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第22話 再始動

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 囀り出した小鳥たちの歌声で目が覚める。

 寝覚めの悪いベットではなく、ふわふわとして心地の良い寝具ベットから聖花はゆっくりと起き上がった。
 清潔な羽毛の布団が目に入る。

 未だに意識がぼんやりとした彼女は、これまで起こったことが悪い夢だっのかと思わず錯覚しそうになった。
 だが、少し痩けた肌に艶のなくなった髪、そして草臥れた服はお世辞にも其れ等そ らと見合っているとはいえない。


(‥‥あぁ、夢じゃない。今も、はっきりと浮かび上がってくるもの。私、あそこから出たのね。今更ながら実感が湧いてくるのが不思議)

 聖花は周囲を見渡しながら、昨日のことを思い出した。

 昨夜、聖花とザックは1つの屋敷の前で立ち止まった。
 聖花の引受先であり、ザックの勤め先である邸宅は彼女の想像以上に広い。


「ここは‥‥‥」

「あれ、ご存知ですか?」

 聖花が驚いたように呟くと、耳が良いのか聞こえていたザックが不思議そうに尋ねる。
 彼女を平民出身か、アルバ国民ではないと思っているので、彼が疑問に思うのも無理はない。

 兎に角、変に思われるかもしれないので、彼女は首を振って誤魔化しておいた。
 どの道、事実を話そうとしても出来ない上に、何故だか話さないほうが良いと直感が訴えていた。

 そう、彼女はこの屋敷を知っている。
 それどころか訪れた事さえあったのだ。

 『ゴルダール伯爵家』ーー。
 そこは以前、彼女が初めて大々的に社交界に出た場所であり、初めて黒髪の少女と遭遇した舞台でもある。
 今となっては、髪色が少し違うものの、聖花がその少女の姿をしているが………。

 あの時感じた何とも言えない恐怖が蘇りそうになるも、聖花は感情を押し殺して別のことを考える。
 あの頃から既に狙われていたのかと思うと、「どうして私なんだ」と自身を憐れむと共に、聖花の中で沸々と怒りが湧いてきた。
 それらの感情は、明確な彼女の変化を意味している。


「あのー……。こちらですよ?立ち止まらず、きちんと付いてきて下さいね」

 屋敷内を進む中、突然その場で固まってしまった聖花を見て、ザックがやんわりと声を掛けた。
 徐々に遠ざかっていくことに気が付いて流石に見かねたようだった。
 因みに屋敷へは念の為、正面からでなく裏口から入った。

 聖花は意識をそちらに戻し、謝りながら小走りで手提げランプの灯る方へと近づいていく。
 皆寝静まっているのか二人の他に音はなく、辺りは暗い。

 敢えて遅いペースで歩くザックに追い付くと、彼は丁度ひとつの部屋の前で立ち止まった。
 屋敷の真ん中辺りにある、何の変哲もない扉の部屋だ。


「此処から先は、私は入らないよう仰せつかっておりますので、貴方様お一人でお入り下さい。では、失礼いたします」

 ザックが小声で言う。
 扉だけを開いて聖花を部屋へ入るよう促すが、その中は真っ暗で明かりが灯っていない。
 唯一ザックの持つランプのみが辺りを薄っすらと照らしていた。

 言われるがままに聖花が中に入ると、ザックが外側から扉を閉じた。
 暗闇が広がり、聖花がどうすれば良いのかと思った瞬間、明かりが点いた。
 原理は分からないが、どうやらそういう仕掛けになっているようだ。

 驚くべきことはもう一つあった。
 その部屋には窓がどこにも見当たらないのである。
 屋敷の外からは明かりに気が付かない、杜撰ずさんな隠し部屋だ。


「初めまして、カナデ嬢。私はここの当主のヴィンセント・ゴルダールと言う。嬢が来るのを心待ちにしていたぞ。今日は一刻でも早く顔合わせをする為だけに起きておった」

 先程まで気配はなかったが、ずっと正面の椅子に座っていたらしい。
 どこか威厳の感じる態度のヴィンセントが聖花に話しかけた。
 彼女も改まって返す。


「初めまして、当主様。その件についてはありがとうございます」

「うむ。そうだな……、私のことはお義父様と呼び給え。あまりに堅いと変に勘繰りを入れてくる輩がおるのでな」

「分かりました。以後気を付けます」

 他人行儀すぎたのか、ヴィンセントは少し考えるように顎に手を当てた。
 彼の急な要求に、聖花は内心「嫁ぐのかな?」と突っ込んだが、勿論そのことはおくびにも出さない。
 早速関係を悪くするわけにはいかなかった。


「さて、今日はもう遅いから話は明日以降にするとしようか。そのまま眠りなさい。お休み、カナデ嬢」

「お休みなさい」

 すぐに些細な話が終わり、聖花が部屋を出ると、廊下の片側に静かに佇むザックがいた。
 特に大事な話もしていないので、待たされた彼が不憫だ。
 聖花が申し訳なさげに謝ると、「仕事ですので」と真顔で返されてしまった。
 彼の仕事人間ぶりさが垣間見えた瞬間だった。

 彼は聖花を彼女の部屋へと案内した後、今度こそ去って行った。
 去り際に手渡されたポケットサイズのランプを手に、新しい部屋へと入る。

 ランプが部屋を薄暗く照らす。
 暗くても分かるほどの広々として開放感のある部屋。

 無意識に聖花は寝具の方へと真っ直ぐ進んだ。
 上に乗って布団をかぶると、これまでの疲れが一斉に襲ってきた。
 そうして、そのままぐっすりと眠ってしまった。

 ………そして今に至るわけだ。

 まだ疲れが取れないのか、聖花は布団を再びかぶって眠ろうとした。
 しかし、誰かが部屋をコンコンとノックした。


「おはようございます、お嬢様。申し訳ございませんが、そろそろお起きになって下さい。支度するお時間です」

 一礼して、部屋に入ってきたのは侍女らしき女性だった。
 やや吊り目できつそうな印象で、歳はそれほど若くない。

 その女性は聖花をまじまじと見ると溜め息をついた。
 悪いように思われているようで、聖花は全くもって良い気がしなかった。


「まあ、まあ。これは‥‥‥。
 支度の前にすることがありますね」

 女性が意味ありげに口にする。
 何をするのか?と聖花は不審がった様子だ。

 途端、女性に手を引かれ半強制的に廊下へと連れ出される。
 抵抗することができないまま、連れて行かれた場所は……浴室だった。
 流石の聖花も予想外だ。

 浴室内に入ると、早速髪や身体を丁寧に洗ってくれたが、聖花は何とも気恥ずかしく、落ち着かなかった。

 それは初めてマリアンナになった日の夜も同様だった。
 真っ赤になって、逃げたいという気持ちに駆られたことを今でも覚えている。
 より一層、温かなあの家へ戻りたい願望が強くなった瞬間だった。
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