輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第四章 夢浮橋

第一夜 孤独な姫と不思議な本屋

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 普通の女子高校生。そう言えば聞こえはいいはずなのに何故か私は毎日、言い知れぬ不安がどこかにあった。


 商店街の看板、なんておじさん達はもてはやすけどそれは女子が私だけしかいないからだ。高校生になって二年が経ったが、何となく経っただけだ。普通のコロッケ屋の女。

 普通の高校。
 このまま人生何もなく過ぎて行くのだろうか。


 何だか息苦しくて、私は教室の窓を思いっきり開けた。すると風が強かったのか桜の花弁と共に凄まじい風に煽られる。

「こらぁああ! 天崎 伊鞠!」

 それが私の名前だった。

 天崎 伊鞠。

 普通の高校に通う二年生。恋愛もしたことがない普通のコロッケ屋の女。嫌いなものは揚物。好きな物はなまもの刺身。趣味は読書。でも教科書は嫌い。

 伸びかけの栗色の髪が風に靡いて邪魔だったので私は窓を閉めた。

「換気です」

 教師の罵倒を無視して席に座る。

 散々、謂れのないこの人より薄い髪色のせいで怒られて来たのだ。多少反抗的にもなる。
 だから少し長いのだ。どんなにダサいセーラー服を規則通りに着こなしても目の前の鳥頭教師は私の髪色にしか目が行かない。


 昼になれば待っているのは、残り物の油もの。エビフライ、メンチ、コロッケ、クリームコロッケ。数個をクラスメイトに分けて私はエビフライのエビだけ取り出してご飯と食べる。
「勿体ねぇ~!」
 いつも揚物を献上している男子が叫んだ。
「あのねぇ! 昨日もこれよ!」
「昨日は厚揚げがあったじゃん」
「あっても無くても変わらないの。デブまっしぐらよ」


 放課後になれば全てが開放される。
 私は伸びをしてさっさと帰宅の準備をした。
「伊鞠ちゃん、今日は一緒にやって行かない?」
 数人の女子に囲まれる。
 彼女達は美術部だ。
「ごめん、今日は本屋寄ってくの。新刊が出る日だから」
「好きねぇ」
 クラスメイト達と別れ私は川沿いの道を歩いた。
「バイバーイ」

 嫌われている訳ではない。
 けれど特定の友達はいない。
 私は帰宅部だ。時々、美術部の手伝いをしたり、吹奏楽部の手伝いをしたり、陸上の手伝いをしたり。
 ようは雑用係をすることでこの高校の地位を保っている。誰かと会話をするのは苦手ではないけれど、集団行動は苦手だ。二人でトイレ、飲み物買いに行こ、勉強しよ? 勝手にやったらいいと思う。

 いつもと同じ。春先だから桜がすごい枯れかけの桜とそうではない桜があるのは種類が違うからだ。
 やっぱり風がそこそこ寒い。

 桜の花弁が綺麗に散っていく。
「文芸部、とかあればいいのに」
 この高校にはない。

 今の高校にはあまりない。
 私は帰り道の商店街とは違うY路地を通って走った。
 その道には珍しい鬱金花が咲き誇っている。小道の一番奥にあるのが私の秘密の花園だ。

 そこには本屋、エトワールがある。フランス語で星の意味なんだとか。だから黄色い桜が咲いているのだ。まるで絵本に出て来そうな美しい本屋。緑の屋根に天文台。私はその茶色く重厚なドアを開いた。

 本屋なのにチリンとベルが鳴る。中も相変わらず超絶素敵だった。壁には一面の本棚に本屋。中央にはテーブルとソファ。正面にはカウンター。

 そう。ここは本屋なのに喫茶店なのだ。

「あれ、マスターがいない」
 入店するといつもひょっこり現れる初老のマスターがいない。

 いつも後退している頭の毛を気にしている目の奥の皺が優しい表情を作る陽気なマスターだ。

 一面のワインレッドのカーペットの上に一歩を踏み入れる。一応、勝手に入っていいと言われてるけど、気になる。奥の薔薇園にいるのかしら。

「マスター!」

 呼んで見たが返事はない。私はぐるりと本棚の壁沿いに一周した。

 そこで見たことがない本を発見する。

「あれ……?」
 背表紙は綺麗なロイヤルブルーと銀。

 タイトルがまた外国語で書いてある。辞書ぐらいの大きさの本だ。
 私は思わずその本を抜き出した。

「すごーい!」

 装丁がとても豪華だ。

 表紙には純銀の悪魔それが鎖によって厳重に封印されている。悪魔には仮面舞踏会のような仮面があって顔は良く分からなかった。けれど何故だろう。

 その素顔が気になって本を上下に振ってみたが音はしない。


「あれ、お客さんがいる」

 その時、声がした。

 その方向に振り向くと、背の高い男の人がカウンターに立っていて何故か急に私の顔は真っ赤になった。
「……っ!」
「ああ、僕は杉本 透。この店の店主の孫なんだ。気にせず、ご覧になって下さい」
「……は、はい」
 私より濃いめの茶髪で優しそうな知的そうなイケメンがカウンターに立っていた。
「あ、その本、見つけてくれました?」
「はい。不思議な本ですね」
「良くわかりましたね。その本、開かないんですよ」
「……え?」
 私は装丁が、という意味だったのだが杉本さんは本を持って金具を開こうとした。
「ほらね。鍵がいるのか祖父は調べにドイツに行ってしまったんだ」

「……ドイツ!?」

「その本のタイトルがドイツ語でメモリアルブック、だったから丁度飛び級を終えた僕と入れ替わるようにね」
「飛び級……?!」
「一応、大学の博士号まで持っているのですが、やっぱり変わった本ですね」
 なるほど。本当に知的なお兄さん、と言った感じだ。
 服装も白シャツにネイビー&アイボリーのカーディガン。モスグリーンのチノパンとシンプルかつ爽やか。
「私は天崎 伊鞠です」
「常連さんかな?」

 私は頷いた。

 翡翠色の瞳が優しく弧を描く。
 身体が熱い。まるで熱を発しているような。光を発しているような。

「危ないっ!」
「え!?」

 私はその時、持っていた本を落としそうになった。その瞬間、お兄さんが私の身体ごと本を掴む。

 しかし時既に遅しと言わんばかりに鎖が解けて本がゆっくり開いた。

 凄まじい風が店内に吹き荒れる。

 まるで何かの力のようだ。

「みーつけた」

 どこからか声がする。とても甘いバリトン。そして風が止んだ。

「うむ、実に良い店舗だ。しかし埃っぽいのは頂けない」

 そこにいるのは裏表紙の悪魔。仮面の背の高い男。

「本屋なんてどこも埃っぽいものか」

 なんて素敵な声だろう。とても艶のある良く響くバリトン。それに見合うブラックスーツには月のネクタイピンが銀色に輝いていた。

 そんな光景に私とお兄さんは固まる。

「時にそこの者」

 悪魔が言う。

「一人は我の家主。一人は我々を開いた主で間違いないかね?」

 私とお兄さんは全力で首を振った。

 違います。

 こんなどう見ても人外な人々に関わりたくないだけです。

「結構、結構、記録を開始する。少女、名は」

 悪魔が私に近付く。何故だろう。

 何故か悪魔だと分かるのは。漆黒の黒髪はオールバックにされ、瞳は金色。そのブラックスーツの隙のない姿と仮面が問題だ。

 私は頑なに口を閉ざした。

 悪魔何かに名乗ったら私は魂ごと食べられてしまう。どこかでそういう本を読んだ。

「名を聞くならまずそちらから名乗るべきではないでしょうか?」
「なるほど、なるほど。お前が賢い」

 悪魔は私達を不思議そうに見つめた。

「私はこの本、イデア辞書の守護神悪魔ダンダリオン」
「プラトン哲学ですね?」
 不思議な名前だったが杉本さんには名前の意味が分かるようだ。
「ああ。我々はその本を守る悪魔だ。決して邪心ある悪魔ではない」

 悪魔らしき男が言う。

 私はそれよりカウンターの上にあるクッキーに視線が向いた。杉本さんはニッコリ微笑んで私を含めた一人と悪魔? をカウンターに座らせる。
 皮肉にも手足の長い悪魔には少し窮屈そうだ。

「天崎さんのために簡単に説明しましょう」

 杉本さんはコーヒーとクッキーをカウンターに用意して本日のオススメが書かれたボードを消して黒板変わりに使った。

「つまりイデアはプラトン哲学の一つです」

 チョークをどこからか取り出して黒板に書き始める。

「イデアという言葉は「見る」という意味の動詞「idein」に由来していて、元々は「見られるもの」のこと、つまり物の「姿」や「形」を意味しています」

 なんというか、この人は何かのスイッチに入っている。説明を邪魔するとすごく怒られそうだ。

 私はそっとバケットのクッキーをさくさく食べた。ダンダリオンは大量に口に入れてモグモグしている。

 物を食べられるのね。

「プラトンはイデアという言葉で、われわれの肉眼に見える形ではなく言ってみれば「心の目」「魂の目」によって洞察される純粋な形。つまり「ものごとの真の姿」や「ものごとの原型」に言及しようとしたのです。プラトンのいうイデアは幾何学的な図形の完全な姿がモデルともとれますね」

「素晴らしいぞ青年」

 もはやまともに聞いているのは悪魔ぐらいだ。

「そして真の認識とは「想起」(アナムネーシス)にほかならない、と。つまり、この言葉達は目に見えない意識や魂を言葉の領域によって具現化しようとしたものです」

 悪魔は拍手喝采をした。まるで大学の講義みたい。

「これは単なる本の一部引用に過ぎません。向こうで哲学を専攻していたので多少は」 
「青年の言葉は何一つ間違いではない。しかし実際の真実は実にシンプルだ」

「と、言うと?」

「この本のタイトルは?」

 悪魔は私に聞いた。
 仕方なく私もクッキーを食べながら答えた。

「えっと、ドイツ語でメモリアルブック?」
「その通り。これは記録された辞書ではなく記録する辞書なのだよ。至ってシンプルだ」

「記録する辞書……とても興味深いですね」

 何だか私には関係無さそうな話だ。そう思って私はぽーっとしていた。

「時にそこの少女」
「……はい?」

 と、思っていたんだけど、どうやら違うようだ。

「君がこの本を開いたのかね?」


 そう言って悪魔はポウッと片手で本を浮かせた。
 凄い。そういうことされると本当に悪魔みたい。

「開いたというか落ちたというか」
「やはりそうか。この本の持ち主は君だ」


「えぇええ!? なんで!」


「この辞書は辞書にして辞書にあらず。一つ欠陥があるのだよ」
「その欠陥とは?」

 杉本さんはまた興味津々と言った様子で聞いた。
 その翡翠色の瞳に答えるようにダンダリオンは立ち上がる。

「このメモリアルブックシリーズには決定的な欠点がある! それはある言葉と意味の欠陥だ」
「言葉?」
「意味?」

 私達の言葉は綺麗に重なった。


「それは『愛』だ。love。恋。恋愛。それらに関する言葉の意味がこの辞書は尽く欠落している」


「えっと? 今のをそのまま記録したら?」
「そうではないと思います。天崎さん。失礼ですが貴女は恋愛したことありますか?」

 その問に私は首を振った。

「つまり、この本も同じということです」
「実に君は賢い。その通り。この辞書が記録するのは単純な言葉ではなくその言葉の心意だ。先程君が言った心の目。つまり、その言葉で表される感情、心を記録する辞書なのだ。だからイデア辞書という」
「……」
「ちんぷんかんぷん、って顔してるね。イデアって表現が難しい言葉だからね。つまり実際に恋をした時の動悸とか、感情とか、そういうのを記録したい、ってことじゃない?」

 杉本さんは私に紅茶のおかわりを注いで言った。

「その通り。しかし私はこれはすぐに解決しそうだと思っているよ」
「……え?」

 杉本さんは驚いた顔をしている。

「そうなの?」
「簡単な話さ!」

 ダンダリオンは得意気に一歩下がって私達を指差し た。

「君達が恋愛する所を記録すればいいのさ!」

 まるで効果音が付きそうな勢いで。

「えぇえええええ!?」
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