輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第四章 夢浮橋

第七夜 愛すべき、無垢で無知な読者家

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 同時刻。二人がいなくなると、店内は急に静かになった。休憩に入り、ダンダリオンに賄いを出してカウンターから伺う。
「これは、知っているぞ。ナポレオンもナポリも関係ないナポリタン。辞書にもそうあるからな。是非食して見たかった」
「どうぞ、どうぞ」
 普通のナポリタンに瞳を輝かせる姿は本当に人間らしく、丁寧に仮面と手袋を外す所作は流石公爵と言った所か。ただのナポリタンが高級料理に見えるのだから、僕は勝手に悪魔ならばダンダリオンもこのように綺麗に人間を食べるのだろうか、と想像してしまう。
 魔力がどうのと非日常的会話がすんなり受け入れられるのも彼らの神秘性が親和的であるからだろう。察するにダンダリオンの外見的年齢は26~28歳。実際は千年以上は軽く越えているだろう。
 思うに、彼はわざと僕と二人きりになったのだろう。と、言うよりも僕に何か用があるのだろう。でなければあの危うい二人を二人だけで最も危険な場所に送る訳がない。最後のエスプレッソをカウンター前に出しながら僕は聞いた。
「もしかして、ダンダリオンさんは僕に何かご用ですか?」
「いかにも。流石博士」
「博士、と呼ばれても困るのですが……」
「ふむ、少しお前にとって不愉快な話になるかもしれんが……構わないか?」
「不愉快な程度に寄りますが、僕も貴方に用があるので、良いでしょう」
「そうだな。まず、お前は一体、メモリアルブックを三冊集めて何をする気だったのだ? 確かに、本を開いたのは伊鞠だ。しかし、この地に本を集めたのはお前だ」 
 そう。ドイツにいた頃に見つけた三冊の辞書。三冊の魔法の辞書があるという噂。それを聞いて、集めたのは僕だ。
「ご名答。別に隠すつもりもないのですが、強いて言うなら三冊とも燃やす為です。その前に天崎さんに開かれてしまいました」
「何故だ」
「何故? 僕より優れた知識を抹消するため、ですかね?」
  僕は冗談しかめて言った。
「僕の本性はあなた方が思っているより悪性ですよ」
「そうであろうとも。ただ、実際は半分正解だな。つまり、半分不正解だ」
 しかし、ダンダリオンには見破られてしまう。そういえば、彼はある程度は人の思考を読み取れると言っていた。
「その通り。本当であれば危険だと判断しました。辞書のビジュアル化。素晴らしい歴史の凍結。けれど、僕はどうしてもそのブラックボックスを乱用されると厄介な事になるだろうと懸念しました。財ある者。権力の為に知識を得る者がその辞書を持つのは危険だと」
「その通りだ。だから我輩がいる訳だ。我輩が千年眠っていたというのは半分正解だ。我輩は本の正しき持ち主を餞別していたのだ。お前たちは選ばれた」
「選ばれた。何故。何を基準に? 」
「簡単な話だ。愛すべき、無垢で無知な読者家であるかないか。つまり辞書とは無知な人間にこそ与えられるモノだしな」
「そうなると。僕は……」
「そもそも、お前たちの場合は立場が逆だ。存分にあのアホ天使にメモリアルしてもらえ」
「そういえばそうでした」
 そんなことを言えば彼女に怒られるだろうけど。
 そして僕は僕の言うべき用件を思い出した。
「所で、貴方は天崎さんを悪魔にでもする気ですか?」
「良く気が付いた。我輩は伊鞠を眷属にしようと思う」
「……眷属?」
 流石にそれは驚いた。眷属と言えば、ツガイというか、養子というか、とにかくそういう存在だ。
「それが最も最短であると気が付いた。我輩が伊鞠に恋し、成就すれば我輩は開放される」
「本気ですか!」
「本気も本気」
 ダンダリオンの目は確かに本気のようだった。あの桃が好きな天崎さんが桃のパウンドケーキが食べられなかったのだ。桃には昔から魔除けに使われることもある果実だ。まさかとは思ったが。
「本気で天崎さんを?」
「気が付いたのは最近だが、愛すべき存在だ。これはこの世界では片想い、というのであろう」
「ええ。しかし、驚きました。悪魔が、人間に……貴方からしてみれば小娘でしょう」
「そうだろうな。だが、もう仕方のないレベルまで来ている。伊鞠が頷きさえすれば我輩は開放されるであろう」
 悪魔が人間に恋をするだなんて、そんなことが有り得るのだろうか。
「しかも、貴方、最初僕と天崎さんをくっ付けようとしてましたね」
「それに関しては面目ないと思っている。本当だ!」
「上手く行くとは思えませんが……」
「お前に頼みがある。つまり、我輩が伊鞠を想う事を認めて欲しいのだ。本ならその後で好きにするといい」
「良いでしょう。一つ条件があります。天崎さんに決して無理矢理事をしないこと」
「無論だとも」
 想うだけならば、好きにするといい。僕はそう思った。悪魔、ダンダリオンは良心的な悪魔だ。天崎伊鞠は賢く、勘もいい。わざわざ僕が小姑にならずとも、己で答えを導くだろう。
「さて、我輩の用件は終わった。行こうか」
「え? どこへ?」
「博士にしては察しの悪い。姫の元に決まっているだろう!」
「ちょっと待って、僕はどうしてもあの高校には行けません!」
「何故だ!」
「僕はあの高校が嫌いだからです。ええ。学校なんて、僕は……」
「待て、ペンネを思えばそのトラウマを打ち砕けないのか?」
「そう出来れば良いのでしょう。けれど僕は……、僕は……博士などではない。ただの臆病者です」
 ダンッとカウンターを叩く。

 学校なんて、僕はどうすれば良いのだ。ただ、正しくテストを受けただけだったのに。ただ、正しく教科書を理解しただけだった。その教師の思惑まで理解して、模範解答を答え続けた。
  三年間、僕はテストで満点を取り続けた。どんなテストでも。中間、期末、模試だろうが関係ない。

 それなのに、僕はそう、結局カンニングを疑われた。

 結果、僕はIQテストとやらを受けさせられて測定不能の数値を叩き出し、高校を追い出された。

 何人かが止めてくれた。僕は僕でこのルーティンを気に入っていた。例え友達と呼べる存在がいなくても、生きていけた。それが突然、大人の手でバッサリ切り捨てられたのだ。今まであった当然のモノが、突然消えて無くなるのは辛い。それが結果、正しかったのだとしても。
「流れてくる。お前の思考が。辛かろう。しかし、このまま逃げ続けるのか? それも辛かろう」
「……どうして……、ダンダリオンには分かるのですか。僕の気持ちが」
 思考だけではない。心の底が。この悪魔には見えるのか。
「悪魔だからな。人間を誘惑、魅了するのは基本である」
「……なるほど」
 僕はエプロンを脱ぎ捨て、店の戸締まりをした。妙に人が少ないと思ったら、どうやら結界が張ってあったのだ。流石悪魔。

 その時、頭に妙なノイズが走る。

 何故だろう。頭痛と似た、頭痛とは違う何かだ。

「どうした?」
「いえ、大丈夫です」


 人間に担がれて、空を飛ぶというのは初めての経験だった。
「た、高い、高い、高い!」
「正面から侵入しなければいい。おらく高校内も結界だらけだぞ。グレゴリが覚醒していれば」
「知性の堕天使、グレゴリと来ましたか」
「流石博士」
「だから、博士は……」
「着いたぞ」
 高校を前にダンダリオンは華麗に着地した。そして、校門を前にコンコン、とノックする。透明なガラスのような板が高校の敷地を覆っていた。ガラスドームのように高校がすっぽり結界とやらに収まっているイメージだ。
「この通りだ」
「高校全体を覆う結界ですね。解けますか?」
「どうやら、多少のトラップ式のようだ。力づくでは無理だろう」
 ダンダリオンは手持ちに宝石が付いたステッキで何度かコンコン、と結界を叩いた。
「トラップ……」
 僕は少し離れて高校全体を見渡した。遠目からだと普段と変わらない高校だ。ただ、生徒も教師もいないが。良く監察すると植木鉢の下に何やら赤い蚯蚓脹れのような回路が高校全体を覆うように走っていた。手で触ろうとするとダンダリオンに止められる。
「危険だぞ。結界だ」
「どうにかして解けませんか?」
「我輩の力づくでは難しい。これはトラップだ。綻びさえ見つければ解くことも出来よう」
「トラップ……」
「ほら、この回路は全て数字で出来ている。暗号のようなものだろう」
「なるほど」
 僕はその回路の数値を一通りメモした。何てことない。
「これは円周率だ」
「円周率……?」

 3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288……

 という数字が永遠と続いている。円周率で出来た結界だ。しかし、綻びというならば一つだけある。メモをすれば簡単だ。上記僕の記憶が正しい数列で下記に記した数列がこの高校に張られた結界だ。

 3.14159 26535 89793 23846 26435 89793 23846 26433 83279 50288……

「どこからかずれているんです。分かりますか?」
「むむ、……むむむ……」
 ダンダリオンは目を細めて数列を見た。
「ここです」
 僕はある数字に丸を付ける。

 26433 83279
 26435 89793

 そのメモをダンダリオンに見せた。
「分かったぞ! この3と5だな!」
「正解です」
 そしてその数字をダンダリオンはステッキの先で潰した。
 3という数字は向こうの皮肉だろうか。僕は足を踏み入れる。逃げ続けた人間が無数に存在する箱の中に。情けない。足が震えた。ペンネのため。純粋に僕を慕ってくれる天崎さんのため。

 そして、何よりも自分の為に。

 僕は走って、追撃される寸前のペンネを横からかっさらうように飛び付いた。お陰で何かの攻撃が外れる。壁を見れば羽ペンが壁に無数に刺さっていた。
「……透?」
「遅くなって、ごめん」
 どうやら、僕の体にも少し刺さっているようだ。

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