むっつりスケベって言うらしい【R-18】

みど里

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「初恋です、って」

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 リナリは、ドキドキと高鳴る胸が治まらない。
(本当にハルトリード様と。婚約を)
 しかも、恐らく公表していない仕事の内容まで、結婚する予定のリナリに誠実に教えたのだ。
(好き……。やっぱり、見てるだけの恋でいいなんて、私、そんな殊勝じゃなかった)
 誤魔化していただけだ。どうせ叶わないからと。この恋に終止符を打ちたくなかっただけ。

 リナリは、机の上にある魔道具を手に取った。
 その外見は手のひら程の長方形。木箱のようで、見た目はかなり色褪せ、くすんでいる。
 しかし。
 上面の蓋を開けると、繊細で軽やかな音が流れ出す。それは外面の劣化具合からは想像できないほど調律が行き届いていた。
「ハルトリード様……」
 経年劣化した魔道具。それを直してくれた少年に思いを馳せる。
(いつか、お礼を言いたかった。それと)


 ある屋敷の庭で。
 当時7歳のリナリより少し大きな、少年。
 ぼんやりと頭をフラフラさせて、寝不足のようで目をしぱしぱさせた仏頂面。掻き回したような短い髪が寝癖にも見え、より様子が際立っていた。
「かして」
 音が出なくなったと泣く幼いリナリに。
「なおせる」
 眠いのか、ぼんやりした声で、舌っ足らずに、短く。
「なかみだけ? なんで」
 亡くなった祖母がくれたものだから。できるならそのままがいい。そうしゃくり上げるリナリに頷いてみせた。
「ふーん……ねむいけど、いいよ」
 直してくれるの? と驚き、泣き笑いをしたリナリの頭を少し撫でて、魔道具を持って行った少年。やはりフラフラしていた。

 後日匿名で直った魔道具が届けられ、両親は驚いた。
 リナリが望んだ通り、外面はそのままで、まるで新品さながらの音が出るように。

 しばらくして、リナリはどうしても気になった。あの少年の事が。
 調べて、調べて、ようやく分かった。あの時リナリがあの場所にいたのは、招待されたからだ。
 あの屋敷で魔道具の展示会をしていたのだ。色々な家の大人たちが集まり、中には子連れで来ていた者も。リナリのところもそうで、あの時は父に連れられて訪問した。
 壊れたと思った大事な魔道具を持って。

 あの少年は、そのシュゼル家の長男、ハルトリード。リナリはしっかりと確認した。
 そして、何故匿名で魔道具が送られてきたのかも、リナリの中で結論を出した。
 当時、ハルトリード含め当主も、新進ではないが気鋭の魔道具士であった。予約は連日埋まり、顧客を大事にするシュゼル家は特例を許さない「信条」を掲げているという噂がある。

 だが幼いハルトリードが、泣く幼いリナリの魔道具を、ちょっとだけ、個人的に。

 恐らく当主が、当日いた子供の中からリナリを特定し、直った魔道具を返却した。それを特例としないように匿名だったのだ。
 だが、「直した。お大事に」と子供の字で書かれたカードが添えられていた。


「初恋です、って。あの時からずっと好きですって言えたらいいな」
 魔道具の中にそっとしまってある古びたカードを見て、リナリは胸を熱くさせた。
 その想いを伝える日は近い。

 翌日、リナリは父に呼ばれて部屋に行く。直接父の個室に呼ばれるのは珍しかった。
「お父様、きました」
「入りなさい」
 すぐに部屋に入る。
「リナリ。シュゼル家の長男に、その、惚れてたというのは本当なんだな」
「うん」
 父ポポルは、複雑そうな顔をしてリナリにソファを薦める。
「覚えているのか? 昔、シュゼル家に行ったって」
「行ったのはぼんやりと。ちょっと、調べて、それで」
 何となく歯切れが悪くなるが、父は気にしていない。
「私の母……お前の祖母の魔道具。……あの頃、お前はその魔道具の音が出なくなったとずっと泣いてたな。なんとかしてやりたくて、丁度展示会が開かれるシュゼル家に申し込んだ」

 展示会とは言っても、希望者全てを招いていてはきりがない。事前の申し込みの中から、当主が「いいだろう」と判断した家だけを招待するという形を取っていた。
 壊れた魔道具は、魔道具士に見てもらっても、直すのは中々難しいと言われた。だからどれだけ予約待ちでも、薦められたシュゼルの当主に直接修繕の依頼をしに行ったのだ。
 そうして当主に話をし、実際魔道具を見て直せるようなら年単位にはなるが依頼を受ける、と言われ、現物を持っている娘を捜した。
 しかし、何処かへ行っていた娘は泣き腫らした目をしながらも、にこにこと笑って「なおしてもらえる」と言う。魔道具は持っていなかった。
 ポポルは不可解に感じつつも、ひょっとして盗まれたか騙されたか。とにかく、これ以上娘を傷付けたくはなかった。再度当主に事情を説明し、予定は取り消した。
 そして。

「あの後、当主のジークリンド殿から知らされてな。幼い息子が善意で修繕しただけだから、どうか内密にってな。特例を作りたくないそうだ。修繕費はちゃんと払ったからな、心配ない」
「うん……ありがとう、お父様」

 リナリが調べた通り、シュゼル家は例え親戚、友人でも横入りはさせない主義のようだ。
 内密にだとしても異例としたのは、このポポル始めフォード家の人望、信頼に足る評判があったからだ。それと、が泣く幼い子供だったのも大きい。
 母アリアの様子から、ポポルは恐らく妻にも話していないと思われた。息子にも、当事者である娘にも。
 リナリの「ありがとう」には様々な万感の思いが込められている。

「お前ならまあ大丈夫だとは思うが、あまり余所で初恋の詳しい経緯は言いふらさないようにな」
「はい」
 リナリは畏まって、強く頷いた。しかし。
「は、初恋なんて、言ってないけど」
「ん? 違うのか? その時から息子君の事が好きだったんじゃないのか」
「そう、だけど」
 照れる娘を見た父は、何かを後悔するように落ち込んだ。
「当時は知らなかったからな。もっと早く気付いてればあの時点で息子君と婚約できてたかもしれない。あの馬鹿……おっと、元婚約者にも付け入られなかった。不甲斐ない」
「お父様のせいじゃないわ。あの人が権力を使ってきたのは予想外だったし。それに白紙の条件とか考えてくれたんだもの」

 ポポルは妻と相談して、無理矢理結ばされた婚約に何とか穴を開けようと考えたのだ。
 当時元婚約者はリナリにかなり入れ込んでいて、よそ見などしなさそうだった。だが、まだ子供だ。もしかして、という思いで、契約書を作った。
 付き纏って権力を振りかざすような子供だ。大人になって、逆にリナリを容赦なく捨てる可能性に賭けた。
 売り言葉に買い言葉。横柄な子供は「こんな契約」「こんな事は起こらない」と拇印を押したのだ。

「白紙になった今だから分かったの。お父様もお母様も、私の逃げ道をきちんと作ってくれた。将来を考えてくれたんだって」
「当然だ。ロメロも、リナリも、大事な子たちだ。幸せになってほしいに決まっている」
 涙を滲ませて幸せそうに笑うリナリ。

 今まで実感を伴わなかった、娘の嫁入り。父ポポルは、本格的に寂しくなって、娘の頭を撫でた。
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