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第十章 Strawberry Moon
第三限目 生き残りの美学
しおりを挟むしかし、少し面倒になった、という事実は変わらない。
一人だけ消えた泉頼。彼女は何かしらのキーパーソンだ。
そういえば、以前愁一も、英治も義輝も突発的に女性と出会うのは大変だ、と皆口を揃えて言った。
確かに、その通りだ。桂一のベッドに座る彼女はどこか明後日の方向に姿勢を向ける。
そして桂一は彼女にコーヒーのお代わりを渡した。
「何処まで話しましたっけ?」
「鳩里先生が普通の先生じゃなくて、一ノ宮先生も普通の人間じゃないっていう話です」
紅茶だと血を思い出して嫌だろう、とこっちで判断して飲み物を渡す。
「ええ。まあ、簡単に言えば死期の魂を管理するような仕事ですね。そこで、どうしてもあの時死んだ筈の泉頼さんが見つからないのです」
「え……? じゃあ、妹は……生きて……」
「私はその可能性は低いと思いますが」
「……」
そんな時、鏡一狼から通信が入る。
『藤堂高校に敵が侵入したようです』
「……敵?」
『詳しくはこちらで解析出来ません。迎撃出来ますか?』
「それはもちろん」
その言葉に類は驚く。
「こんな時間に!?」
「まぁ、見ていて下さい。我々が如何なる存在か」
夜の藤堂高校はそれなりに不気味だ。
基本、木造の校舎。川に、寮。
鏡一狼に指定された一階の廊下で二人は待っていた。
「ふむ。どうも妙だ」
弓を肩に、月臣は首を傾げる。
「ええ、まあ。そうなんですが」
「……ならば、何故我々はこんなところに!」
「いえ、向こうに何か策があるなら待って見るのも一興かと」
「その性格、どーにかしろぉー!!」
しかし、廊下は暗い。どうも妙だ、そう思った時だった。
廊下の再奥に気配を感じる。
「あれは……」
桂一は眼鏡の位置を慎重に直す。
「……愁一?」
微かな月明かりに微笑むのは愁一だった。
肩の刀を抜くと、漆黒の刃が僅かに光る。その殺気に二人は動きを止める。
「来ます!」
「……っ、何故!!」
あの刀が抜かれれば次に来るは一瞬の居合い。
桂一は素早く風で強化した矢を横から放つ。
縦の線には横の点で足を止めるしかない。しかし、愁一はもう一本の打刀で巧みにその点を弾いた。速度は落ちず、月臣は一瞬の判断で弓を盾にした。
その威力に木造の廊下が沈む。
「……チッ」
「ただの木製だと思っただろう? これは漆塗りの弓胎弓だ」
それでもギリギリだ。
「どうしたんだ、愁一?」
月臣は刀を押さえ、やっと愁一に尋ねる。気でも狂ったか。
「どうした、も何も。何処からか風の噂で鳩里先生が大量殺人鬼の殺人鬼だとお伺いしまして。でしたら俺も殺さないと可笑しいじゃないですか?」
愁一の言葉は淡々としていた。
その言葉に桂一は無表情で返す。
「それはそうですね」
「……おい!!」
「月臣、情は捨てなさい。援護、お願いします」
その言葉に月臣は呆れた表情で言った。
「……ったく、生徒の指導にしても冗談にもならないぞ」
そのまま月臣は弓を構え、桂一の矢を勝手に借りて放った。
愁一は瞬時に一歩下がる。
月臣が一度矢を放てば見えない二度目が潜んでいる。それは長刀で弾かなければならない。そうすれば少しは愁一の行動を制限出来るだろう。
しかし、場所は廊下。
「運が悪いですね。彼の攻撃は斬。刀は縦横の間合いが勝負となります。この間合いならば彼は多く経験しているでしょう」
「我々の攻撃は基本中間。向こうも中間だが近距離が骨頂、となると簡単には懐に入れる訳には行かないな」
月臣の弓は光の矢であれ、桂一の矢であれある程度の方向、速度はコントロール出来る。
上から大きく引き下ろし右手が右肩辺り、弦が耳の後ろに来るまで大きく引く。
そのまま放つ矢を愁一はフェイントすら見極めて弾いた。しかし彼は数歩下がりこちらの間合いは取れた。
なお、弓本体の右側に矢をつがえて放つと言う構造上そのまま矢を放てば矢は弓本体に阻まれ、狙いは右に逸れてしまう。
このため発射時に左手の中で弓を反時計回りに素早く回転させることでそれを防ぐ。
これを「弓返り」(ゆがえり)と言う。また弓返りを行うことで弦が矢に接触している時間が長くなり、矢はより加速される。桂一の実矢の方がこの速度を最大限活かせる。
桂一は素早く月臣の矢をストックした。
「おや、これではこちらが援護ですね」
一閃。
月臣の頬を打刀が掠め、血がピッと飛んだ。大した傷ではない。
長刀の居合いを軸に、打刀で矢が弾かれた。月臣は思わず舌打ちする。隠し玉の連射が見抜かれた。愁一は刀の鞘でその矢を弾いていた。
「次、来るぞ!!」
「おまかせを」
同じ攻撃かと思ったが、次は居合いではなく突きの構えだ。
「……っったく、君。いつもの矢が三段連射になってたね。俺じゃなかったら死んでるよ」
「普通は死んでるんだが。まさか、一本を鞘で返すとは」
「刀の鞘は防御にも攻撃にも使えるんだよ」
愁一の殺気に迷いはない。
突きかと思えば居合いの攻撃で、予想外の攻撃に月臣は怯んだ。
「……っ」
「はい、おまかせあれ!」
しかし、物凄い風圧に愁一は懐に入れず下がる他ない。対象ではない廊下まで風で軋む。
その風の渦の中央を突破するように矢が来る。これは月臣の光の矢だ。
愁一は一瞬で血統を解放し、風も矢も、一気に消した。
一瞬の白き閃光の後、月臣の首の真横に長刀が真っ直ぐ光る。抑えた弓が軋む。
愁一の背後を狙った桂一の腕は刀の鞘で抑えられ、両者は硬直する。
その一瞬で、月臣の頬傷の血が廊下に落ちた。
「いやはや。まさか風化さえする私の風をも斬るとは」
「一度、見たことあるよ。一点、俺に絞って来たら分からなかったね。体術じゃ俺は殺せない」
「そのようで。では、面倒なので。こうしましょう」
桂一は全ての力、血統を解放する。
頭上に広がるのは数億の風に渦巻く矢だ。
「おいおい、少しゴリ押し過ぎやしないか?」
「さあ。貴方の光の矢も加われば首ぐらい取れるでしょう」
「上等。わざわざ悪手に出るとは」
愁一は長刀を縦に構える。
天井に向けて白き閃光を放った。
そして飛び交う無限の矢。
一気に長刀で凪ぎ払い、二人に向け打刀を投擲する。
その刀は風に弾かれ廊下の木に刺さった。
愁一は一気にその打刀の柄を足場に下方から突きを放つ。
その突きは一瞬で桂一の間合いを征しする。キンッと眼鏡を砕き、刀はそのまま廊下に刺さった。
足場にしていたはずの打刀が月臣の真横を掠める。
『待て、待て、待てー!! これ以上やったら校舎が壊れるだろうが!!』
その声に校内は一気に明るくなった。
二人はそんな光景に同時に息を吐く。
「やはりそうでしたか」
「高校でドンパチなど……とは思ったが」
その二人の様子に愁一はショックそうに叫んだ。
「えー!! バレてたの? 俺、結構頑張ったのに」
「まぁ、喋るまでは」
「そうですか? 私は結構気が付かなかったですけど」
「……つまり、本気で俺を殺す気だったね?」
愁一の言葉に桂一は頬笑む。
「ええ。それが望みならば」
簡単に言うと、愁一は実地訓練、実戦訓練がしたかったのだ。
しかも極限状態で、と義輝に言えばもちろん拒絶された。
しかし、分からない話ではないと鏡一狼に相談することになった。
彼はほとほと呆れた様子だったが、こうして虚像の校舎を舞台装置として作ってくれた。
じゃあ、死なない程度に1対2でどうだろう?
と。高校ならば絶対に月臣と桂一がいる。
「実戦訓練がしたかったぁ?」
「なるほど。そういう訳でしたか」
「ほら……ただの斬り合いだと体が鈍るから……ああいう、必死の時の応用、感覚を研ぎ澄ませたくて」
「気持ちは分からなくもないですが、また無茶をしますね」
「全くだ! 一瞬、本気で殺ろうか迷ったではないか!」
「ぶー。あれで本気じゃなかったの?」
「一応、死なない『君が』程度に」
「本気だったが。少しはな」
愁一の文句に二人は口を揃えて言った。
……何、アレ人間じゃない。
いや、人間ではないのか。
確かに桂一はそう言っていた、と教室の中に隠れていた類は思った。
説明するより、直接見た方が早い、と。
「……それで」
その声に類はピクン、と震える。
「君、俺に頼みがあるんだって?」
類は勢い良く飛び出した。
「……はい! 私の……妹。頼を探して欲しいんです」
「……より?」愁一は首を傾げる。
「どうやらこの一件。複雑そうでして」
桂一は頬笑む。
どちらかが死んだという双子の姉妹。
しかし、桂一は己を『類』だと名乗る少女しか知らない。
どちらかの魂が何処に消えたのか。
「これは……もう少し調査する必要がありそうですね」
消えた魂が刀飾と繋がっていたらそれはそれで厄介だ。
「……まあ、もう既に厄介です。我々だけでは調査は不可能。他の魂送部隊に協力を要請するしかありません」
「そんな……大事に……」
「泉 類さん。貴方はこの事件のキーパーソンなのですよ」
桂一はスペアの眼鏡を取り出し、窓の外の月明かりにかざす。目が月明かりに反射した。
Next night is waiting.
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