貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

文字の大きさ
14 / 27

ロクサーナの勧誘

しおりを挟む
 オレとチェインの悶着に、警吏隊のみならず、都市の人々まで集まってきていた。


 そんななか、
「いやーっ。失敬、失敬。うちの若いヤツが失礼したみたいだなァ」
 と、ロクサーナがかき分けてやって来た。


 警吏隊は、ロクサーナに頭を下げていた。その態度がもうあからさまだ。どうせ裏で金でも受け取っているんだろう。


「うちの若いヤツが失礼したね。アグバくん」
 そう言って、ロクサーナが歩み寄ってきた。


 なにを企んでいるのかわからない。オレは緊張をおぼえた。ロクサーナの目は、獣の目だ。こうして相対していると、肉食動物の餌になったような心地になる。ここで臆してはダメだと、己を鼓舞した。


「煽り運転を認めるんですか?」


「認めるよ」


「え?」


 その拍子抜けた声を漏らしたのはオレだけじゃなかった。
 まわりの警吏隊に、チェインまでも同じ声を漏らしていた。


「私も偶然見ていたんだよ。今回はうちが悪かった。おわびと言ってはなんだが、チェインのことはクビにしよう」


 君は今日からクビだ――とロクサーナは、チェインにそう言った。


「そ、そんな……。あんまりですよ。だってゴドルフィン組合のこと潰せって言ったのは、ロクサーナさまじゃありませんか」
 と、チェインは反論していた。


「やれやれ。シギィ。なにをボヤボヤしてんだい。その若造をしょっ引いて行きな」


 はッ……と、シギィはゼンマイを巻かれた人形のように、急に動きはじめた。


 あんまりですよ、ロクサーナさま――と嘆くチェインはシギィたち警吏隊によって連れて行かれることになった。


 チェインが連れていた白銀のドラゴンは、どうすれば良いのかわからないようで、しばらく戸惑っていた。
 連れて行かれるチェインの後を付いて行った。途方にくれたような白銀のドラゴンを見ていると、なんだか悲しくなった。
 チェインには悪意があったかもしれないが、ドラゴンに悪気はなかったのだ。


 その場にはオレとクロとレッカさん。そしてロクサーナが残されることになった。チェインが連れて行かれたことによって、野次馬たちも解散して行った。


「どういう風の吹き回しですか?」


 今のヤリトリでハッキリしたことがある。


 チェインは独断で煽り運転をしていたわけじゃない。ロクサーナの指示に従っていただけなのだ。だと言うのに、ロクサーナはあっさりとチェインのことを切り捨てた。ロクサーナという人間の冷酷さをかいま見た気がした。


「いやー。私としたことが見誤っていたよ。アグバくん」
 と、ロクサーナは、オレの肩に手をかけてきた。


「見誤っていた、とは?」


「君とクロのことだ。クロだったよな。君のドラゴン」


「ええ」


 名前を教えたつもりはない。クロの名前ぐらいは、ロクサーナの耳に入っていたとしても不思議ではない。この都市でいま、オレたちはもっとも注目を浴びていると言っても過言ではない。


「まさかこんなに立派なドラゴンだったとはね」


「なにが言いたいんですか?」


「以前、この私に頼んできたことがあっただろう? ロクサーナ組合で仕事をさせてもらいたい――ってさ。だからうちで雇っても良いかなと思ってね」


「今さらですか?」


「まさかこんなに立派なドラゴンだなんて思わなかったからね。それに君は乗り手として、非常に優秀だそうじゃないか」


 やめてよッ――と、まるでオレをかばうかのように割って入ったのはレッカさんだった。


「アグバはゴドルフィン組合で働いてもらってるのよ。勝手に引き抜かないでちょうだい」


「小娘は黙ってな。私はアグバと話してるんだ」


 女ふたりがにらみ合っていた。


 オレからはレッカさんの背中が見えており、その表情をうかがうことは出来なかった。一方でロクサーナの顔貌はハッキリと見て取れる。余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。


 女ふたりのにらみ合いに割って入るのは非常に勇気がいった。オレはやんわりとレッカさんの肩に手を置いた。


「オレはゴドルフィン組合を抜けたりはしません。オレがロクサーナ組合に鞍替えすると思ったんですか?」
 と、ロクサーナとレッカさんのふたりに向けて言った。


 レッカさんはそれでもなお、オレとロクサーナのあいだから動こうとはしなかった。


「うちに来れば高額の給料を支払うよ。ゴドルフィン組合じゃ払えないような額をね」


 オレが結果を出しはじめたから、勧誘をかけてきたのだろう。結果しか見れないような人間はしょせん凡庸だ。凡庸なうえにあさましい。そう思った。


 バサックさんやレッカさんはどうだ? オレがホントウに弱りきっているときに助けてくれたではないか。
 弱りきっているときに手を差し伸べてくれなかった相手に、なにゆえ協力しないといけないのか。


「いくら積まれても、オレはゴドルフィン組合から動くつもりはありませんよ」


「私はロクサーナ・フォン・ステラだ。ゴドルフィン組合と頭を張っているバサックとは違って、伯爵令嬢なんだよ」


「すると組合の代表は御父上ですか」


「そんなことは関係ないよ。私は伯爵令嬢で貴族のあいだにも、それなりに顔が利くんだよ。私のことを嫁にもらいたいと言う貴族もいてね」


 こんな凶暴そうな女性を嫁にもらいたいと言う貴族は、いったいどんな物好きなんだろうか。たしかに顔立ちだけなら、整っていると言えなくもない。トラだけに、ネコをかぶるのは得意なのかもしれない。


 急に貴族の威光をちらつかせはじめた理由が、いっこうに読めない。


「それがなんですか?」


「もちろん国王陛下にも顔が利く」


「自慢ですか?」


「私なら、君の竜騎手免許をとり返せるということだよ」


「……ッ」


「すこしは揺らいだかな? もしうちに来れば、君を竜騎手としても復帰させてやるよ。この時代の最速を誇るジオとリベンジマッチをしたんじゃないのかい?」


「それは……」
 迷いが、生じた。


「もしゴドルフィン組合を捨てて、うちに来る気になったら、いつでもウェルカムだよ。待っているからね」


 これがうちの番地だよ――とロクサーナは、住所の書かれたパピルス紙をオレに渡してきた。
 オレはそれを、受け取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...