貧相なドラゴンだとバカにされたが、実は最速でした。いまさら雇いたいと言われても、もう遅い。

新人賞落選置き場にすることにしました

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 レッカさんに支えられながら、オレは宿に戻ることになった。


 マーゲライトはまだ食べたいとのことだったので、先にオレたちだけ戻ることにした。まだ食べたいというのは口実で、オレとレッカさんを2人きりにする腹積もりなのだとわかった。すでにあたりは暗くなっており、人どおりは少なかった。


 まったく人どおりがないこともない。カンテラを持った警吏隊が、夜を照らすために出歩いていた。


「勝てないってわかってたくせに無茶するんだから」


「今日は飲める気がしたんですよ」


「私は酒場で働いてたことがあるのよ。忘れたわけじゃないでしょう」


「きっとレッカさんに泣かされて来た男は、たくさんいるんでしょうね」


「あれぐらい?」
 と、レッカさんは空を指差した。


 見上げると星が燦然とかがやいていた。


「冗談に聞こえませんよ」
 ふふっ、と笑うとレッカさんは言葉をつづけた。


「アグバはこっちに来るとき海を渡って来たんでしょう?」


「ええ」


「3日かけたって言ってたわね」


「ええ」


「船で来ようとは思わなかったの?」


「ホントウは船で来たかったんですけどね。オレの故郷から、こっちの大陸まで出てる船なんてなかったんですよ。あったとしても、ドラゴンを乗せてくれる船なんて見つかりませんよ」


「3日間ぶっ通しで飛んできたんでしょ?」


「ホントウは1日で来れる予定だったんですよ。嵐のせいで3日かかったんです。おかげで休む間もなくレースですよ」


「そのあいだ眠らなかったの?」


「嵐のなかで眠れるほど、オレの神経は図太くないんです」


 どうしてそんなことが気になるんですか――と、オレのほうから尋ね返した。


 こっちに来てそんなに日は経ってないって言うのに、なんだかずっと昔のことのように思えた。


「それを聞いたときに、この人は獣だ、って思ったのよ。ふつうは3日間も嵐のなかを飛んで来れないわよ」


「手がかじかんで、全身が氷みたいになって、もう死ぬかもしれないと思いましたね。あんな思いは二度とゴメンです。でもレースがかかってるんですから、嵐だからって引き返すわけにもいかないでしょう」


「そう? 私だったら諦めて引き返すけど」


「そう言われると、そのほうが賢明だったのかもしれませんね」


「今でも、竜騎手に戻ること、諦めてないんでしょ?」


「諦めちゃいません。オレはいつか、ジオをギャフンと言わせるんです」


「どんな苦難が立ちはだかろうとも、レースに出ようとするその精神は、臆病な人には宿らないものよ。だからクロはアグバを信頼してるんでしょうし。私がアグバのことを獣だって言った理由よ」


 そうか。
 そんなところにレッカさんは着目してくれてたのか。


 レースに出たいという気持ちは、あたりまえのようにオレのなかにあるものだった。そんなところを評価されるとは思いもしなかった。


 レッカさんはふつうの人とは違う。みんな結果しか見ようとしない。クロのことをみすぼらしいドラゴンだと言ったり、マーゲライトのような天才をハズレクジと言ったり、世界はまるでなんにも見えちゃいない。


 そう言えば、はじめにオレのことをゴドルフィン組合に紹介してくれたのもレッカさんだった。


 オレはレッカさんの瞳を盗み見た。
 この紅色の瞳は、いったいどんな世界が見えてるんだろうか……。


「あ、あれ? そう言えば、オレが勝たないと、獣だって言った理由は教えてくれないって言ってませんでした?」


「でも知りたかったんでしょ」


「ええ」


 レッカさんがオレのほうを向いた。
 オレはレッカさんの瞳に魅入られていたために、お互いに顔を突き合わせるようなカッコウになった。


 レッカさんのソバカスのところが、わずかに赤らんでいた。目をそむける機を逸して、お互いに黙して見つめあった。


「顔、近いですね」
 と、オレはそう口に出してみたのだが、自分でもビックリするぐらいに声が上ずっていて、よけいに気まずくなってしまった。


「こういう展開を狙って、私のことを今回のお出かけに誘ったんでしょう」


「マーゲライトがしゃべったんですか?」


「しゃべってないわ。ただのカマカケ」


「引っかけたんですか? さすがは元酒場の看板娘ですね」


「でしょ」
 そこまでバレているのなら、オレのほうもやりやすい。
 あるいはオレの口を軽くするために、わざとカマをかけてくれたのかもしれない。高級なワインによって与えられた酩酊が、オレの気持ちを大きくしてくれていた。


 コホンと、オレは咳払いをしてから口を開いた。


「まだ出会ってそんなに経ってないんで、変に思われるかもしれませんがね。なんと言いますか、オレと付き合ってはくれませんかね」


「ごめんなさい」
 と、レッカさんは謝った。


「あ。やっぱりダメですか」


 オレが気落ちする前に、レッカさんはあわてたように口を開いた。


「あ、いや、そうじゃなくてね。私、アグバにすこし意地悪しちゃったから、そのことを謝ろうと思って」


「意地悪って?」


「アグバが私のことをどう思っているのか調べたくって、私、わざとベベやポポンカとか、ほかの男の人と話したりしていたの」


「わざとだったんですか!」


 つい大きな声が出てしまった。オレの声が夜道にひびきわたった。カンテラを持った警吏隊が疑わしげにオレとレッカさんのほうを向いた。
 何か察したかのように、あわててその場を離れていた。


「私のことをどう思っているのか気になって、つい――」


「それで調査の結果はどうだったんですか」


「脈無しかも――って」


「どうしてそう思ったんです」


 レッカさんにしては珍しい読み違いだ。オレみたいな恋愛にオクテな男心なんて、レッカさんからは、見通してしまっているのかと思っていた。


「だって私がほかの男と話してても、あまり私のこと見てないし、気にしてないのかも――って」


 たしかに見ないようにはしていた。ささいなことで嫉妬してしまう自分が厭だったし、あえて見たいとも思わなかった。


「とんでもない悪女ですよ。カマはかけるし、弁は立つし、オマケにそんな探りを入れていただなんて。オレはしょせん新米なんですよ。レッカさんが昔の馴染の男たちと話してると、どうすれば良いのかわからなくなって」


 気持ち半分は冗談でそう言ったが、もう半分は本音だった。


「そんな悪女でよろしければ、付き合っても良いわよ」


「はい」
 と、オレは短く応じた。
 こういうときにどう返せば良いのかわからなかった。


 レッカさんがわずかにアゴを持ち上げた。月明かりによってレッカさんの顔が照らされていた。マツゲがふるふると震えているのが見て取れた。


 キスを誘っているように見えた。チャンスは今しかないと思った。


 マーゲライトが作りだしてくれた時間。
 レースを見たあとの昂揚。
 ワインによる酩酊。


 あらゆる条件がそろうのは今日をおいて他にない。思い切って己の唇を、レッカさんの唇に重ね合わせた。熱っ。その唇の熱にビックリして思わず引っ込んでしまいそうになった。ほのかにワインの味がした。その柔らかさを確かめてから、余裕があるかのように見せかけて、ユックリと身を離した。


「やっぱり獣だったじゃない」
 レッカさんは、はにかむように微笑んでいた。
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