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あなたとは結婚出来ません!
第5話
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午後六時。フリードヘルム様との晩餐の時間だ。私はジェニーに連れられ、食事の場へと向かった。慣れないドレスに足が引っかかり、階段から落ちそうになったのは言うまでもない。それを持ち前の運動神経で立て直し、何事も無かったかのように済ます。
晩餐というものの、食事をするのは私とフリードヘルム様の二人だけらしい。テーブルには向かい合わせに椅子が置かれ、輝くカトラリーと前菜が準備されている。久しぶりのご馳走だ。
危うくがっつきそうなところを、ぐっと堪えてマナーよく食べる。
「とても美味しそうなカルパッチョですわ」
私は何とか話をしようとするが、フリードヘルム様は黙々と食事をする。私の話なんて聞いていないかのようで、頷きさえしないのだ。
虐げられるのは慣れている。無視くらい何ともないのが本音だ。だが、婚約者としてフリードヘルム様のことを知ることは大切だろう。これからの人生、共に過ごさなくてはならないから。だから私は無理矢理にも、フリードヘルム様に心を開いてもらいたくて話しかける。
「ハンスベルク辺境伯領は、どういった特産品があるのでしょうか? 」
「このポタージュは、とても滑らかでクリーミーでございます。ぜひレシピを教えていただきたいです」
「ハンスベルク辺境伯領は寒いのですか? わ、わたくし、雪を見たことがなくて、ぜひ雪を一目見たいのです」
どの質問に対しても無視だ。もしかして、耳が聞こえないのだろうか。それならば、フリードヘルム様が不憫だ。耳が聞こえないフリードヘルム様を支えなければ!なんて思っていた私は、
「食事中に無駄話をするなど、耳障りだ」
不意に発せられたその言葉に耳を疑った。
フリードヘルム様は耳が聞こえない訳ではなく、私を無視していたのだ。なんと性格が悪いかただろう。絶対に結婚したくないタイプだ。だが、この人と結婚しなければならない。
フリードヘルム様が悪魔辺境伯だなんて呼ばれている理由が分かった気がした。この人は、冷酷で婚約者にすら興味がない、究極の自己中なのだ!
だが、ヤヌース伯爵領に戻りたくない私は、この縁談を甘んじて受け入れなければならない。無視くらいたいしたことがない、今までの仕打ちを考えたら!そう自分に言い聞かせるのだった。
晩餐は、まさしく拷問だった。私は黙って夕食を食べ、静かな部屋にはカチャカチャとナイフが皿に当たる音だけが響いていた。これから、こんな拷問を毎日続けなければならないのか。
晩餐を終え、ようやく一人になれる私が立ち上がると、
「来い」
フリードヘルム様はぶっきらぼうに私を呼ぶ。
来いとはなんだ、来いとは!おまけに、私はまだ解放されないのか。
だが、フリードヘルム様に従うしかない私は、黙ってフリードヘルム様の後を追う。フリードヘルム様は相変わらず自己中で、ドレスのため歩きにくい私を庇ってもくれない。大股ですたすた歩くのだ。
身分制度がない国ならば、こんな奴ぶっ飛ばしていた。だが、私はこの縁談を受けなければならないのだ。フリードヘルム様のささやかな無視と、ヤヌース伯爵家による壮絶な嫌がらせ、どちらがマシかは決まっている。
フリードヘルム様は大きな扉の前で立ち止まり、それを開けた。そして、
「入れ」
また命令する。仕方がなく従う私は、部屋に入って絶句した。
そこは、薄暗く照明の落とされたベッドルームだった。大きな天蓋付きベッドが置かれ、近くの台には酒や水差し……
まさかと思うが、フリードヘルム様はいきなりそのつもりだろうか。だが、いくら嫌な相手だとしても受け入れないといけないのが、政略結婚だ。
「いいか。目を閉じていれば、すぐに終わる」
フリードヘルム様はぶっきらぼうに、冷たい声で告げる。だが、私は負けない。
「目を閉じるなんて、もったいなくてわたくしには出来ません。
わたくしは閣下の婚約者となれて、大層嬉しゅうございます」
必死にフリードヘルム様を好きだという演技をした。そして、演技をしながら思った。私は男性に恋をすることもなく、この悪魔に抱かれるのだ。この悪魔はきっと、子孫を残すことしか考えていない……
「そうか」
フリードヘルム様は低く呟き……そして、信じられない言葉を吐いたのだ。
「社交界に出たこともない、幻の美女と聞いていたが……お前もただのつまらない女か」
その瞬間、私の中で何かが爆発した。
ラファエラと継母に虐げられ続けたこと、実の父親だって理解してくれないこと、そして、見ず知らずのこいつに、つまらない女と言われたこと……今まで我慢していたものが、音を立てて崩れていった。
私は拳を握りしめ、この男の顎から上に向かって、思いっきり殴り飛ばしていた。
「ふざけるな、このクソ男め!!」
などという、淑女に相応しからぬ暴言とともに。
屈強なこの男は宙を舞い、ベッドにどさっと倒れ込んだ。私の渾身の一撃により、意識を失ったのだろう。
倒れた男を見下ろしながら、まずいことをしてしまったことにようやく気付く。だが、気分は意外とすっきりしている。
私は、知らないうちに我慢が限界まできていた。そして、かつてラファエラを投げ飛ばしたように、この男を殴り飛ばしていたのだ。
この男は、おそらくカンカンに怒るだろう。そして当然婚約は破棄されるし、私は追放されるだろう。だが、私はヤヌース伯爵領には戻りたくない。かといって、この地にも置いてもらえないだろう。
こうなったら、自分の力で生きていくしかない。突然訪れた自由の身に、血が湧き肉踊るのも確かだった。
私、これからは自由に生きさせていただきます!
晩餐というものの、食事をするのは私とフリードヘルム様の二人だけらしい。テーブルには向かい合わせに椅子が置かれ、輝くカトラリーと前菜が準備されている。久しぶりのご馳走だ。
危うくがっつきそうなところを、ぐっと堪えてマナーよく食べる。
「とても美味しそうなカルパッチョですわ」
私は何とか話をしようとするが、フリードヘルム様は黙々と食事をする。私の話なんて聞いていないかのようで、頷きさえしないのだ。
虐げられるのは慣れている。無視くらい何ともないのが本音だ。だが、婚約者としてフリードヘルム様のことを知ることは大切だろう。これからの人生、共に過ごさなくてはならないから。だから私は無理矢理にも、フリードヘルム様に心を開いてもらいたくて話しかける。
「ハンスベルク辺境伯領は、どういった特産品があるのでしょうか? 」
「このポタージュは、とても滑らかでクリーミーでございます。ぜひレシピを教えていただきたいです」
「ハンスベルク辺境伯領は寒いのですか? わ、わたくし、雪を見たことがなくて、ぜひ雪を一目見たいのです」
どの質問に対しても無視だ。もしかして、耳が聞こえないのだろうか。それならば、フリードヘルム様が不憫だ。耳が聞こえないフリードヘルム様を支えなければ!なんて思っていた私は、
「食事中に無駄話をするなど、耳障りだ」
不意に発せられたその言葉に耳を疑った。
フリードヘルム様は耳が聞こえない訳ではなく、私を無視していたのだ。なんと性格が悪いかただろう。絶対に結婚したくないタイプだ。だが、この人と結婚しなければならない。
フリードヘルム様が悪魔辺境伯だなんて呼ばれている理由が分かった気がした。この人は、冷酷で婚約者にすら興味がない、究極の自己中なのだ!
だが、ヤヌース伯爵領に戻りたくない私は、この縁談を甘んじて受け入れなければならない。無視くらいたいしたことがない、今までの仕打ちを考えたら!そう自分に言い聞かせるのだった。
晩餐は、まさしく拷問だった。私は黙って夕食を食べ、静かな部屋にはカチャカチャとナイフが皿に当たる音だけが響いていた。これから、こんな拷問を毎日続けなければならないのか。
晩餐を終え、ようやく一人になれる私が立ち上がると、
「来い」
フリードヘルム様はぶっきらぼうに私を呼ぶ。
来いとはなんだ、来いとは!おまけに、私はまだ解放されないのか。
だが、フリードヘルム様に従うしかない私は、黙ってフリードヘルム様の後を追う。フリードヘルム様は相変わらず自己中で、ドレスのため歩きにくい私を庇ってもくれない。大股ですたすた歩くのだ。
身分制度がない国ならば、こんな奴ぶっ飛ばしていた。だが、私はこの縁談を受けなければならないのだ。フリードヘルム様のささやかな無視と、ヤヌース伯爵家による壮絶な嫌がらせ、どちらがマシかは決まっている。
フリードヘルム様は大きな扉の前で立ち止まり、それを開けた。そして、
「入れ」
また命令する。仕方がなく従う私は、部屋に入って絶句した。
そこは、薄暗く照明の落とされたベッドルームだった。大きな天蓋付きベッドが置かれ、近くの台には酒や水差し……
まさかと思うが、フリードヘルム様はいきなりそのつもりだろうか。だが、いくら嫌な相手だとしても受け入れないといけないのが、政略結婚だ。
「いいか。目を閉じていれば、すぐに終わる」
フリードヘルム様はぶっきらぼうに、冷たい声で告げる。だが、私は負けない。
「目を閉じるなんて、もったいなくてわたくしには出来ません。
わたくしは閣下の婚約者となれて、大層嬉しゅうございます」
必死にフリードヘルム様を好きだという演技をした。そして、演技をしながら思った。私は男性に恋をすることもなく、この悪魔に抱かれるのだ。この悪魔はきっと、子孫を残すことしか考えていない……
「そうか」
フリードヘルム様は低く呟き……そして、信じられない言葉を吐いたのだ。
「社交界に出たこともない、幻の美女と聞いていたが……お前もただのつまらない女か」
その瞬間、私の中で何かが爆発した。
ラファエラと継母に虐げられ続けたこと、実の父親だって理解してくれないこと、そして、見ず知らずのこいつに、つまらない女と言われたこと……今まで我慢していたものが、音を立てて崩れていった。
私は拳を握りしめ、この男の顎から上に向かって、思いっきり殴り飛ばしていた。
「ふざけるな、このクソ男め!!」
などという、淑女に相応しからぬ暴言とともに。
屈強なこの男は宙を舞い、ベッドにどさっと倒れ込んだ。私の渾身の一撃により、意識を失ったのだろう。
倒れた男を見下ろしながら、まずいことをしてしまったことにようやく気付く。だが、気分は意外とすっきりしている。
私は、知らないうちに我慢が限界まできていた。そして、かつてラファエラを投げ飛ばしたように、この男を殴り飛ばしていたのだ。
この男は、おそらくカンカンに怒るだろう。そして当然婚約は破棄されるし、私は追放されるだろう。だが、私はヤヌース伯爵領には戻りたくない。かといって、この地にも置いてもらえないだろう。
こうなったら、自分の力で生きていくしかない。突然訪れた自由の身に、血が湧き肉踊るのも確かだった。
私、これからは自由に生きさせていただきます!
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