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第一楽章 檸檬音階
第二小節 揺れる譜面
しおりを挟む吹奏楽部に入部する前までには色々あったがアイリスはまあ、入部した。元々アイリスに何かしら問題であった訳ではない。
柚姫もそうしようと心に決めていた。セレスタンは人の心を動かす事にも長けている。
色々あるが頑張って全国出場目指そう、おー。
という空気に強引にした。
「多数決で嫌なら辞めれば?」
と誰もが言わない言葉をセレスタンはさらりと言った。
それで何人か減り柚姫の友達も辞めてしまったらしい。アイリスにはまだこの高校の知り合いがいないから分からない。
その日の早朝ミーティングは緊張感に満ちていた。
セレスタンがコンクールの課題曲と自由曲を発表するからだ。
吹奏楽部といえばコンクール。
中学の時、柚姫の中学は都大会金賞だった。全国には選ばれず。
三年の時は調度『兄事件』もあって複雑な気持ちだった。
コンクールは金賞の中から更に代表が選ばれる。これに選ばれなければ次はない。
更にコンクール側が決めた幾つかの課題曲から一つ選び、自由曲としてもう一つ選べる。
これらは二つでキッチリ合わせて12分でなければならない。
よって課題曲が4分程度で自由曲が7分程度。
指揮者の手腕による微量の残り時間の余裕1分という編成が多く課題曲も4分~5、6分以内の曲が多い。
さて。セレスタンはフランス人だ。やはりベーシックなクラシックスタイルの曲が来るのだろうか。
当然、曲によってソロを担当する者もいる。
オーボエやトランペット、サックスは多い印象だ。
確かオーボエは三年の吹奏楽部。トランペットはそもそも人数が多い。
サックスの朝倉 宗滴は頭がおかしいほど巧いので間違いはない。
そもそも元々吹奏楽部にいた人々の方が基本的に巧い。
同好会には夜宵という例外もいるが海も吹奏楽部で宗滴や響一と淡々と続けていたそうだ。だからかこの三人は仲が良い。
「サックスのソロはあっても良いけど長いと困るな~」
と、宗滴はぼやく。宗滴の言葉に海も同意した。
「三年は大変ッスよね。まあ、残ったとしても受験勉強もあるわけだし……」
「……立候補制度にしてくれればいいが」
「そりゃ、お前が立候補しない制度だろうが!!」
「痛っ!」
響一は宗滴にど突かれた。
この二人は仲が良さそうだ。
海がこっそり柚姫に教える。
「本当はあそこにお前の兄貴がいたんだ」
更に後ろの夢野川 時宗が言った。
「九条寺合わせて魔の四天王」
「魔の四天王?」
柚姫の問に時宗は頷いて丁寧に教えてくれる。
太ってはいるが制服も綺麗でお日様の匂いがするこの先輩を柚姫はいつも非礼ながらおふとん先輩、と呼んでいた。
包まれて寝たら良いホルンの曲で安らかに眠れそうだと。
「柚姫さーん、戻って来て下さい」
「……あっ!」
海の声に柚姫は現実に戻る。
「魔の四天王?」
「そう。ウチの吹奏楽部でトップ4の実力者。だからウチはちょっと男子が多い」
「そう言えば……ありがとうございます!」
「……だから男子は音楽好き。だからそれ以外何もしない」
「……夢野川先輩……ありがとうございます」
柚姫は度々お礼を言った。
「おっ、ムッちー優しい~」
こうやって茶化すのは大体宗滴だ。彼はムードメーカー的存在らしく海は大体それにツッコミを入れている。
「俺は初見でデブと馬鹿にしない人には誠意を尽くします。太っている、と言われるのは良い。馬鹿にさえしなければ」
というスタンスらしい。
セレスタンは外人だ。
日本の年功序列、歳上は絶対という考え方が通用するとは思えない。
当然、実力者がソロに選ばれるだろう。
そしてそのセレスタンが現れる。
「おっはー!」
「先生、それ死語です」
すかさず海がツッコミを入れる。
「そーなーんだ。Bonjour、皆の衆」
『おはようございます!!』
初心者に向けて夜宵は簡単に説明した。
トランペットは金管楽器の一種である。
略称はTP、Trpなど。
語源は貝殻の一種を意味するギリシア語のstrombosであるとされている。
管は全体としては円錐形だが全長の1/4から1/3ほどは円筒形であり長円状に巻かれている。
その中ほどに3つ(稀に4つ)のピストンまたはロータリー式のバブルを備え、バルブによって管長を変えて高音を変化させる。
様々な調性のものが存在し最も一般的なのは変ロ調(B♭管)とハ調(C管)でハ調を除き多調楽器である。
セレスタンは嬉しそうな顔で二枚のCDを取り出した。
「今年の自由曲決まったヨ」
その言葉にぞろぞろと十人位の女子たちが集まる。
「わあ、やは」
彼女は夜宵を慕う。舟木 結乃。
「デショ。曲はこれ」
セレスタンは皆にも分かるように二枚のCDを机の上からスライドさせる。
机に置かれた二枚のCDを生徒達が覗く。
「げ……マジっすか……」
彼女は中学の時からずっとマリンバ一筋。活発でボーイッシュな朱鷺 都世。
課題曲
『あんたがたどこさの主題による幻想曲』
自由曲
『海上のピアニストより「愛を奏でて」トランペットと吹奏楽のための』
その選曲に多くの部員は凍結する。
「え、マジで?」
と都世。
「先生の冗談じゃ……」
と結乃。
「冗談チガウヨ」
「スミマセン、この曲知らないっす」
一年の数人がわらわらと手を上げる。
「チッ初心者が」
「結乃」
「まあまあ。あの外人さん。第九とか好きそうな顔して中々渋いセンスしとるやん」
「おおきに~」
そう言いながらセレスタンはCDROMをセットする。
「聞いたら分かる。良い曲ダヨ」
曲が流れている間その場は静かだった。
戦場のピアニストならば知っている人も多いだろう。
ユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの体験記を脚色して映像化している。
1939年にヒトラーのポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発。ドイツ占領下のポーランドでナチス・ドイツによるユダヤ人への大量虐殺を目の当たりにする。家族全員が絶滅収容所送りとなり、ワルシャワ蜂起後の廃墟を逃亡する中を、ドイツ軍の将校ヴィルム・ホーゼンフェルトによって命を救われた。
戦後はポーランド放送へ復職。1946年に戦時中の体験をまとめた『ある都市の死』(Śmierć miasta)を出版し、2002年にはこれを原作とした映画『戦場のピアニスト』が公開された。
詳しくは映画を見るか書籍を読んだ方が早い。
確かにセレスタンにしては渋い所を選んで来た。
「やっば、ウチ自信ないです~」
「いや、でもソロ以外なら……何とか……」
「やっぱりソロは夜宵先輩ですよね~?」
結乃の一言に凍る。
「えぇー。せやろか? ウチより上手いんだったらそらぎょうさんおるで」
「で、でも……先輩は三年生だし! 副部長だし!」
「それは顧問のセレスタン先生が決めるやろ?」
自由曲それはトランペットのソロが居なければ始まらない。そんな曲だった。
ただ傍観するように突っ立っていた蓮華 響一は溜め息を吐いた。それに彼は部長の筈だ。
気になってアイリスは話し掛けるが返事は超絶素っ気ない。
「先輩は良いんですか? ソロは?」
「別に、どうでもいい」
その言い方は何処か淡々としていて何処か諦めのようなものを感じた。女子の話し合いにも参加せず。
午後の合奏練習は今日はミーティングの筈だ。誰がソロを吹くのか。
セレスタンはまた数人が集まった教室で言った。
「ワタシ思いまシタ。ワタシアナタガタの音楽知らない。方向性知らない」
「せやけど曲は決まっているんですね?」
夜宵は不思議そうに尋ねる。セレスタンは頷く。
「そう。日本っぽい曲、弾きたかった。後ワタシ個人の趣味。それは練習が始まったらオシエル」
片言ではあるがセレスタンは場の空気を掴むのが上手い。
「怪盗アレ聞きました。アレ、出来ますか?」
「出来ないか出来るか、って言えば……出来るけど、って所です」
響一は淡々と答える。
「あれはルパン三世のテーマ。80年バージョン、ジャズアレンジです」
そう言ったのは宗滴だ。楽譜をセレスタンに渡す。
「ホウホウ」
「一応、一年の練習曲。個人的な趣味で」
しばらくすると全員に楽譜が回った。
そこには掠れた文字で担当が書いてあった。
表紙にはソロパートの名前がある。
「分かりまシタ。ワタシ聴く。指揮はスル」
「リョーカイっす」
宗滴はビシッと敬礼する。
「では、準備は良いですか?」
セレスタンが指揮棒を持つ。
「何時でもどうぞ」
ぐにゃり、と演奏が始まった。
聴けば聴くほど、ぐにゃぐにゃした演奏だ。旋律を聴けば一瞬でどの曲か思い出したアイリスには難しくはない。
結果的に言うと全員レベルがバラバラだ。
チューニングすら出来ていない者、テンポがずれている者。
しかしさすがにこの曲の提案者。サックスの宗滴は難なくこなして、更にトランペットのソロは誰が……と思ったら夜宵ではなく響一だった。
また音程は綺麗に合わせるのに塩味というか淡々としているソロなのに。ドラムが巧いのでまだ曲らしく聞こえる。
その巧さと駄目な部分が激しく混沌としてアイリスは目眩で頭がクラクラした。
そんな姿を隣の端であるポジションの響一は見ていた。
曲は全て弾き終える前に打ち切られる。
「ええの? まだ終わっとらんけど……」
「今から指名した人だけで合奏して下さい」
その指名された数人で吹くことは難しくはない。
何故なら全員が均等に上手く更に上手い個人がソロを淡々とやるからだ。
主にこの曲はサックスとトランペットがソロをほとんど担う。その二人が音程に特に気を払えば大きな乱れはない。
「はい。今の聴きましたね? これが皆さんの最高です。これに追い付いて行けなければ曲は合奏以前の問題」
「突然、そんなこと言われても」
生徒達は当然混乱する。
「皆さん、ミンナ、自分の音聴こえてない。他人の音チガウ。自分の音、キイテちゃんとキク」
もう一度、と合奏してもどうにも合わない。
むしろ中途半端に酷くなった様な気さえする。
今日は土曜日。
午前中パート練習、午後合奏練習となっている。
トランペットは人数も実力者も多いので問題はない。
最上級生の瀬戸内 夜宵が基本的に仕切っている。
初心者に向けて夜宵は簡単に説明した。
それでも連日練習しなければ始まらない。
夏前の空気は少し淀んでいてそれがまた今の状況を表現しているかのようだ。
そんな日でもセレスタンが現れると周囲が蒼天になるかのような爽やかさだ。
「Bonjour、今日も楽しんで行きましょう!」
『はい!』
生徒の中の一人。トランペットで副部長の瀬戸内 夜宵が代表して尋ねる。
「課題曲も自由曲もええですけど、楽器の担当はどうするんです?」
「あ、そっち? 昨日吹いてくれた子はそのままそのパートやるといいよ」
「……ソロは……」
一年生がおずおず尋ねる。
「セレスタン、ミンナの曲聴いた。思った。ミンナバラバラ。レベルも意識する所も曲の方向性も」
それは痛い現実だ。
全員思い当たる節があるのか気まずそうな顔をしている。
「そこで決めました!! オーディションして五月の連休にミンナで合宿する。最後はホールで合奏」
『えー!?!!』
「ちょ、そんな突然……」
「大丈夫ダヨ。日本人、シヌキになれるって聞いた。シヌキになれば何でも出来るんだよね? ミンナまだシヌキになってない」
「そりゃ無理だーーーー!!!!」
初めて吹奏楽部部員の声がユニゾンする。
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