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あの空気でまだ何も、なんて、ある? Side:使用人
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リナリがシュゼル家に嫁入り修行をしに来た、という建前を聞いていた使用人たちは、噂という名の真実を囁き出した。
「聞いた? リナリ様の元婚約者の事」
「ああ。付き纏われてたんだって? っていうか今も?」
「らしいな。だから実はリナリ様は嫁入り修行じゃなくて、若様が保護してるんじゃないかって」
「あー、ありそう。あのむっつ……若様がそうとう溺愛してますもんね。吃驚しましたもん。いきなりデロデロに褒め倒したりして」
「あのお顔のままでね……普段からああなのかしら?」
休憩室で複数の使用人が顔を付き合わせて、今一番熱い議題について話し合っている。
屋敷で働く使用人たちは、シュゼル家の特殊性を鑑みてかなり厳選している。
極秘依頼の魔道具や、秘密裡に依頼、作成する魔性具について。顧客情報、企業秘密などを多少なりとも見聞きしがちな立場。外部に対しての口は堅い。
古参ばかりで割と年配者が多く、この地に根を張っているため独自の情報網なども形成しており、外からの噂にも敏感だ。
「リナリ様がああですもんね。若様はさぞ心配でしょうし」
「甘い蜜を湛えた花のような方だもの。虫除けをしっかりされればいいけどね」
「なんかその言い方やらしいぞ」
「やらしいって思う方がやらしいですよ……」
ここで話が別方向へ逸れ始める。
「そっか、だからリナリ様のお部屋、あそこなのね」
「若様の続きだろ? え、そういう? 旦那様も奥様も公認?」
「えっ、虫除けって」
「それもあるけど、多分元婚約者関連じゃないか? 若様が既成事実でも作ってリナリ様を娶れば向こうは引くしかない」
「それならもう達成じゃないかしら? あの空気でまだ何も、なんて、ある?」
一人が肩を竦めるが、ハウスメイドの一人がおずおずと手を挙げた。
「あの、多分、リナリ様が花嫁修業という名目で屋敷に来られてからは、まだ、だと思います」
ハウスメイドは洗濯などの他、シーツ交換なども持ち回りでする。
「なんだそうなのか。若様、むっつりだからなぁ」
「あのリナリ様が婚約者でよく色々我慢できるよな」
「でもあれだけ態度に出して愛情を伝えておられるじゃない。それでまだ、って」
「あの、それが……」
またハウスメイドが語る。
「以前、リナリ様が初めて来られた時、もしかして……」
ハウスメイドの確かな証言に、使用人たちは色めき立った。
「そういう気配があったのね?」
「は、はい。詳細は言えませんし最後まで、かどうかは分かりませんけど」
「なんだ。さすがにやる事やられてるんだな。そりゃそうか」
一人が何かに思い至る。
「それに、ほら。当家はいろいろ道具が……」
「あ、もしかして、使って……?」
「若様があの清純そうなリナリ様に道具……うわ、生々しいですって……」
「お前の想像が一番生々しいわ」
「あのむっつり……いや、あれはむっつりスケベっていうやつね」
あははうふふと、こっそり妄想猥談に花を咲かせる使用人たちだった。
また後日。
「夜はほとんど一緒におられるな」
「やっぱり道具で……」
「むっつりスケベ……」
「もういいってそれは」
今、使用人たちの熱い話題はすっかり若様とその婚約者で占められている。
「でもそんな気配ないんでしょ?」
「そうですね。綺麗なものです」
この間とは違うハウスメイドも証言する。
「リナリ様はどう思っておられるのかしら。まんざらでもなさそうよね?」
「デロデロはお互い様って感じだな。リナリ様もふとした時にぼーっと赤い顔して若様見てる時あるし」
「うーん……お互い奥手だったりしてな。進みたくても進めない? 的な?」
「でも前にそういう気配があったって誰か言ってなかった?」
「ああ、ありましたよ。初めてご来訪があった時ですね」
やはり詳細は語らないが、前と違うハウスメイドは言う。
「面白そうな話してるじゃない」
突然の聞き慣れた声に、使用人たちはびくりと椅子から少し浮いた。
「お、奥様!」
「このようなところに!」
使用人たちが慌てて立ち上がろうとするが、夫人は制した。そして自分も椅子を引っ張ってきて、座る。
「私もねえ、少しけしかけてみたり発破をかけてみたりしてるんだけどね。あのむっつりスケベ、どうにも曖昧で」
「は、はあ」
一番年配の侍女が対応するが、「むっつりスケベ」の呼び名に他の使用人たちの間に漂う空気が固まる。
「だから、リナリに頑張ってもらう方向にしたの」
それをわざわざ使用人に伝える必要が思い至らない。一人を除いて。
「……私も共犯になれとおっしゃるのですね」
対応している侍女だ。
「ええ。ちょっとあなただけいらっしゃい」
夫人は、侍女を連れて自室に入る。
「これは……」
「うふふ、ちょっと買ってみたの」
テーブルの上に、若者向けのナイトドレスと下着が広げられ並んでいた。
露骨なデザインではなく、リナリに似合う清楚な、しかしよく見るとうっすら透けていたり丈が短かったり、そういう用途のナイトドレスだ。
「ハルトリードはあんまり明け透けなのは好きじゃなさそうって思って。まあ、リナリが着るなら何でもよさそうだけどね、あのむっつりスケベは」
「そうですね」
つい普通に肯定してしまって、口を引き結んだ。
怒っているのかと思いきや、夫人はその呼び方が楽しいらしく味を占めている。
「私が直接リナリに渡すより圧は少ないと思うの」
「私が、奥様からだとお薦めすればいいのですね?」
「ええ。お願いね」
夫人は、もうひと押しだと感じている。
一体何に拘っているのか不明だが、ハルトリードは未だにリナリと床を共にしていない。
シュゼル家は、ハルトリードの伴侶を確保し婚姻を早めるため。フォード家は、ギムランからの強引な付き纏いを失くすため。
とにかく両家公認で既成事実が成るのを待っている。
「フォード家にも許しを得ているのにねぇ」
「……あの、それ、若様に伝えらえました?」
夫人は、きょとん、と目を瞬かせた。
「あら……言ってなかった、かしら?」
多分解決した。
「聞いた? リナリ様の元婚約者の事」
「ああ。付き纏われてたんだって? っていうか今も?」
「らしいな。だから実はリナリ様は嫁入り修行じゃなくて、若様が保護してるんじゃないかって」
「あー、ありそう。あのむっつ……若様がそうとう溺愛してますもんね。吃驚しましたもん。いきなりデロデロに褒め倒したりして」
「あのお顔のままでね……普段からああなのかしら?」
休憩室で複数の使用人が顔を付き合わせて、今一番熱い議題について話し合っている。
屋敷で働く使用人たちは、シュゼル家の特殊性を鑑みてかなり厳選している。
極秘依頼の魔道具や、秘密裡に依頼、作成する魔性具について。顧客情報、企業秘密などを多少なりとも見聞きしがちな立場。外部に対しての口は堅い。
古参ばかりで割と年配者が多く、この地に根を張っているため独自の情報網なども形成しており、外からの噂にも敏感だ。
「リナリ様がああですもんね。若様はさぞ心配でしょうし」
「甘い蜜を湛えた花のような方だもの。虫除けをしっかりされればいいけどね」
「なんかその言い方やらしいぞ」
「やらしいって思う方がやらしいですよ……」
ここで話が別方向へ逸れ始める。
「そっか、だからリナリ様のお部屋、あそこなのね」
「若様の続きだろ? え、そういう? 旦那様も奥様も公認?」
「えっ、虫除けって」
「それもあるけど、多分元婚約者関連じゃないか? 若様が既成事実でも作ってリナリ様を娶れば向こうは引くしかない」
「それならもう達成じゃないかしら? あの空気でまだ何も、なんて、ある?」
一人が肩を竦めるが、ハウスメイドの一人がおずおずと手を挙げた。
「あの、多分、リナリ様が花嫁修業という名目で屋敷に来られてからは、まだ、だと思います」
ハウスメイドは洗濯などの他、シーツ交換なども持ち回りでする。
「なんだそうなのか。若様、むっつりだからなぁ」
「あのリナリ様が婚約者でよく色々我慢できるよな」
「でもあれだけ態度に出して愛情を伝えておられるじゃない。それでまだ、って」
「あの、それが……」
またハウスメイドが語る。
「以前、リナリ様が初めて来られた時、もしかして……」
ハウスメイドの確かな証言に、使用人たちは色めき立った。
「そういう気配があったのね?」
「は、はい。詳細は言えませんし最後まで、かどうかは分かりませんけど」
「なんだ。さすがにやる事やられてるんだな。そりゃそうか」
一人が何かに思い至る。
「それに、ほら。当家はいろいろ道具が……」
「あ、もしかして、使って……?」
「若様があの清純そうなリナリ様に道具……うわ、生々しいですって……」
「お前の想像が一番生々しいわ」
「あのむっつり……いや、あれはむっつりスケベっていうやつね」
あははうふふと、こっそり妄想猥談に花を咲かせる使用人たちだった。
また後日。
「夜はほとんど一緒におられるな」
「やっぱり道具で……」
「むっつりスケベ……」
「もういいってそれは」
今、使用人たちの熱い話題はすっかり若様とその婚約者で占められている。
「でもそんな気配ないんでしょ?」
「そうですね。綺麗なものです」
この間とは違うハウスメイドも証言する。
「リナリ様はどう思っておられるのかしら。まんざらでもなさそうよね?」
「デロデロはお互い様って感じだな。リナリ様もふとした時にぼーっと赤い顔して若様見てる時あるし」
「うーん……お互い奥手だったりしてな。進みたくても進めない? 的な?」
「でも前にそういう気配があったって誰か言ってなかった?」
「ああ、ありましたよ。初めてご来訪があった時ですね」
やはり詳細は語らないが、前と違うハウスメイドは言う。
「面白そうな話してるじゃない」
突然の聞き慣れた声に、使用人たちはびくりと椅子から少し浮いた。
「お、奥様!」
「このようなところに!」
使用人たちが慌てて立ち上がろうとするが、夫人は制した。そして自分も椅子を引っ張ってきて、座る。
「私もねえ、少しけしかけてみたり発破をかけてみたりしてるんだけどね。あのむっつりスケベ、どうにも曖昧で」
「は、はあ」
一番年配の侍女が対応するが、「むっつりスケベ」の呼び名に他の使用人たちの間に漂う空気が固まる。
「だから、リナリに頑張ってもらう方向にしたの」
それをわざわざ使用人に伝える必要が思い至らない。一人を除いて。
「……私も共犯になれとおっしゃるのですね」
対応している侍女だ。
「ええ。ちょっとあなただけいらっしゃい」
夫人は、侍女を連れて自室に入る。
「これは……」
「うふふ、ちょっと買ってみたの」
テーブルの上に、若者向けのナイトドレスと下着が広げられ並んでいた。
露骨なデザインではなく、リナリに似合う清楚な、しかしよく見るとうっすら透けていたり丈が短かったり、そういう用途のナイトドレスだ。
「ハルトリードはあんまり明け透けなのは好きじゃなさそうって思って。まあ、リナリが着るなら何でもよさそうだけどね、あのむっつりスケベは」
「そうですね」
つい普通に肯定してしまって、口を引き結んだ。
怒っているのかと思いきや、夫人はその呼び方が楽しいらしく味を占めている。
「私が直接リナリに渡すより圧は少ないと思うの」
「私が、奥様からだとお薦めすればいいのですね?」
「ええ。お願いね」
夫人は、もうひと押しだと感じている。
一体何に拘っているのか不明だが、ハルトリードは未だにリナリと床を共にしていない。
シュゼル家は、ハルトリードの伴侶を確保し婚姻を早めるため。フォード家は、ギムランからの強引な付き纏いを失くすため。
とにかく両家公認で既成事実が成るのを待っている。
「フォード家にも許しを得ているのにねぇ」
「……あの、それ、若様に伝えらえました?」
夫人は、きょとん、と目を瞬かせた。
「あら……言ってなかった、かしら?」
多分解決した。
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