のんびり灰かぶりは貧乏子爵様に嫁入りしました。『理屈屋と感覚派』

しぎ

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ぱすんと軽い物で何かを叩く音が聞こえて顔を上げた。そこには丸めた紙を持って仁王立ちするカレルと仏頂面で頭をさするシルヴァン様がいる。
「…痛いぞ」
「仕事しない方が悪い。さっさとその本を置け」
シルヴァン様は渋々手に持っていた本を置きペンを持ち直した。私は分からないように笑いを噛み殺す。シルヴァン様が頭を叩かれるのは今日3度目だ。仕事をしていると思ったらいつのまにか本を読み出して、それを繰り返すことで私が来たばかりのような缶詰状態となっていたらしい。
「…気分転換ぐらいいいだろう。作業効率が上がる」
「書類一枚仕上げる代わりに2時間本を読むのは気分転換とは言わない」
シルヴァン様の言い訳にぴしゃりとカレルが返す。私も多少の気分転換はいいと思うけど、シルヴァン様は度が過ぎてる。最後にサインが必要なだけの状態にした書類の角を揃える。私に任された仕事は終わった。後はシルヴァン様がしなければいけない仕事だけだ。
「あ、ベルティーヌ様、ありがとうございます。シャールカが紅茶を用意しているのでどうぞ。私たちは全部終わらせてから行くので」
カレルに言われて書斎を出る。ドアを閉める時にチラッと見えたのは再び頭を叩かれ不平を言おうとするシルヴァン様の姿だった。

「仕事が終わったから、明日は町に出ようと思う」
数時間後、食堂に現れたシルヴァン様は紅茶を飲みながらそう言った。
「そうですか、気をつけて行ってきてくださいね」
私が言うとシルヴァン様と何故かシャールカが渋い顔をする。
「君と、だ。君の服を買うという話を以前シャールカ達としていなかったか」
「私と?」
「シルヴァンがちゃんと言わないのが悪い。ベル様、書類はしばらく無いみたいなので町でゆっくりしてこられたらどうですか?2人で」
「2人で?」
鸚鵡のように繰り返す私は無意識にこくりと紅茶を飲んだ。温かくて美味しい。
町へ。外に買い物に行くのは久しぶりだ。
「楽しみです」
思わず笑顔が溢れた。
「…そうか」
シルヴァン様は頷いて紅茶に何度も息を吹きかけた。猫舌らしい。

「すまないが、馬車はないから歩いて行くことになる」
玄関で宣言された通り、シルヴァン様と横に並んで歩いていた。書類を一通り見たから分かる。ウィレット子爵家には本当にあんまりお金がない。馬車を呼ぶなんて無駄金は使えないぐらいには。だから新しい服はまだいいんじゃないかと言ったけど3人に並んで押し切られた。自分の服を自分で買いに行くなんていつぶりだろう。実家にいた時は古着を直し直し着ていたから。自然と足が軽くなる。思わずシルヴァン様を追い越してしまいそうになって慌てて歩みを緩める。そこで気づいた。私とシルヴァン様は多少身長差があるし、性別の差でどうしたってシルヴァン様の方が足が速い。それなのに、私たちは今まで隣り合って歩いていた。それはつまり。
シルヴァン様は私に歩く速さを合わせてゆっくり歩いてくれていた。
ほんの少しのことかもしれない。彼は無意識かもしれない。
それでも、何だか急にたまらなくなって唇を噛んだ。

優しい人だ。初めて会った時にも思った事だった。
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