不安になれない愛し方

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不安になれない愛し方

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「別れよう」
そう言われた。何度目の失恋だろう?目の前の男は「愛しているからこその別れだ」とか「好きだから」とか抜かしているけどそんな事は頭に入ってこない。ただ頭の中で巡っている言葉は一つだけ。
『また、捨てられた』

「ユノ、またふられたの?」
「うん」
「落ち込んでる?」
「うん」
「うん、しか言わないわねぇ」
「うん」
「ユノったらテキトーな返事ばっかり」
「嫌ならどっか行けばいい」
「んもぅ、またユノはそんな皮肉なことばっか言って!」
佐武 柚乃を叱っているのは女じゃない。瀬野  楓というオカマである。ユノが生きている上で最初で最後の友人。楓は中学の時に出会い、何故かユノにやけに構ってくるようになった。何度突き放しても寄ってくるものだから、ユノ自身も諦めてしまった。
今もこうして、ユノの部活動場所…美術室でユノの絵を見ながら説教している。
「ユノはどうして遊び目的の男ってわかってて、そんなのと付き合うのよ?」
「別に意味なんかないけど」
「意味なんかないって、じゃあ誰でもいいってこと?」
「まぁ…基本的にはそうだね」
「だ、ダメよそんなの!そんな事してたら、ユノを大事に思ってる人が悲しむわよ!」
「大事に思ってくれる人もいないから、別にいいよ」
「いる!」
「まさか。どこに?」
「こっ、ここにいるわ」
楓は自分を指差して言った。ユノ一瞬きょとんとした後、「はぁ…」とため息をついた。
「ちょっと!失礼ね!」
「や、ごめんごめん…そんな真剣な顔で言われたら、なんて返せばいいのか答えがわかんないよ」
「わ、私は本気よ?!だって…私、あの時からずっと、ユノの事が…」
楓はさっきまでの勢いは何処へやら、顔を赤くしてモジモジとしている。
「なに、私のことが?」
「な、なんでもないわ!とにかく、ユノは誰彼構わず付き合うなんて考えはダメよ!」
「なんで?」
「なんでも!」
「えぇー」
「えーじゃないの!」
「別にいいじゃん、だって次付き合った人はもしかしたら私のこと捨てないでくれるかもしれない…それに、このメンヘラ気質のとこまで愛してくれるのかもしれないとか思っちゃうんだから」
「ユノは、本当に愛してくれるなら誰でもいいの?そんなの、ユノ自身を大事にしてるって言わないのよ」
「ハイハイ分かったってば。小言は聞きたくないよ」
「あ、ちょっと?!どこ行くの!」
「作品のアイデアが出ないから、ちょっとさんぽ」
「わ、私も行こうか?」
「いいよ、楓は待ってて」
「知らない男に着いてっちゃダメよ!」
「ほいほい」
ユノは扉をカラカラと開けて静かに出て行った。残された楓は、ユノの出て行った扉を見つめて手をぎゅっと握った。
「そんなに…そんなに誰でもいいなら、私でもいいじゃない…」

「今日の楓はやけにしつこく言ってきたなぁ」
ユノはぶらぶらと校内を歩き回りながらそんなことを呟いた。
「そういえばあいつ、オカマだけど顔はそこそこ整ってるし、女には優しいし絶対モテるはずなのにな、彼女の話とか聞いたことない」
ユノは、あいつの恋愛相談を受けたことがない、とふと気がついた。今度、女でも紹介してやろうか。そんなことを思った時、先ほどの楓の言葉を思い出した。
『ユノを大事に思ってる人が悲しむわよ!』
『こ、ここにいるわ』
「…あんなこと他の人に言ったら、絶対モテると思うんだけど。てか、私だから簡単に受け流せるけど、他の子に安易にあーやって言ったら勘違いされるな、あいつは」
でも、あの赤くした顔の中でも目はいつも以上に真剣に私を見ていた気がする。まさか、あいつ私のこと…
そこまで考えてやめた。だってそれは…
「さすがに自惚れすぎだよね」

ユノが、本当の自分への愛に気づくのはもう少し先のこと…。

つづく
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