むっつりスケベって言うらしい【R-18】

みど里

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「初恋、です」

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 リナリは後悔はしていなかった。
 しかし次にハルトリードと会った時、盛大に赤面してしまったのだ。
(大胆なことをしてしまったわ……)
 慰めた後、感覚を伝える魔道具に、口付けをした。
(気付いてる……?)
 じっと見てくるむっつり顔からは読み取れない。ただその顔は赤い。

 説明書通りに洗浄した魔道具を返却しようとするが、止められた。
「まだ持ってて。家に置いときたくないなら持って帰るけど」
「いえ、それは大丈夫です……はい、じゃあ、まだ……」
 リナリは、じゃあ持っておきます、と喜々として言うのが恥ずかしかった。

 今日はリナリの部屋へ招いた。
 そわそわしていたハルトリードは入室するなり、「リナリの部屋」と呟き、むっつりと黙り込んだのだ。
 そこから預かった魔道具の話になり、健全に本題へ移行する。

「次はうちの親かな」
「そうですね。きちんとご挨拶させていただきます」
 シュゼル家に行った際軽く自己紹介と挨拶はしていたが、正式に婚約者として顔を合わせる機会が欲しかった。

 ハルトリードは先程、フォード家、リナリの両親と兄に挨拶を終えている。
 兄ロメロなどは、妹の婚約者の愛想の無さに僅かに眉を歪めたが、それも最初だけ。基本的にハルトリードは真面目で礼儀正しい。フォード家の人間は外見に騙されず人の内面をきちんと見る。
 何よりリナリがずっと好いていた人物だから、という意識も手伝って、すっかりフォード家の面々はハルトリードを受け入れている。

(本当に、結婚するんだ。ハルト様と)
 ここまでの関係になっても、当然理解はしていても、いざ結婚を視野に入れ行動するとようやく実感が伴ってきた。

「リナリ。僕は、あなたが好きだ」
 以前に聞いた、しかし唐突な告白にリナリは身を揺らした。
「あ、ハルト様……私、も。貴方が好きです……初恋、です」
 顔に血が集まって、リナリは思わず俯いた。
「はつこい……そう、そうだ。いつ、僕を?」

 リナリは少し躊躇したが、他ならぬ本人だ。少し濁して話そうと決意した。
「11……いえ、12年くらい前、シュゼル家の展示会に伺った事があるんです」
「12年前の展示会……」
 シュゼル家の魔道具展示会は、2年に一度は開催されている。恐らく、ハルトリードは何度も主催者として、客を持て成しているに違いない。
 リナリは、そんな昔の、よくある行事の記憶を覚えているとは思っていない。

 いなかった。



「あ……自鳴琴オルゴールの子……」
 驚いた顔のハルトリードが、呟いた。
「え」
「多分、一番忙しい年だった。展示会に向けて徹夜続きで、ぼーっとして、でも覚えてる。当日女の子が、音が出ない壊れたって言って……僕が、えっと」
 ハルトリードは、「異例」を話してもいいものか迷っている。
「あの、ちょっと待っててください」
 リナリは慌てて、机の上に置いてある祖母の形見を取りに行った。

 長方形の木箱のような魔道具、自鳴琴オルゴールをテーブルにゆっくり置いた。
「これ、ですか」
「リナリ……そう、これ。リナリが、あの子だった……?」
 ハルトリードの表情は、思い出に浸り再会を喜ぶようなものではなかった。リナリは、後悔した。
(異例を作ってしまったんだもの。やめておけばよかったって思って)

「あのときちゃんと矯正術を……リナリともっと早く……ああ、くそ、まって、僕とんでもないヤなやつじゃなかった? 愛想わるくて、最悪……」
「あ、あの」
「リナリ、ごめん、あの時は、視力の矯正術をかけてなくて……いや、親父がただ立ってるだけでいいって言ったから、いや、あと、寝不足だったし、えっと、ぼーっとして、あ、僕目が悪くて、その」
「はい……」
 怒涛で支離滅裂。
 しかし、何故覚えていないのか、何故あんな態度だったのかを必死に説明しているのだと、リナリは気付いた。

「私、それに関しては何とも思ってません。ただ、感謝と、恋心、というか。それだけで……あと、予約待ちの顧客を沢山抱えてた人に、横入りで仕事を押し付けてしまったと後悔しました」
「まあ、それは……確かにあの後親父に怒られた、けど」
 リナリは、しゅんとなった。
「でもその後褒められもしたし、僕はそもそも後悔してない。笑ってくれたから」
「え?」
「あんまり見えなくても凄い泣いてるって分かった。僕が直るって言ったら、その子が……リナリが、多分、笑った。それだけでいい。絶対直すって思った」

 シュゼル家の当主は、特例であるからフォード家には口止めを、修繕したハルトリードには相手方の詳細を伏せていたのだ。
「親父に何度もちゃんと届けたか聞いた。詳しく教えてくれなかったけど、でもちゃんと送って、あの子が喜んでたって、きいて……泣きやんでよかった、って。仕事、やっててよかったって」

 リナリは目の奥が熱くなって感極まった。
 ハルトリードの心根の温かさ、仕事、魔道具への真摯な愛が伝わってきて、嬉しかった。
(やっぱり、素敵な人……)

 リナリの微笑みを真っ赤になって見つめたハルトリードは、いたたまれなくなり、次第に視線を下げていく。
「これ、聞いてみてもいい?」
「はい。ハルト様のお蔭で、前みたいな綺麗な音が出るようになったんです。本当にありがとうございます」
 ハルトリードが木箱の蓋を開け音が流れた時、気付いた。中にあるものの存在を。
「何か入ってる」
「あ、あっ! それ」
 気付いたリナリだったが、遅かった。
 ハルトリードは無情にもカードを手に取って、しげしげと見た。目を、見開いた。
「あ、あの。ごめんなさい、勝手に保管、き、気持ち悪いなら、捨て、ます……」
(捨てたくない……)

 しかし、ハルトリードはカードを戻して蓋を閉めたかと思ったら、テーブルに突っ伏した。
「リナリ、ごめん……なんだよ、直したお大事にって。もっと気の利いたこと書い……」
「嬉しかったです! 嬉しかったんです、これを見て、あの男の子を、私ずっと……」
「それが、はつこい……?」
 リナリは頷いた。ハルトリードも顔を上げた。

 ハルトリードは立ち上がって、リナリの傍に寄る。手を差し出しリナリも立たせた。
「リナリ。ありがとう」
 リナリはハルトリードに抱擁された。
 勢いのまま、意外と逞しい胸板に顔を押し付ける形になってしまい、リナリは熱が上がる。胸が高鳴る。

「好き。リナリ、ありがとう、僕を……覚えててくれて……好きに、なってくれて……」
「ハルト様、好きです」
 リナリは切なく苦しくなって、大きな背に手を回した。抱擁する腕の力が少し強くなる。

 好き、と何度も想いを吐露するハルトリード。
 互いの鼓動を感じながら二人はしばらくそのまま抱き合っていた。
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