3 / 32
第一楽章 檸檬音階
もう一つのプロローグ
しおりを挟む所変わって場所はフランスの田舎町。
日本についての知識としては極東にある文化的に進んだ島国。
それがフランスのマルティニー(Martinique)に住む少女アイリス・クリスティーヌ( Iris・Christine)はある日衝撃を受ける。
その日も家の近くの高台でトランペットを吹き家に帰ればいつも朝食を食べに来るセレスタン・ラガルド( Célestin・Lagarde)は嬉しそうにアイリスに飛び付いた。
父の仕事仲間。オーケストラの指揮者のセレスタンとトランペット奏者の父は親友だ。
やれやれ朝食もそこそこにセレスタンは父、ダヌマルク(Danemark)と楽しそうに食卓の上、スマホを二人で楽しそうに眺めている。
アイリスには興味がないので黙々とベーコンエッグを食べていると父はアイリスにそのスマホを手渡す。
「聴いてみなさい。すごいぞ」
聴いてみなさい?
アイリスは首を傾げる。プロのトランペット奏者の画像だろうか。仕方なくアイリスは画像を再生する。
その瞬間。アイリスはぽろりとフォークを食卓の上に落とす。
「……え?」
父の曲だった。
昔。父が奏でセレスタンが指揮をした曲だ。
しかしそのトランペットの奏者は一人、主旋律を奏でている。
「何、CD?」
アイリスの問いにセレスタンは答える。
「いいや。Instagramから回って来たんだ。再生回数もすごい」
「ああ。まるで奏でているようだ。美しいし、包容力も音量もある。正直ここまで苦もなく高音を出されると妬くね」
父の言葉にアイリスは頷いた。
「これ誰? プロ?」
「いや、学生だってさ」
「……はぁ!?」
嘘だ。
そんな訳ない。
「うん、いい音だ。決めた。私は日本に行くよ」
と、セレスタンは何でもないように言う。
『は!?』
アイリスと父は同時に叫ぶ。
食後のお茶を準備していた母は思わずスッ転び、父とアイリスで食器をキャッチ。
「この高校の指揮者をやりたいんだ」
「本気ですか!? 聞いたこともない高校ですよ!! しかも……日本? あんな遠くて小さな島国に?」
父は叫ぶ。アイリスが言いたいことは大体父が言ってしまった。
「理由が知りたいのさ。これだけのソリストがいる高校なのに何故無名なのか」
セレスタンのこの瞳は本気の目だ。
アイリスはショックだった。
アイリスの師でもあるセレスタンが日本の高校生男子ごときに興味を持つなんて。
確かに巧い。
憎いぐらい巧かった。
その晩アイリスは自分の部屋であの演奏を何度も聞きながら考えた。
遠い昔。父に憧れて始めたトランペット。
最初は掠れた音しか出なくて今は父に楽譜の読み込みが足りないと怒られセレスタンには表現力が薄いと苦笑され。
しかし、この男はその全てを持っている。
調和する音。広がるハーモニー。
気が付けばアイリスの頬には涙が伝っていた。
自分は特別だと思っていた。
師のセレスタンに可愛がられトランペットさえやっていればアイリスは誰よりも特別だった。
いつか父を越えてセレスタンの指揮でソリストとして演奏するのがずっとアイリスの夢だった。
その前に倒せばならぬ男が出来た。
画像は後ろ姿で服装も制服。なので誰かは知らないが絶対に倒してやる、とアイリスは誓う。
次の朝。今度はアイリスが爆弾を投下する。
「何、アイリスも藤堂に行くだって!?」
父は叫ぶ。
「当然。師匠が行くんだ。私も行く」
「あら、でもこの高校。交換留学が出来るのね。寮もあるみたいだし」
母はこの騒動にもう慣れたのか、のほほんと言った。
「そ、そんな~私だってお前と一緒にトランペットを……」
「いい加減にしろ。親父は倒すべき敵なの!!」
こうしてアイリス・クリスティーヌは日本の高校、藤堂高校に通うことになる。
元々、このまま地元で過ごす気は無かった。愛するトランペットを吹き続けても父の代わりにしかなれない。人は皆、アイリスならば吹けて当然だろうと言う。それだけならば苦労などしない。
当然なんかではない。
それだけ血の滲むような努力をして来た。
親の七光りではい。
誰にでも出来る、特殊でもない、平凡な演奏者ではなく。アイリスはたった一つの輝く星になりたかった。
そうすれば……セレスタンにも振り向いてもらえるかもしれない。
春。その一歩を踏み出す。
そう思いを馳せながらアイリスは藤堂高校の門を目の前に見た。
出迎えるような桜の花弁。
どこもかしこも桜の花弁が舞い。
アイリスはフランス人だ。それなのに何故か懐かしさを感じる校舎だ。
「しっかし人が多いな」
日本の制服には少し憧れていたので、ちょっと嬉しい。
ほとんど木造だが比較的綺麗な校舎で桜が舞っていた。
校舎までの道には多くの学生が部活の勧誘をしていた。
サッカー、バスケ、テニス、野球に陸上。まるでお祭りのようだ。
きょろきょろとアイリスは吹奏楽部を探す。
「さー新入部員を確保するぞぉー!!」
おー、という緩い返事をした集団の前でアイリスは止まる。
中央の……おそらく上級生が持っているのは指揮棒だ。
「……あった!」
その人数の少なさと部員が女子ばかりな光景にアイリスは首を傾げる。楽器も足りていない。
中央の少し大人びた金髪を横に束ねた上級生が指揮棒を……おそらく振った。
その音の酷さにアイリスは愕然とする。セレスタンは無名の高校だと言っていたから期待などしていなかった。
「……せめてチューニングはしようぜ……」
アイリスはしばらく何の曲なのか分からず首を傾げる。
その時だった。
「ルパン三世のテーマ……年代までは分からん」
突然、背の高い男子生徒に声をかけられアイリスはびくっと震える。
「あ、頭に桜、付いてるぜ」
その男子生徒はアイリスの上に乗った桜の花弁を吹き飛ばした。
ふー、と一気に垂直に。
しかし桜の花弁は風向きに反って遠くまで舞う。
しばらくアイリスは呆然としていた。
「じゃ」
男子生徒はさっさと校舎に向かって行った。
集団の中でもそのつんとした黒髪の頭だけひょっこり出る上級生。肩には通学鞄とは別に肩紐が付いた皮製の鞄が揺れている。
「あれって……楽器か?」
ならば何故あの集団の中にいないのか。
桜の花弁が今頃くるくるとアイリスの手元に落ちる。
何か悔しくてアイリスは自分でふーっと一息で吹き飛ばす。
しかし追い風で桜の花弁はアイリスの掌にくるくると回って落ちた。
あの青年の時とは距離も高さもまるで違う。
それはまるで楽器の演奏を示唆されているようでなんだか腹が立った。
「そんな訳、無いか。きっと別の花弁が混じったんだなぁ」
自分に言い聞かせても拳は震えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる