つまらない女と言われたため、婚約者をぶん殴りました〜婚約破棄して武闘家になろうと思います〜

湊一桜

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大切な友を守るために

第33話

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 巨大な影は手を振り上げたまま、こっちを見た。暗闇の中で、その目玉だけが不気味に輝いた。一瞬背筋を寒気が走ったが、負けていてはいけない。私は武術大会にも出るのだ。イエティ一匹倒せなくてどうするのだろうと言い聞かす。

 だが、イエティは一匹ではなかったのだ。巨大な影は三つに別かれ、三つの影が全速力で私たちのほうへと向かってくる。そしてその動きは、毛むくじゃらででっぷりとしている影からは信じられないほど速いのだ。

「ハイデマリーを頼む!」

 後ろでジルの声が聞こえる。きっと騎士たちがハイデマリーを守ってくれる。私は戦いに集中だ。
 私はじっと影を見つめ、一番先頭の影に狙いを定めた。

 イエティは太ったゴリラのようだった。そして、ゴリラよりもずっとずっと大きかった。その大きさは、この前戦った大熊と同じほど。そのイエティが、甲高くおぞましい叫び声を挙げて、猛スピードで迫ってきているのだ。

 私は足首に力を入れ、地面を蹴る。ジャンプ靴は、単純にジャンプ力を四倍にするだけではないらしい。地面を蹴る力は全て四倍になるようだ。走る力も、蹴る力も……
 そのため、私は自分でも想像のつかない速さで走っていた。その速さはまるでチーターだ。

 私のあまりの速さに、イエティは私を見失った。きょろきょろ周りを見回している好きに後ろに入り込み、素早い飛び蹴りを放つ。巨大なイエティは、私の四倍の威力に拡大された飛び蹴りを受け、ばたんと前に倒れる。だが、顔を上げたイエティは怒っていた。小さな人間に蹴り飛ばされて、ブチ切れていたのだ。

 イエティは周りにある木を手当たり次第に引き抜き、ぶんぶん振り回す。その様子を見ると、イエティは大熊よりも知能も高いのだろう。だが、負けない。
 イエティが振り下ろした木を華麗に避け、大ジャンプをする。私はまるでトランポリンを使ったかのように飛び上がり、飛び上がっている最中に木を蹴る。こうやって木々の間を飛び回り……狙いを付けてイエティへ拳を突き出した。パワー手袋で四倍になった私のパンチはイエティの頬を真横から突き動かし、イエティは宙を舞った。そしてそのままどさっと倒れ、動かなくなった。

「すごいね」

 少し離れたところから、ジルの声が聞こえる。

「だけど、僕のほうが速かった」

 ジルはかしゃりと剣を鞘に差す。その脇には、イエティが血を流して倒れている。

「メリッサは、武器を使っていない。俺たちと対等ではないだろう」

 そう言うフリードの横にもイエティが倒れていた。三体のイエティは、ジルとフリード、そして私によって見事打ち負かされたのだった。そして、ジルとフリードは、私よりも素早く仕事をやり遂げてしまった。悔しいけど、さすがだ。
 だけど今は、そんなところに腹を立てている場合でもない。

「ヒューゴ!! 」

 私は彼の名を叫びながら、空き地の中心部に倒れている彼に駆け寄る。彼は額から出血しているものの、大量出血はしていない。だが、顔は青白く、呼吸をしているようには見えない。まさか……

「ヒューゴ!! 」

 死んでしまったの!? 
 ……私のせいだ。私がラファエラに喧嘩を売ったから……私が、フリードと婚約破棄するだなんて言ってしまったから……
 だからヒューゴはこの地に来た。そして、イエティに誘拐されてしまったのだ。

 ヒューゴは、ヤヌース伯爵領での唯一の友達だった。ラファエラたちの執拗ないじめに耐えられたのも、ヒューゴが話を聞いてくれていたからだ。私はヒューゴにたくさん助けられたのに、ヒューゴに何もしてあげられないなんて……


「どいて!」

 不意に体をどんと押し退けられた。よろめいた私の前にはハイデマリーがいて、青白い顔のヒューゴの横に座り込む。そして、ヒューゴの体に手をかざした。

 ヒューゴを柔らかな光が包む。そして、その顔色は少しずつ良くなってくる。

「大きな怪我はないけど、低体温症だわ。
 ……間に合って良かったわ」


 いつの間にか私の隣にフリードがいた。そして、そっと手を回され抱き寄せられる。私もそんなフリードに、身を寄せていた。
 フリードはヒューゴを助けるために、こんなに遠いところまで来てくれた。私が一緒に行くことも許してくれた。ジルたちも協力してくれたし、皆のおかげでヒューゴも助かりそうだ。皆には感謝の気持ちでいっぱいだ。

「ありがとうね、フリード」

 そう告げると、何も言わずに頭を撫でてくれる。この、優しくて大きな手が大好きだ。もっと触れられたいと思ってしまう。

 フリードは私を抱き寄せたまま、軽く額にキスをする。そして、静かに告げた。

「騎士は剣で命を奪うことしか出来ないのに、お前は息の根を止めることはしない。
 魔獣とはいえ、相手も生きているものだ。無駄に命を奪わないメリッサを尊敬する」

「そっ、そんなことないよ!
 殺すには、私の力不足だよ」

 動揺して思わずそんなことを言ってしまったが……フリードは気付いていたんだ。私が絶妙な力加減をして戦っていることに。相手を殺すことが出来ないのは、ただ前世の自分の死に方がトラウマになっているだけなのだが。
 だけどフリードは、それを褒めてくれるだなんて。私の弱さも認めてくれているだなんて。

 まずい、胸がドキドキして止まない。悔しいけど、こんな時でさえフリードに狂わされている。私はいつの間に、こうもフリードを好きになっているのだろう。

 フリードに包まれてヒューゴを見守る。今でさえ、フリードがいなかったら私は冷静でいられなかっただろう。倒れるヒューゴにしがみつき、ハイデマリーの治療を邪魔していたかもしれない。

 温かい光に包まれたヒューゴは、しばらくしてうっすら目を開けた。

「ヒューゴ!! 」

 駆け寄って、ヒューゴを覗き込む。彼は弱々しく微笑んで、私とハイデマリーを交互に見た。そして、蚊の鳴くような声で告げる。

「……ありがとう」
 
 
 
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