追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

文字の大きさ
33 / 58
第一章

33. 彼との距離が、また近付く

しおりを挟む
 こうして、パトリック様からの求婚の件は、何事もなく解決した。私はこのまま、アンドレ様の隣にいてもいいらしい。

 館に戻ると、どっと疲れが湧いてきた。もちろん、精神的な疲れだ。だが、幸せな疲れだった。
 アンドレ様は、パトリック様の言葉に耳を貸さなかった。それどころか、私のために怒ってくださった。それがとても嬉しかった。



 アンドレ様は黙って彼の部屋に私を招き入れ、ソファーへ座るように促す。だから私はそれに従い、ふかふかのソファーに腰を下ろした。そして、当然のように隣に腰掛けるアンドレ様。

 (や、やっぱり近いです……)

 やはりこの距離感に慣れない私は、体をこわばらせ顔を紅くしながらも、出来る限り自然に振る舞う。

 (腕が触れてしまいそうです)

 それだけではない。アンドレ様の香りや息遣いまで感じる。アンドレ様を思うだけで、体が沸騰してしまいそうだ。だが、興奮しているのは私だけのようで、アンドレ様は低い声で振り絞るように言葉を発したのだ。

「こんなことを言うと、頭がおかしいと思われるだろう。だが、リアには話さないといけない」

 予想以上に落ち着いたその言葉に、急に正気に戻る私。アンドレ様は思い悩むように足元を見つめながら、静かに続けた。

「実は俺には、前世の記憶というものがある」

 部屋はしーんと静まり返っている。その中に、アンドレ様の落ち着いた声が響いた。

「前世、俺には婚約者がいた。俺は彼女を愛していた」

 分かっている話なのに、胸が痛む。私だって前世の記憶があり、前世には恋人だっていた。前世の私はもちろん今の私ではなく、『記憶』として残っているだけなのに。それなのに、アンドレ様の口から、愛していたなんて発せられると、胸がぎゅっと締め付けられるのだった。

 だが、アンドレ様に迷惑をかけてはいけない。だいいち、アンドレ様は恋愛関係を嫌っているのだと思い直し、平静を装う。
 こんな私の気持ちを知らないアンドレ様は、静かに淡々と続けた。

「前世の俺は彼女を愛していたのだが、些細なことで彼女と喧嘩したらしい。そして、彼女は喧嘩の末、自ら命を絶ってしまった」

 フレデリク様から聞いていたことと同じだ。だが、アンドレ様の口から語られると、彼がいまだに悩んでいることがよく分かる。アンドレ様はずっとそれを引きずって、この時代を生きておられるのだ。

「俺はどういうわけか、その記憶を持ちながらこの時代に生まれ変わった。同じことを繰り返してはいけないという、神からの戒めだろう」

 至って静かに語られるのに、その言葉は悲鳴のようにすら感じる。そして、ひと呼吸おいて、彼はぽつりと告げた。

「そもそも、こんな俺が人を好きになってはいけない」

 その瞬間、

「そんなことは、ありません!! 」

思わず声を荒げてしまい、慌てて口を塞いだ。

 (否定するなんて、不敬だと思われるに違いありません……)

 でも、放っておけないのも事実だった。アンドレ様はそのことが気になり、私にも壁を作っておられたのだ。確かに自分のせいで婚約者が自殺してしまうのは、この上ない辛さだとは思うが……アンドレ様も、もう十分思い悩まれたのではないか。

 ここでふと思った。
 私は、不慮の事故で死んでしまったが、残された慎司は何を思ったのだろう。私は慎司と喧嘩別れしたことばかりを考えていて、残された慎司のことは深く考えていなかった。もしかして、慎司もアンドレ様のように自分を責めて悩んでいたのだろうか。

 だが、アンドレ様にとって自殺した婚約者が過去の話であるのと同様、私にとっての慎司も過去の話だ。

「辛かったかと思います……」

 私は遠慮がちにアンドレ様に告げる。

「ですが、私はアンドレ様にお会いできて幸せです」

 アンドレ様は驚いたように私を見る。そして、なんてことを言っているのだと思いながらも、出てくる言葉は止まらないのだった。

「少しずつアンドレ様を知ることが出来て、私は嬉しいです。
 本当は優しいかただとか、すごくお仕事熱心なかただとか。
 私は欲張りな人間で、もっともっとアンドレ様を知りたいと思ってしまうようになりました。……アンドレ様にとって、迷惑だとは分かっているのですが」

 そう。アンドレ様は、必要以上に関わるなと言われた。そして私はその言葉に従うつもりだったのに……いつのまにか、こんなにもハマり込んで出られなくなっていた。

 アンドレ様はその瞳でじっと私を見る。その綺麗な顔で見つめられると、それだけでドキドキして顔が真っ赤になってしまう。

 アンドレ様は、私を見て微かに微笑んだ。最近たまに見せる、この優しげな笑顔が大好きだ。胸をときめかせながら、真っ赤な顔で見上げる私に、アンドレ様は優しく、だが振り絞るように告げた。

「迷惑ではない。
 俺は一生恋をせず、一人でこの世を去るつもりでいた。それが前世の行いの、最大の罪滅ぼしだと思っていた。
 でも……前世の婚約者には悪いが、少しずつ引けなくなっているのだ」

「……え? 」

 ぽかーんとアンドレ様を見つめることしか出来ない私。

 (い、言っている意味が分かりません……)

 アンドレ様は、私同様に頬を染めて、熱い瞳で私を見ている。その、見たこともないような真剣で余裕のなさそうなアンドレ様に、ドキドキしっぱなしの私。

「君が俺の妻になってくれて、本当に良かった。
 前世の婚約者には申し訳ないが、俺は前に進んでみようと思う」

 その真剣で、かつ熱い瞳から目が離せない。胸を高鳴らせながら、私はただ掠れた声ではいと頷くことしか出来ない。こんな私の手をそっと握り、アンドレ様は低く落ち着いた声で告げた。

「リア。これから本当の家族になっていこう」
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

処理中です...