課後行ってもらう……言っておくけど、ボクは付き合わないからね?」
「う……」
「わかった?」
「け、けど!」
「言っておくけど、仮にこの夏休みでその騎士とやらを見つけたとして――その後のことはどうするの?」
「あ、えっと、それは……」
「いくらその人のことが好きでも、この世界にはその後の生活もあるんだよ? その人を見つけたところでハッピーエンド――とはならないんだから」
 ボクはそう言いながら、近くにおいておいた、麗華に教える時に使うために用意していたコピー用紙にさらさらと計画書を書く。
「だから――取りあえず、三日だね」
「み、三日?」
「うん。夏休みの宿題を終わらせるまでの日数。君が突飛なことを言うのは、今日に限ったことじゃないしね」
「え……つ、付き合ってくれるの?」
「もちろん。その代わり、この三日間、死ぬ気で宿題をすることになるからね」
「大丈夫よ! それくらいやってみせるわ!」
「ちなみに、一日15時間勉強だから」
「ええっ!?」
「ご飯は……ボクのお母さんに頼んで部屋に持ってきてもらおう。手づかみで食べられるやつを」
「えっと……」
「お風呂とトイレ、合わせて一時間あれば十分だよね」
「いや、髪を乾かす時間……」
「知らないよ。三日間くらい我慢して。行きたいんでしょ?」
「う、うん……」
「なら、死ぬ気でやること。ボクをその後付き合わせるんだから、宿題くらいはやってね」
「は、はぁい……」
 さっきまでの勢いはどこへやら。シュンとしてしまう麗華。
 その姿を見て、相変わらずだなぁ、と思うボクは、お人よしなんだろうか。
 取りあえず、いつもはギリギリまで宿題を始めない彼女が、やる気を出してくれたことだけは歓迎しようか。
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