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第一章 New Moon
冥界へようこそ!
しおりを挟む何処までも深いカビ臭い石の穴を見て石の円の広場を見てケイシー・セグシオン・フォンベルンは顔をしかめる。
ここは冥界が所有する召喚場。
冥界には幾つかのシステムがある。
そのシステムが魂送師と狩師というシステムだ。ここは魂送師が狩師を召喚する為の場所である。
あるものは至ってシンプル。
召喚する為の地下にある円形の結界場と高らかな椅子に座る裁判官。後は外壁を被う申し訳ない程度に装飾された岩。
湿っぽくカビ臭い。
「さて、ケイシー・セグシオン・フォンベルン。今回で狩師の召喚は第100回目だ。記念すべき数字である」
一段上の木の椅子に座る偉そうな男は実際、偉いのであまり文句は言えない。
ケイの遥か先輩に当たる上司であり監察官である上杉英治。彼は魂送師だ。
「ええ、分かっています」
「今回の召喚に失敗した場合、フォンベルン氏は魂送師としての存在意義を否定。存在の無意味。消失を意味する」
相変わらずこの男は無機質な声と瞳でこちらを見下している。
真っ直ぐな黒髪。前髪は真ん中分け。
漆黒の黒目には全くの私情はなく、いくら制服のブラックスーツを着こなす美形でも情の欠片も無いのだから、こちらも特に彼に対する感情は持ち合わせていない。
彼の隣に待機しているのが悪霊を狩る狩師。
上杉英治の狩師である侍だ。強面で、いかにも強そうである。
魂送師の仕事はシンプルだ。
狩師は怨霊、怨念の力を殺ぎ落とし弱体化する。
その力を失った元の魂を冥界に送るのが我々魂送師の仕事なのだ。
ケイは長くなった金色の髪を持て余すように片手で靡かせた。
「勝算は?」
「勿論です」
英治の問にケイは頷く。
ケイはやっと手に入れた笹に包まれた荷物を召喚場の真ん中に置いた。
上杉英治はポカン、とその笹に包まれた荷物を見詰めている。
「……まさか」
「そう! これを媒体にするのです!」
ケイは金色の髪を靡かせ叫ぶ。
「……前々から思ってたけど、馬鹿なのか! いや、馬鹿なんだろうな! そんな偉そうな顔して、今時こんなトラップに引っ掛かる馬鹿がいるか!」
珍しく上杉英治が上等な木の机をバンバン叩いて笑った。
包みの中身は握り飯と、玉子焼きと、丁寧に箸まで用意した。
「やってみなければ分かりません」
「そうかい、そうかい、やってみれば」
もう、この男は投げやりである。
そんな男を無視して、ケイは片耳の十字架のイヤリングを取った。
彼女の冥界の力。小さなイヤリングは大きく伸びる。
これより魂送師による狩師の召喚が始まる。
呪文もシンプル。
「遠き、遠き、近き、近き、縁よ、血よ、我が契りを受け入れるならば、汝の血統も受け入れよう。我が声が聞こえるならば、我が契りと共に歩むであろう!」
100回目の詠唱に間違いはない。
強い霊力を持った人間を呼ぶのだ。強い血統を持った人間を。
結界に変化が訪れる。
確かに手応えがある。
今までにない力だ。
彼女はその力に耐えて十字架を掲げた。
全てが静まった。
全ての視線が中央に注がれる。
何かが来た。
「……っ、一体、何を呼んだんだ」
上杉英治は素早く中央体の正体を探った。
ケイは初めて召喚が成功した、という事実にしばらく呆然としていた。
舞っていた埃が散る。
「……え?」
どう見ても、ただの学生服の青年だった。
その青年と目線が合う。
言葉で言うならキョトンと言うべきか。
目は点、と言うべきか。
「ここ、どこぉおお!???」
青年の絶叫は工房内に響き渡った。
その瞬間、動いたのは上杉英治の狩師だった。
黒い髪、褪せた橙の袴に刀。
正しく侍、と呼ぶに相応しいその男は誰よりも素早く動いた。
中央の慌てる青年に向かって居合いによる攻撃を放ったのだ。
「ちょ……」
ケイが止める前に、その摩訶不思議な青年は包みのサイドに置かれた箸で一閃を止める。
その二人以外、誰も動けなかった。
これが狩師だ。人間にして人間を超えた力を持つ存在。
「食事に招かれたという訳ではなさそうだ」
「貴様、何者だ」
「うーん、どちらかと言えばこちらの台詞だなぁ」
青年はのんびりした口調で言った。
「そこまで!」
こんな時ばかり、上司の上杉の声が響く。
工房から一転。
ここは上杉英治の執務室だ。
とは言うものの、あるのはテクノロジーを駆使したパソコンと、冥界をイメージした装飾品、そして大量の書類ばかりである。
ケイのやるべきことは終わってしまったので、来客用の椅子と机の上で優雅に紅茶を飲んでいた。
上杉英治はデスクでカタカタと必死そうに何かをしている。
彼女の狩師は相変わらずキョトンとしている。
「お茶でも飲めばいいでしょう」
ケイはその青年に話しかけてみた。
「え……おれ?」
「食事はするのでしょう?」
「……多分?」
青年はいそいそと彼女の正面に座る。そしてちびちびと茶を飲んだ。
「私の名前はケイシー・セグシオン・フォンベルンです」
「けい、ふぉん……」
「日本人からはケイと呼ばれますのでどうぞ、そう呼んで下さい」
「じゃあ、ケイさん」
そんなやり取りをしている間に、英治は必死に何かを調べている。
「検索結果、該当容姿不明、名前、不明、出身地、不明、不明……正しくイレギュラーだ」
「見た目は日本人だろう?」
上杉英治の狩師、強面の侍は言った。
確かに見た目は日本人だ。言語も日本語。
確かにケイの力では彼がどの年代の魂の生まれ変わりかまでは特定出来ない。
前髪は2対8ぐらいの割合で分けられ、美しい髪は漆黒のように黒く。柔らかな表情は大人びている。瞳は深い、真紅。そして黒の普通の学生服。
「記憶は?」
ケイの言葉に青年は両手を広げる。
ここは何処だろう。
そんな単純な疑問。
自分は誰だろう。
名前も分からない。
何故ここにいるのだろう。
理由も分からない。
「多分ないんだろう? ……仕方ねぇ、血統から調べるか」
その英治の言葉にケイは立ち上がる。
「待って下さい! 彼は私の狩師です! やるなら私が……」
「ほぉー出来るんですか?」
「……っ」
英治の挑発的な言葉にケイは黙る。
確かに精度ならば、上杉英治の方が遥かに上だ。
「ちょっと貸せ」
「えっ、何を!?」
上杉は青年の腕を引っ張り制服を捲り刃物で傷を付けた。飲んでいた湯飲みに血が数滴落ちる。
「ちょっと!」
「大丈夫、こんな傷程度で狩師は死なない」
その間ケイは騒いだが青年は恐ろしく静かだった。
まだ事態が飲み込めていないのだろう。
腕から滴る血が湯飲みの中に落ちるのをぼんやり眺めている。
ケイは当然、文句の一つ、二つは言いたかったが黙っていた。
彼女の力ではどうすることも出来ないのだ。
上杉英治は少し嫌そうな顔をして一気に茶を飲んだ。
そこから、まるでショートしたかのように机の上に臥せる。
また起き上がった時には鋭い目付きで頭に片手を当てて何かをしている。
「何をしているの?」
青年は再び言葉を発した。
「お前の血統を調べている」
侍は簡潔に答えた。
英治から人間とは思えない音がする。瞳の鋭さは増していく。
「もういい! お前だけでは無理だ! 英治!」
侍の言葉に英治はショートしたかのように仰向けに倒れ、侍に支えられ目を醒ます。
「だ、大丈夫ですか!?」
青年は慌てたように上杉英治を同時に支える。
しかし、上杉英治はあまり気にしている様子もない。
「名前は獅道愁一。獅子の獅に道で獅道。哀愁の愁に数字の一で愁一。現在、今年から高校三年生になる高校生。分かったのはここまで」
「獅道愁一……」
青年は自分の名前をまるでただの羅列する漢字四字のような発音で言った。
それが名前。
己の名前。
「上杉でもそこまでしか分からないのか?」
「無理っすね。この人の血統にはプロテクトが掛かってます」
「……プロテクト?」
私の疑問に英治は新しいお茶を飲みながら言った。
「鍵みたいなもんです」
「それほど、ヤバいもんだと……」
侍は青年の前に立った。
殺意を向けているようだ。しかし、驚くことに、青年はまるで敵意がなく、穏やかに同じように向き合う。
「驚くことに、俺には記憶がないんだけど。ここがどういう場所で、君たちが一体何者なのか分かると嬉しいな」
その青年の声は優しく、落ち着いた声だった。記憶喪失にしても。突然こんな所に召喚されたのだとしても。
「記憶がない、にしても言葉は理解しているんですか?」
英治の問に青年は頷く。
「それがどうしてかもよく分からないけど」
青年は困った、という姿と表情で言った。
「ここは冥界です。簡単に言えば生死の間。地獄と天国の間」
「冥界……?」
青年は相変わらずキョトンとしている。
「ここにいる時点で狩師としての資格はあるようなものだ。試験なるものをして追々探ればよかろう」
侍は言う。
「試験?」
ケイは不満そうに侍を睨む。
「召喚に成功した者は全員するものです。あー、まぁ、とりあえず、ようこそ、冥界へ」
英治は淡々と言う。
「……冥界……って俺死んだの!?」
その言葉にようやく青年は驚いた。
「検索結果の有効利用でこちらも獅道さんとお呼びしましょう。ここは冥界ですよ」
コホン、と先程の血入りの茶の余韻を取るように英治は新しい紅茶を淹れてゆっくり飲んだ。
「冥界って、死んだ人間が行く世界でしょう?」
「詳しくは死後の世界です。魂を管理する世界です」
キョロキョロしている。青年、改め愁一に向かってケイは言う。
「じゃあ俺は死人なの?」
「正確にはそれさえも分かりません。しかし足利先輩の刀に触れますし俺の体にも触れます。おそらく生命体でしょう」
足利先輩、と言った瞬間、英治はチラリと侍を見た。
ケイは仕方なくポケットから包帯を取り出し愁一の腕に巻く。愁一はそれをぼんやり眺めながら英治に尋ねた。
「生きた人間が冥界に来れるの?」
「幾つかの条件付けで。今回はその条件が合理した、と。……おそらく」
「いいえ。間違いありません。彼は私の狩師なのです!」
「……狩師?」
「説明不足。狩師とは悪霊を狩ることの出来る優れた血統を持つ人間。千年程前の英雄の生まれ変わり。その血を魂送師によって解放出来る。強い力を持った悪霊や怨霊の力を削ることが出来る現代の兵器です」
「……俺がその狩師だって?」
記憶にない。何もかも。現状も。全て。
「おそらく。魂送師。冥界の魂送現世部隊。現世に蔓延る悪霊や怨霊を冥界へのゲートを開き魂送する。狩師への様々なアシスト能力を持つが、直接普通の人間には干渉出来ない。ゆえに狩師には魂送師が。魂送師には狩師が必要なのです。ただ、簡単にはなれませんが。狩師の目覚めには魂送師が必要です」
「その魂送師が私なのです!! そして貴方は私の狩師です!!」
金髪美女は青年に迫るように言う。
「……狩師……」
「本当に記憶が無いのですね。尚更、試験が必要だ」
ケイは我慢ならず、という様子で英治と向き合った。
「試験が必要だと言うのなら受けて立ちましょう!」
「え? ……えぇええ???」
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