愛バラ

麻生空

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始まりは悪し2

私達の乗った馬車は三代公爵の一つウエンダ公爵邸へと到着した。

仄かに香る薔薇の匂い。
薔薇の花束を携えたイヴァンが先に降り立ちさっとアンに手を差し出す。
一瞬顔を赤らめたアンが兄の手に自身の手をのせる。
すると兄は普段の兄らしくなく、アンの手を握ると自身の方へと引き寄せた。
クイッと引かれたアンがよろめいて兄の胸へとダイブする。

『あっ。お約束イベントだ』

ふと頭の中にそんな言葉が流れ『イベント』って何だ?と思ってしまう。
何か最近自分の頭がおかしい。

そんな事を思っているとせせら笑う声が聴こえて来た。
「ウフフ。良いご身分です事。昼日向から婚約者でもない男女が公衆の面前で抱き合うなど、お里が知れると言うもの」
孔雀羽の扇を開き口許を隠す様にせせら笑う3人の女性がいた。
「ウフフ。キャサリン様。あのような者の事など気に止める事もございますまい。何せキャサリン様はねぇ」
意味あり気にそう言う令嬢。
「えぇ。ジョアンナお姉様。キャサリンお姉様は王太子妃候補筆頭でいらっしゃいますから。ウフフ」
『あ~悪役令嬢揃っているわ~。この場をまさか王太子に見られているなんて気付かないんだからな。確かこの後庇いだてする王太子とヒロインのアンが……』って、あれ?何この記憶。
目まぐるしく駆け回る記憶の渦に私は意識を失った。
気を失う瞬間悪役令嬢のキャサリンと目が合ったように思うが、多分気のせいだろう。

だって、キャサリンがとても驚いたように私を見ていたのだから……。

あぁ……どこか遠くからお兄様とアンの声が聴こえた様に思う。




朝日がとても爽やかに私の顔を照す。
「ん~~朝か。あれ?夢落ち?」
ぼ~~っとしながら起き上がるとアンが抱きついて来た。
突然の衝撃に反応が遅れる。
「エマお嬢様~~」
「えっと……アン?どうしたの?」
私は抱き付くアンに困惑しつつ問い掛けた。
「ウエンダ公爵様のお屋敷に到着された後、突然倒れられてからもう3日も寝てらしたのです」
何ですと!!
「えっ!!はいっ?3日?」
困惑する私にアンは目を潤ませる。
「はい。直ぐに馬車にて引き返して侍医に診て頂いたのですが……原因不明の症状との事でずっと昏睡状態でした。もう心配で心配で」
そう言うとアンは再び泣き出してしまった。
「アン泣かないで」
私はおろおろとアンを宥める。

だって、思い出してしまったから。
今、私が生きるこの世界の事を。

ここは前世でちょっと流行ったシンデレラストーリーの乙女ゲームの世界だ。

ヒロインのアン・サイールは幼少の頃助けてくれた男の子を慕い我が家に行儀見習いとして来ていた。
その理由が兄の髪と眼の色が『想い出の君』と瓜二つだからだ。

まぁ。
あの幼少のスチルを見るかぎり兄では到底有り得ないだろう。
何せ我が兄はブサメンだし。

そして、公爵家の行儀見習いとして来たからこそ名前だけの伯爵家では到底会えない様な攻略対象様と出会える。
多分その為だけに我が家が存在したのだろう。
そう思うとため息が出てしまう。

自身がモブのような悪役令嬢だと言う事。
アンがヒロインだと言う事。
その全てピースを上手くはめられない。
出来る事ならヒロインのアンには本当の想い出の君とハッピーエンドを迎えて貰いたい。
だから溜め息が出てしまう。
正直、私はあのゲームの隠しキャラに会っていない、こんな事なら攻略本を買うなりしとけば良かったよ。
そう思うも後の祭り。
これじゃあヒロインを助ける事も、モブのような悪役令嬢エンドを避ける事もままならない。


だから攻略対象として分かるのは

王太子セドリック・アイマロン(19)
金髪碧眼の細マッチョで、でも外見はキラキラ王子キャラ……と見せかけての腹黒どS王子。流れによってはど鬼畜モードもある。
とにかく面食いでそのせいでアンに近寄って来たんだよね。
確かエマに対しては結構適当な態度だったと思う。


宰相の息子にして三大公爵のトレスト家の長男
ライアン・トレスト(19)
知略家でシルバーの髪に碧眼
たまに抜けている所がご愛嬌
王太子の参謀でもある。
アンの献身的な態度に惹かれたんだっけ。


将軍の息子
ジョセフ・アガン(21)
筋肉質で野性的でとてもワイルドな性格。
レディシュの髪にへーゼルの瞳
王太子の懐刀的存在。
この人は想像に難くアンに胃袋を捕まれたんだ。


ウエンダ公爵の長男
オーウェン・ウエンダ(21)
アッシュブロンドに翠眼
ジョセフとは旧知の仲で文武両道。
何事もそつなくこなす。
人脈も凄くてライアンと結託し裏で色々やっている。
何故かイヴァンに嫌がらせの為にアンに近付いたらマジになったミイラ取りがミイラ状態。意味解らん。
エマの事も何故かぞんざいな態度だったと思う。


ウエンダ公爵の次男
ジャック・ウエンダ(20)
兄と同じアッシュブロンドに翠眼
そこそこ何でも出来るが何故か弟キャラで甘え上手。そしてマダムキラーなのだ。
アンはたらしのジャックに靡かなかった為に興味をもたれたんだよね。


以上の5人である。


この作品はマルチエンディングの種類が豊富な事で有名で、正直全てコンプリートするのが難しい事で話題を得た。
因みに私のコンプリート率は60%位だったと思う。
こんな事なら真面目にコンプリート目指せば良かったと切実に思う。
しかし、ウエンダ公爵家のお茶会でアンと王太子の出会いのシーンは9割の確率で発生するイベント。
私は恐る恐るアンに確認する事にした。
「アン。ウエンダ公爵の邸で私が倒れた後に茶髪に碧眼の19歳位の美青年がキャサリン様の前に現れなかった?」
私の問い掛けにアンは目をぱちくりとさせながら首を振る。
「すみません。エマお嬢様。邸に着くと直ぐにお嬢様がお倒れになったので、私とイヴァン様はお嬢様を直ぐに馬車へ乗せて退出致しました……ですので……」
さも申し訳ないとアンが眉毛を下げる。
「私こそ心配を掛けてしまってごめんなさい。この事は気にしないで」
私はアンの手をとるそっと自身の手を重ねた。
私のせいでほぼ確実な出会いイベントが……フラグが折れてしまった……そう思うと申し訳ない。
「今日は少し疲れているみたいだからこのまま休むわ。アンもずっと私に付き合ってくれていたのでしょう。今日はもう大丈夫だから休んでね」
私はそう言うとアンの目の下のクマをそっと撫でた。
きっと私が目覚めるまで付き添ってくれていたのだろう。
本当に心の優しいヒロインだ。
「本当に心配掛けてしまったのね。ごめんなさい」
困った様に私が笑めばアンははにかんだ様に笑う。
「今日は特に用事はないから本当休んでね。アン」
私は念を押す様に言うとそのままアンを下がらせた。

誰も居なくなった自室で私は深く溜め息をもらす。
「困ったわ……私最初の王太子イベント発生しなかった事ってなかったから、今後の展開解らないは……」
う~~んっと声をもらすも未だ頭痛のする頭では何も考えられずにそのままベッドへと深く沈んだ。

そんな私を再び睡魔が襲う。
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