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本編――公爵令嬢リリア
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「待って!!」
カルロの声が辺りに響き渡った。感情を剥き出しにしたような声だ。
世間体も気にせずに、彼は只リリアに届くように叫んでいた。
けれども彼女がそんなことで足を止める筈がない。
仮にリリアが立ち止まったとして、一体彼が何をしてくれるのか。
だから、リリアは聞こえない振りをした。
無駄な時間を消費するのは止めようと、出来るだけ声を意識しないように、少しでも声から遠ざかろうと歩を進めた。
それでも彼の声はハッキリと聞こえて来る。嘆きにも聞こえる悲痛な叫び声だ。
聞くに耐えない、訴えるような声。
それは、あの時の彼女を彷彿とさせた。
つい最近、味わった絶望を。
(早く、早く、この場から立ち去らないと……)
無意識の内に、リリアは他のことを考えることを放棄した。
彼女は必死だった。拭い切れない過去が、忘れようとしていた過去が、鮮明に蘇ってしまうことを何よりも恐れていたのだ。
が、思考に靄が掛かって、視界が歪んで、足取りが覚束ない。思うように真っ直ぐ前へと進めなかった。
早く此処から離れたいのに。
こんなことになるのなら、端からキッパリと拒絶しておくべきだった。突き放して置くべきだった。
無意識の内にそんな考えが脳裏を過る。
けれどもそんなことは結果論で、今更どうしようもないことだけは確かだった。
何より、今のリリアにそんな余裕はない。後悔しているような暇はないのだ。
依然として、後ろの方から必死に叫ぶ声が聞こえてくる。けれども、幾ら引き留めようとリリアに響くことはない。
「お願いだ!話を、聞いて………!」
今にも消えそうな切実な叫び声で、カルロは何かを必死に訴えた。
さっきの投げやりな叫びとはまるで違う、明確に意志の籠もった声色だった。
漸く、リリアは足を止めた。
話を聞く気になったからではない。いい加減、口を閉ざして欲しかったのだ。
無意識の内に自分と重ねてしまうから。
「今更何を聞けというのですか!!」
リリアは振り返ることなく、精一杯声を振り絞った。
まだ十にも満たない相手に投げる言葉ではないが、そんなことを呑気に気にしている余裕はない。
いくら幼かろうが、いくら皇太子だろうが、今のリリアには関係なかった。
いくら前の話であろうとも、彼女の後ろにいるのは、彼女を引き留めるのは、リリアに止めを刺した張本人に違いないのだから。
「それは………っ」
「ほら、言えないんでしょう……?お願いだから、期待させないで。これ以上は耐えきれないの………」
口籠るカルロを余所に、リリアは間髪入れずに呟いた。彼に聞こえるように。
暫く、カルロは黙り込んでいた。
―――やっと静かになった。
呆然と、しかし落ち着いたように、リリアはぽっかりと空いた胸を撫で下ろした。
そんな時。
「……君の母君に、危険が迫っている」
不意に、淀みない声が背後から聞こえてきた。
そこに先程までの悲痛さは感じられず、彼は、そうハッキリと言い放った。
思わずリリアは振り返る。今だけはどんな感情よりも、驚きだけが彼女の心を支配した。
(何で、知ってるの……)
目を見開いて、呆然とその場に立ち尽くす。
開いた口が塞がらなかった。
彼の言葉は余りにも抽象的で、もし何も知らなければ意味が分からないことだろう。
けれど、彼が放った爆弾は彼女には十分だった。十分過ぎた。
過去を知っているのだから。
「急にこんなことを言って困惑するかもしれない。けれども私は、君を守りたいだけなんだ」
黙り込むリリアを余所に、カルロは言葉を続けた。
「私に最後の機会を与えて欲しいんだ。貴女の望みなら、事が済んだらもう関わらないと約束しよう。だから、………お願いだ」
「貴方は、一体……」
リリアの呟きは虚空へと消えて行った。
きっとこれが、今の彼が告げることのできる精一杯の言葉だったのだろう。
それを分かっていて、これ以上問い詰めることは出来なかった。まだ、聞いてはいけない気がしたのだ。
「いいえ。……好きになさって下さい。けれど、それっきりです。先程申されたことが嘘か真かは存じませんが、出来る限り私と関わらないようにして下さい。それだけ守ってくだされば十分です。事が済んだら―――」
「ありがとう。私に機会を与えてくれて」
すかさず、カルロは彼女に感謝の意を示した。迷いなく微笑んで。
そんな彼を余所に、思わぬ可能性を考えながら、リリアは漸くその場から立ち去った。
まさか彼も前の記憶を持っているのか、と。そんな疑念が頭にぼんやりと浮かび上がる。
その事が分かるのはカルロ本人だけであるが、不思議とそんな考えが脳裏を過ぎったのだ。
それでも、一つだけ気に掛かることがあった。
―――それは、彼の婚約破棄である。
あんなにも強い意志を持って彼女を突き放した人物が、どうしてリリアを守り、救おうとするのか。
それだけが気掛かりだった。
もう一つ考えられることは、やはりリリアのタイムリープが原因だということだ。
彼女の巻戻りが何らかの形で過去を変えてしまったのかもしれないし、それによってズレが生じた可能性も否めない。
最悪の場合、彼が主犯と関わりを持っている可能性も考えられるのだ。
それたけはどうしても考えられないが、100%ないとは言い切れないのが現状だった。
兎に角、過去が大幅に変わってきている今、次に何が起こるのか予測出来ない。
部屋に戻った後、これから自身はどうなってしまうのかと、リリアは一人静かに考えた。
カルロの声が辺りに響き渡った。感情を剥き出しにしたような声だ。
世間体も気にせずに、彼は只リリアに届くように叫んでいた。
けれども彼女がそんなことで足を止める筈がない。
仮にリリアが立ち止まったとして、一体彼が何をしてくれるのか。
だから、リリアは聞こえない振りをした。
無駄な時間を消費するのは止めようと、出来るだけ声を意識しないように、少しでも声から遠ざかろうと歩を進めた。
それでも彼の声はハッキリと聞こえて来る。嘆きにも聞こえる悲痛な叫び声だ。
聞くに耐えない、訴えるような声。
それは、あの時の彼女を彷彿とさせた。
つい最近、味わった絶望を。
(早く、早く、この場から立ち去らないと……)
無意識の内に、リリアは他のことを考えることを放棄した。
彼女は必死だった。拭い切れない過去が、忘れようとしていた過去が、鮮明に蘇ってしまうことを何よりも恐れていたのだ。
が、思考に靄が掛かって、視界が歪んで、足取りが覚束ない。思うように真っ直ぐ前へと進めなかった。
早く此処から離れたいのに。
こんなことになるのなら、端からキッパリと拒絶しておくべきだった。突き放して置くべきだった。
無意識の内にそんな考えが脳裏を過る。
けれどもそんなことは結果論で、今更どうしようもないことだけは確かだった。
何より、今のリリアにそんな余裕はない。後悔しているような暇はないのだ。
依然として、後ろの方から必死に叫ぶ声が聞こえてくる。けれども、幾ら引き留めようとリリアに響くことはない。
「お願いだ!話を、聞いて………!」
今にも消えそうな切実な叫び声で、カルロは何かを必死に訴えた。
さっきの投げやりな叫びとはまるで違う、明確に意志の籠もった声色だった。
漸く、リリアは足を止めた。
話を聞く気になったからではない。いい加減、口を閉ざして欲しかったのだ。
無意識の内に自分と重ねてしまうから。
「今更何を聞けというのですか!!」
リリアは振り返ることなく、精一杯声を振り絞った。
まだ十にも満たない相手に投げる言葉ではないが、そんなことを呑気に気にしている余裕はない。
いくら幼かろうが、いくら皇太子だろうが、今のリリアには関係なかった。
いくら前の話であろうとも、彼女の後ろにいるのは、彼女を引き留めるのは、リリアに止めを刺した張本人に違いないのだから。
「それは………っ」
「ほら、言えないんでしょう……?お願いだから、期待させないで。これ以上は耐えきれないの………」
口籠るカルロを余所に、リリアは間髪入れずに呟いた。彼に聞こえるように。
暫く、カルロは黙り込んでいた。
―――やっと静かになった。
呆然と、しかし落ち着いたように、リリアはぽっかりと空いた胸を撫で下ろした。
そんな時。
「……君の母君に、危険が迫っている」
不意に、淀みない声が背後から聞こえてきた。
そこに先程までの悲痛さは感じられず、彼は、そうハッキリと言い放った。
思わずリリアは振り返る。今だけはどんな感情よりも、驚きだけが彼女の心を支配した。
(何で、知ってるの……)
目を見開いて、呆然とその場に立ち尽くす。
開いた口が塞がらなかった。
彼の言葉は余りにも抽象的で、もし何も知らなければ意味が分からないことだろう。
けれど、彼が放った爆弾は彼女には十分だった。十分過ぎた。
過去を知っているのだから。
「急にこんなことを言って困惑するかもしれない。けれども私は、君を守りたいだけなんだ」
黙り込むリリアを余所に、カルロは言葉を続けた。
「私に最後の機会を与えて欲しいんだ。貴女の望みなら、事が済んだらもう関わらないと約束しよう。だから、………お願いだ」
「貴方は、一体……」
リリアの呟きは虚空へと消えて行った。
きっとこれが、今の彼が告げることのできる精一杯の言葉だったのだろう。
それを分かっていて、これ以上問い詰めることは出来なかった。まだ、聞いてはいけない気がしたのだ。
「いいえ。……好きになさって下さい。けれど、それっきりです。先程申されたことが嘘か真かは存じませんが、出来る限り私と関わらないようにして下さい。それだけ守ってくだされば十分です。事が済んだら―――」
「ありがとう。私に機会を与えてくれて」
すかさず、カルロは彼女に感謝の意を示した。迷いなく微笑んで。
そんな彼を余所に、思わぬ可能性を考えながら、リリアは漸くその場から立ち去った。
まさか彼も前の記憶を持っているのか、と。そんな疑念が頭にぼんやりと浮かび上がる。
その事が分かるのはカルロ本人だけであるが、不思議とそんな考えが脳裏を過ぎったのだ。
それでも、一つだけ気に掛かることがあった。
―――それは、彼の婚約破棄である。
あんなにも強い意志を持って彼女を突き放した人物が、どうしてリリアを守り、救おうとするのか。
それだけが気掛かりだった。
もう一つ考えられることは、やはりリリアのタイムリープが原因だということだ。
彼女の巻戻りが何らかの形で過去を変えてしまったのかもしれないし、それによってズレが生じた可能性も否めない。
最悪の場合、彼が主犯と関わりを持っている可能性も考えられるのだ。
それたけはどうしても考えられないが、100%ないとは言い切れないのが現状だった。
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部屋に戻った後、これから自身はどうなってしまうのかと、リリアは一人静かに考えた。
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