とうちゃんのヨメ

りんくま

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1章 絆

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身体が重い。ゆっくりと瞼を開けると心配そうな顔をした雪ちゃんと大先生が、僕を覗き込んでいた。

「よかった、信君気がついた?」

消毒液の匂いが、鼻先をくすぐる。どうして、僕は眠っていたのだろう。頭がボーッとして思考が定まらない。頭を振りながら体をムクリと起こした。

「トウちゃん…!」

そうだ、僕は階段を突き落とされて、それをトウちゃんが庇ってくれたんだった。

「雪ちゃん!トウちゃんは?トウちゃんはどうなったの?」

雪ちゃんの襟元を掴み、返事を催促する。込み上げてくる不安。血で真っ赤に染まったトウちゃんの顔を思い出す。震え出す体を雪ちゃんが力一杯抱きしめた。

「信君、大丈夫とは言い難いけど、藤吉は無事だから」
「でも、僕なんかを庇って…」

階段から突き落とされ僕が受け止められた感触、そして何度も身体を打ち付けられても痛みを伴わない衝撃。あの衝撃の痛みは全てトウちゃんに与えられた。全身を包み込まれ、僕は守られていた。

「信君、なんかじゃないんだよ。藤吉は、信君だから必死で助けたんだ。そこは間違えてはいけない」
「…大先生」
「詫びではなく、ありがとうと言われたいはずだからな…そうだろう藤吉」

ガラリと扉がが開き、車椅子に乗せられたトウちゃんが、病室に入ってきた。
トウちゃんは、扉の外で僕たちの様子を見ていたらしく、バツの悪そうな表情をしていた。

「こりゃまたえらい男前な格好だな…藤吉」

頭に包帯、右脚と左腕にギブスをつけ、ミイラ男のような状態が、痛々しい。僕は、罪悪感に胸を締め付けられる。

「大先生…俺は、ごめんよりもありがとうって言ってもらいたいな」

堪えていた涙が溢れ出てくる。足元をもたつかせながらトウちゃんに近寄り、抱きついた。

「ありが…とう…トウちゃん!」

トウちゃんは、僕が泣き止むまで折れていない右手で、僕の頭を撫でてくれていた。



「ところでだな、雪。俺が退院する迄、信を預かってくれないか?」

僕が落ち着いた頃合いで、トウちゃんが雪ちゃんにお願いをした。

「もちろん、そのつもりだったよ」
「でも、僕なんか迷惑じゃ…」

雪ちゃんは人差し指を僕の唇に押し当て、その後の言葉を言わせなかった。

「信君、さっき大先生に教えてもらったでしょ?」

「あ…ありがとう…雪ちゃん」

雪ちゃんは、満足気に頷いてみせた。

「警察らの事情聴取については、大先生頼みます」
「あぁ、信君に負担をかけないように配慮しておく。それと信君、藤吉と連絡取れなければ不便だろう?事務所で契約している携帯を貸しておこう」

大先生は、僕に紙袋を渡した。紙袋の中身は、充電用のケーブルとアダプター、そして一台のスマートフォンが入っていた。

「私と陽子、藤吉と事務所の番号は登録している。後、雪君の連絡先を俺にも教えてくれないか?」
「わかりました。ついでに信君のスマホにも登録しておいてあげる」

遠慮するまでもなく、当たり前のように僕のスマートフォンになってしまった。

「大先生、…ありがとうございます」
「良くできました」

大きな手のひらで、大先生も僕の頭を優しくなでた。


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