推しよ、ここはBLゲームの世界です!〜属性:腐女子のモブは、推しも世界も救いたい〜

はちよ

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5話 傷跡【10年前③】

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 山から降りたアンは人目につかないよう自分の家にエルヴィンを連れて帰ると、エルヴィンを風呂場に押し込んだ。

「着替えを用意しておくから、血と泥を落としてね。あと、私は傷を縫ってもらいにお医者さんに行くけど……あなたも診てもらう?」
「要らない。怪我なんてない」
「なら私だけ診てもらうね。後で本当に全身怪我がないかチェックするから。あと、ここは鍵をしておくから逃げないように! ゆっくり湯船に使って温まってね」

 アンは風呂場の扉が内側から開かないように箒で簡易的な鍵をすると、急いで左手のナイフを抜くべく町医者の元へと駆け出した。

 ◇

 全身血だらけで訪れたアンの姿に診療所は騒然となったものの、アンの掲げる左手に深く刺さったナイフを見ると全員が納得したような表情に変わり、そして全員が顔を背けた。

 お陰で順番を前倒しで即診療を受けたアンはすぐに左手のナイフを抜き、その傷を縫ってもらうことが出来たのだが。

「あんた、しっかり者かと思っていたけど……とんでもないドジなんだねぇ……」
「あははは」

 ナイフが刺さった理由を「果物を取ろうとして転んでしまった」と誤魔化したアンは全員から憐れみの目を向けられた。

「(馬鹿と思われてもいい。推しが生きてくれるなら、それが一番なんだから……)」

 診療所から生暖かい目で見送られたアンは、また走って自宅に帰る。
 左手は脈打つように痛みを主張していたが、推しを前にしたオタクは火事場の馬鹿力が出るものなのだ。
 きっとドーパミンが大量噴出されているのだろう。
 エルヴィンのことを考えると、自分の体の痛みなどどこか遠い世界のように感じるのだ。

「(本当はエルヴィンの傍を離れたくなかったんだけど……逃げていませんように……!)」

 『愛の華』の世界は原因不明の魔力汚染によって人々の生活が脅かされている。

 アンの元々住んでいた村も魔力汚染によって暴走した魔獣に襲われ壊滅したらしい。

 そして、その魔力汚染の原因ではないかと疑われているのが『魔人』だ。

 魔人と人は昔から相容れず、敵対視し合う中だ。
 だから魔人の血が混ざるエルヴィンは差別と迫害を受けて育ち、主人公であるタツミが現れるまで深いフードを被ってその瞳と髪を隠していたのだ。

 血と泥で汚れたエルヴィンを連れて歩く訳にも行かず閉じ込めて来たものの、逃げられていないかどうかが気がかりだった。

「ただいま!」

 アンは帰宅すると真っ先に風呂場へ駆け込んだ。
 そして立てかけた箒の位置が変わっていないことにほっと溜息をつき、明るく声を上げた。

「戻ったよ! お腹空いたでしょう、ご飯用意するから、気が向いたら上がってね」

 鍵代わりにしていた箒をどかし、風呂場の扉を軽くノックするが、中から返事のようなものは聞こえない。

「もしもーし」

 トントン、と扉を叩くが、やはり反応はない。

「(もしかして……!)」

 中で倒れているかもしれない。
 もしくは、また自殺を図っているかもしれない。

 最悪の事態を想像し、アンの全身から血の気が引く。

「ねぇ! 無事なら返事して!!」

 ドンドン、と拳で扉を叩けど返事はない。
 そもそも、水音すらしないのだ。

 アンは一瞬だけ躊躇したものの、すぐに扉に手をかけると大きく扉を開いた。

「大丈夫!?」

 アンの予想とは異なり、そこには山から降りた時の姿と変わらないエルヴィンが、小さく膝を抱えて座っていた。
 エルヴィンは黙ってアンをちらりと見上げると、すぐに視線を逸らす。

「なん、だ……」

 想像とは異なるものの、ひとまずはエルヴィンが無事だったことに大きくアンはため息を着く。

「よかった……もう、返事してくれないから倒れているかと……」

 安心したアンの表情は自然と綻び、そのままエルヴィンの頭に手を伸ばした。

「お風呂入らなかったの? お風呂、嫌いだった?」
「…………」
「ほら、泥と血がこびりついちゃってるから、洗ったらスッキリすると思うんだけどな」
「…………」
「この後ご飯を用意するから食べて行って。その時も、身体を綺麗にした方が美味しいと思うな」
「…………」
「…………あっ、脚が滑っちゃった」

 わざとらしく身体を傾けたアンはそのままシャワーのレバーを引く。
 『愛の華』の世界はアンの元いた世界よりは科学が発達していないが、その代わり魔力によって動く物が沢山ある。
 シャワー等もそのひとつだ。
 さすがにスイッチひとつで沸いたりはしないが、昭和時代位の便利さはあったので日常生活に不便は感じない。

 ザァ、と水が降り注ぎ始めたシャワーの温度をアンは慌てて調整する。シャワーから降り注ぐ先は座り込むエルヴィンの頭だ。

「ごめんね、手をついたらシャワーのレバーを引いちゃったみたい」

 口だけで謝りつつ、アンは包帯の巻いてある左手でシャワーをとると、濡れることも構わずエルヴィンの傍に膝を着く。

「せっかくだから、洗っちゃおうよ。あなたがやらないなら、私がやっちゃうからね。目に入ると染みるからしっかり閉じて、温度が熱かったら言ってね」

 そう宣言したあと、アンは右手でエルヴィンの髪を揉むように洗い始めた。

 アンの予想に反し、エルヴィンは大人しくアンにされるがままになっている。

「(なんか、泥遊びをしたあとの大型犬を洗ってる感じ……)」

 お湯でしっかりと髪を洗っていくと、『愛の華』通りの綺麗な銀髪が姿を表した。
 濡れていることもあるだろうが、その髪はエルヴィンの肩甲骨にかかるほど長い。

「(綺麗な髪……)」

 泥と血が落ちた後、普段使っているシャンプーを手に取りもう一度洗う。
 フローラルな優しい香りが2人を包んだ。

「泡が入ると目が痛いよ、しっかり閉じてね」

 そう声をかけると、幼いエルヴィンがぎゅっと目を瞑るのが見える。
 その姿があまりにも可愛く、アンの身体中になんとも言えない衝動が駆け巡る。

「(なんっ……これ……ちょっ……可愛すぎない!? 天使か!? 可愛い可愛い、推しが可愛い!!! 死んでしまう!!!!!!)」

 荒くなりそうな鼻息を必死に抑えながら、黙々とアンはエルヴィンの髪を洗い終え、次は身体だとエルヴィンの肌に張り付くシャツに手をかける。

「身体も一緒に洗いたいんだけど、これ、自分で脱げる?」

 片手だと脱がせられないから、と口にすれば、エルヴィンは大人しくシャツのボタンに手をかけた。
 その様子に、一気にアンの顔に熱が集まり、アンは勢いよく顔を背けた。

「(やましい気持ちは一切ないから! まだこんな幼い子の裸を見たところで……)」

 べしょ、と水を吸った布が落ちる音がした。

 ゆっくりとアンが視線を戻すと、そこにはアンの前に晒された上半身があった。

 そこには無数の傷跡が刻まれていた。
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