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序章:プロローグ

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「ユニシェル? どうかしたか?」

「えっ?」


 掛けられた声に下げていた顔を上げる。心配そうに覗き込んでくる優しいオレンジの瞳と視線が重なった。その目は真っ直ぐで、心から心配してくれているのだと分かります。


「具合でも悪いのか?」


 会ったばかりの人間にも優しい彼。その優しさになぜか泣きそうになる――いけません。考察は後にしましょう。今はケネスとしっかり友だちになるのが先決。一旦思考は保留し、気持ちを無理矢理入れ替えます。


「いいえ。ゆえはげんきですの」

「そうか? なら、いいけど」

「いつもならおひるねのじかんなので、すこしねむいのです」

「おひるね?」


 ケネスが目を瞬きこちらを凝視してきます。まじまじと見た後に、なにやら納得したように頷くとポンッ、と自らの膝を叩き「寝る?」と問われました。いやいやいや、気持ちは嬉しいですがさすがに外でお昼寝はちょっと。


「だいじょうぶです。せっかくのばざぁ、もっとみたいのです」

「そっか。無理はしないようにな」


 笑顔で頭を撫でてくれるケネスに癒されます。兄様たちとはまた違った『お兄ちゃん』な感じ。良いですね。というか、ここ膝枕をしてもらったらスチル確定だっのでは? しまった失敗した。幼女に膝枕する少年ケネスのスチル見たいです。いや、されるのは私なので見れないですが。

 ケネスがふと撫でていた私の頭と私の手の中にあるリボンバレッタを見て、にっこり笑うと口を開きました。


「せっかくだからさ、付けたとこ見たいな!」


 自分の初作品ですものね。実際に使用されているのを見たいのはわかります。

 私はこっくり頷きバレッタを付けようと一旦髪を解く――今日はお出かけだったので、メイドさんが可愛く纏めてお花の飾りを付けてくれていた――ハーフアップにしてバレッタを付けようとしますが、うまくいきません。うぅ、4歳児の手ではちょっと難しいです。しばらく四苦八苦していると、ケネスがひょいと手を伸ばしてきました。


「付けてやるよ」


 え?と思っている間に後ろに回ったケネスがササッと手ぐしで整えた上に横の髪をさかさかと編み込んでいく。数分のうちに見事な編み込みハーフアップに。うわ、器用! ゲームでの彼は、どちらかというと不器用な感じだったのに。確か、もう1人のヒロインのイベントで、ぐしゃぐしゃになった髪を整えてくれようとしてさらにぐしゃぐしゃにしてしまうのがあった、はず…。


 ――そうだ、思い出した。ゲームのケネスは左手に包帯を巻いて…さらに両手に指抜きグローブをしていて、絶対に外さなかった。古傷が、どうとか…。


「よし、出来た!」


 ケネスの声にはっとする。いけない、また考え込んでいた。

 手をそっと髪に伸ばす。うわ、なんかすごいキレイに編み込まれてる? 見たい! 鏡、鏡下さい!


「うん、似合ってる。ユニシェルにピッタリだ」

「ありがとうございます」


 無垢な笑顔可愛い。ごちそうさまです!

 どこか誇らしげなケネスとにこにこ笑い合っていると視界にこちらを凝視する兄様たちとケネス父が。うん? なんでしょうか。なんとなく、カイン兄様がムッとしているような気も。なんで?


「ケネスはずっとおうとにいますか?」


 不機嫌そうな兄様たちはひとまず置いといて。ケネスの予定を確認。


「ずっとはいないけど、父ちゃんが仕入れとかするから、それが終わるまではいるよ。だいたい1週間くらいかなぁ? 門近くの宿屋に泊まるんだ」


 言いながら、南門の方を指さす。ふむふむ、南門の宿屋――ゲームでケネスが滞在していたところですね、把握!


「あそびにいっていいですか? ゆえ、おそとのおはなしききたいです」


 さすがに、ここで親密度上げてもケネスの王都滞在期間が伸びたりはしないでしょうが、これから先も仲良くするために今はとにかく会いまくるしかない。まずは村に帰ってからも手紙のやり取りをするぐらいになるの仲になるのが目標です!


「うん、いいよ」

「わあ、ありがとうございます!」

「ユニシェル」


 カイン兄様の声――なぜか今ゾワッとしました。

 なんだか声がいつもよりも低く感じたのははたして気のせいなのでしょうか…ケネスも感じたのか、私と同じタイミングでビクリと肩を震わせました。振り向くと買い物が終わったらしい兄様たちがこちらに…その後ろではなぜか体をくの字に曲げて肩を震わすケネス父。え、なにが面白いの? あれ、笑っているのですよね?


「ああ、バレッタ付けて貰ったの? うん、とてもよく似合っているよ」

「可愛いよ、ユニシェル」

「? ありがとうございます」

「??」


 兄様たちにものすごく頭を撫でられてます。なんでしょうか、鬼気迫るといいますか…。横ではケネスが寒気でも感じたのか、腕を摩っています。よくわかりませんが、とりあえず話題を変えましょう。そうしましょう。


「にいさま、なにをかいましたの?」


 訊ねる私に、まずアベル兄様が差し出したのは可愛しいペンダントです。ひし形にカットされた中に十字架のような模様が見える紫色の石――紫水晶アメジストっぽいです――のペンダントトップが長さが調整出来るネックレスチェーンに通されています。さすがアベル兄様、私の年齢を考慮しつつ長く使えるように調整可能なネックレスチェーンをチョイスするなんて。


「わあ、あべるにいさまとかいんにいさまのめとおなじいろですの!」

「ユニシェルも同じだね。気に入ったかい?」

「はいです!」


 喜ぶ私に満足気に笑い、受け取ろうとした手をスルーして私の首に付けてからのダメ押し「可愛いよ」まで頂きました。本当に可愛がられていますよ私。ちなみにこれおいくらなんでしょうか。子どもが買うにはめっちゃ高そう。この世界の石の価値ってどうなっているのでしょうか。子どものお小遣いでポンと買えるもの? 日本のお祭りに出ている夜店のおもちゃアクセサリーみたいなノリで買い与えられましたが本当にいいのですかこれ!?


「ありがとうございます、あべるにいさま。きらきらですてきですの」


 今度から迂闊にお強請ねだりはしないよう控えましょう。中身日本の引きこもりオタク喪女(庶民)にとって心臓に悪すぎます。イケメンからのプレゼント、破壊力がありすぎ。インパクト的にもたぶん値段的にも。


「俺からは、これ」


 カイン兄様から差し出されたのはブレスレット。なぜ、私が避けたアクセサリーをチョイス…いえ、こちらもしっかりと長さが調整出来るチェーン。ちゃんと考えられています。さすがです。

 お花のような形の銀細工の中心に青い石――ところどころ星空のように黄色が入っています。瑠璃ラピスラズリかな?――がはめ込まれ、左右に鎖が取り付けられています。鎖の先にも小さな花の細工。可愛い。そしてやはり子どもが買うには高そう。これ露店で売っていていいものなのでしょうか。それとも前世と違ってこの世界では宝石やパワーストーンの価値が低いのでしょうか。ぜひそうであっていただきたい私の心の平穏のためにも。


「わあ、おほしさまのそらみたいないしです。おはなもついてますの!」

「気に入った?」

「はいです!」


 微かに表情が緩むカイン兄様。ここはやっぱり、付けてもらう流れですよね…試しに左手を差し出してみます。当たり前のようにカイン兄様がブレスレットを付けてくださいました。アベル兄様といい、カイン兄様といい、様になります。イケメンめ!


「ありがとうございます、かいんにいさま。とってもかわいいですの」

「ユニシェルの方が可愛い」


 ぐほっ。さらっと言いましたよ、このイケメンめ!(二度目)


「ユニシェルの兄ちゃんたち、かっこいいな」


 感心したように呟くケネス。それには同意します。兄様たちはカッコイイし優しいし気遣いも抜群で惜しみなく褒め言葉を口にしてくれる文句無しのイケメンです。さらには今回のバザーで財力まで遺憾無く見せ付けられました。実際はエリシオン家――つまりは当主である父様――の財力だとは思いますが。

 とりあえず、ケネスには「じまんのにいさまたちですの」と答えておきました。


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 ケネス父にお礼を言って、ケネスに「ぜったいあそびにいきますね!」と念押しし、なぜかその様子を微妙な表情で見守る兄様たちと共に再びバザー散策に戻ります。

 ちなみに、今度はカイン兄様に抱っこされております。選手交代ですね。自分で歩くという選択肢はいつ出現するのでしょうか。隠しコマンドですか?


 しかしながら体力値の低い4歳児な私はお昼寝をしていないせいもあり少しばかりうつらうつらし始めてしまっています。これは抱っこもやむ無し…考えなきゃいけないことがたくさんあるのに。ケネスのことや、他の攻略対象――ケネスの出会いイベントが発生したとなれば、もしかしたら他の、例えば第4日曜日のバザーで出現する吟遊詩人のイベントが起こっても不思議ではないのでは? これは一考の価値ありですよ。改めて、ゲームでの攻略対象たちの立ち位置と、彼らの日常会話やイベントで入手した情報から、12年前である今現在の彼らがどんな立ち位置にいるかを推測し会えるのならば会わなければなりません。


 それに、なにより――ケネスのように、ゲームとの差異から推測される『起こるかもしれない不幸』を回避する方法。

 本当は、だめなことかもしれません。ですが、今のケネスには起こっていない不幸を、もしかしたら回避出来るのであれば――。


「ユニシェル?」


 カイン兄様の呼び掛けにゆっくり顔を上げる。カイン兄様もアベル兄様も心配そうなお顔です。


「どうした?」

「なんだか難しい顔をしていたようだけど…疲れてしまったかな」


 しっかりと抱っこしてくれているカイン兄様。優しく頭を撫でてくれるアベル兄様。ゲームではない。今の私にとっては現実リアルであり、かけがえのないもの――。


「…ねむいのです」


 目を軽くこすれば、すぐにカイン兄様が「寝ていいぞ」と背中をぽんぽんと優しく叩いてくれ、アベル兄様も「そろそろ屋敷に戻ろうか」と笑って優しく頭を撫でてくれる。


 私が目指すのはこの世界の、私の望む未来のハッピーエンド。そのために、全力で努力し出来うる限りのやれることをやる。


 そうです。そもそもその『ハッピーエンド』でさえ、未来に起こる世界崩壊を回避しようとしている、いわば未来を変える行為なのです。そんな大それたことをしようとしている私が、今更人1人の未来を変えようとすることに、何を躊躇する必要があるのでしょう。


 より良い未来を。

 そのために、私は攻略対象みんなの未来だって捻じ曲げてみせましょう――!
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