ジャパニーズ・ピカレスク

耄碌狸翁

文字の大きさ
1 / 1

ジャパニーズ・ピカレスク

しおりを挟む
「日本の悪役は恰好がいい」
 いつだっただろうか、僕の父はベランダにたたずみながら、そんなことを言っていた。
 どうして、そう僕は聞いた後、しまった、と思った。
「よしよし、じゃあ俺の隣にこい。酒の肴にしてもらおうか」
 ……ああ、また始まった。面倒くさいんだよな、お父さんの長い御講義って。そもそも飲んでいるのはお父さんだけじゃないか。
 僕はそう思いながら、彼の隣に座った。思ったのだけれど、その日のそれは凄く白熱してしまった。それは、僕の父がこう言ったからだ。
「RPGのドラゴンは、なんで殺されるんだ?」
「……え、悪い奴だから、じゃないの?」
「なるほど悪い奴ね。じゃああいつらは何をした?」
 一瞬、言葉に詰まった。だけど「これは言える」と思ったことを見つけたから、父にぶつけてみた。
「それは、例えば周りにある村を襲った、じゃないの?」
「――ドラゴンは色んな作品を見ると、大抵長生きだ」
「話それてない?」
「まあ聞けって。もし長生きなら、村が出来たときよりも長く生きていた可能性もある。そして何より外せないのは、ドラゴンがお宝を守っている、ということだ。そいつらから導き出せる推論は、もしかしたら村の人たちに宝を盗られるのを恐れて村を襲ったのではないか、ということだ」
「……つまり?」
「悪い奴と思ってたのが、実は違う可能性もある、ということさ。ドラゴンが誰かに頼まれてお宝を守っていたとしたら、どうだ?」
「……あ」
 確かに、――やり方が他にあったのではないか、と思うけど――それは正義だ。ドラゴンが誰かのためにお宝を守っていたのに、勇者が倒してそれを奪ったら、まさに勇者が悪役じゃないか。
「『鋳形に入れたような悪人は、世の中にあるはずありませんよ。平生は皆、善人なんです。少なくとも、普通の人なんです。それが、いざという間際に悪人になるのだから恐ろしいのです』……だったけな」
 父はいきなり、そんなことを言い出した。
「なにそれ」
「夏目漱石さ。たしか、『こころ』っていう小説にでてきた気がする」
「へえ」
「日本の悪役ってな、訳あってそれをやっている、っていう奴が多いんだ。それは例えば寂しさだったり、妻子を養うためだったりな。それらにもがいているために、結果悪役となってしまった、――そういう奴らが日本の作品に多く出てくるんだ。だから、日本の悪役ってのは恰好がいいというか、妙に惹かれるんだろうな」
「ふうん……」
 僕はその時、妙なことを思いついた。
「じゃあさ、もしそういった悪役を倒さないといけないとしたら、どうする?」
「ん?そうだな……」
 父はじっくりと考えた後、こう答えた。
「その悪役のいい所とか悪いことをした理由を必死に探して、それを認めて寄り添う、かなあ。それをすれば、それによっていつか更生すれば、悪役を倒してなくても悪を倒した、ってことにならないか?」
「うん、一応なるね」
 まあそれが世の中で出来たら人間苦労しないんだけどな。そう言って彼は笑い、僕もつられて笑った。月明かりの下、父と僕の笑い声は響きあった。
 なんてことはない。ただ僕が父の話に熱くなっただけ、という話だ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

逆ハーエンドということは。

竹 美津
恋愛
乙女ゲームの逆ハーレムエンドの、真のエンディングはこれだ!と思いました。 攻略対象者の家族が黙ってないよね、って。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

処理中です...