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恋人編(前編)
第29話
いろいろとムカつきます。
苦手な方は自衛してください。
─────────────
ゴメス商会の令嬢。
彼女はつい先日、俺達の前に突然現れた。
それは恋人のセレーナと一緒にギルドで食事をしていた時のことだ。
何が目的なのかは今のところハッキリとはわからないが、まとわりついてくる彼女は正直、俺にとっては面倒だった。
彼女が現れてから、セレーナが不機嫌になることが多くなった。
どうにかして彼女を宥めようとするも彼女はあの女が嫌だと拗ねるばかりだった。
恋人どころか友人すらもいたことがなかった俺には、彼女が今どんな気持ちなのか···と捉えるのはとても困難なことであった。
セレーナに会うまではほぼ1人で生活していたと言ってもいい。
それくらい俺は人間関係に乏しかった。
だが、自分のことを心配してくれているセレーナの姿に俺の心は震えた。
そして最近では、セレーナとその女は俺の両腕にまとわりついて口喧嘩や言い合いをたくさんするようになった。
その令嬢に対して全く気のない俺は、セレーナの手だけを握り安心させるように話しかけたりした。
あの女は一方的にこちらに話しかけてきていたが。
すぐにでも、令嬢の腕を振り払いたい気持ちはものすごくあった。
今この瞬間もこの先も隣にいて欲しいのはセレーナだけであるし、他人になびくなんて以ての外だったからだ。
それにまず、考えてもみて欲しい。その辺の女は普通、こんな醜い男になど好意さえ持たない。
だが、彼女は大きな商家の令嬢である。
下手をすればセレーナに害を与える可能性があるかもしれない。
そう思ってしまえば安易に手を振り払うことなどできなかった。
S級冒険者と言っても、ただ大きな依頼をこなすことのできる、ある程度お金を持った平民というだけで、大きな商家、大きな権力者相手には到底適わない。
優しくその手を振り払えばいいとかそんな風に傍からは思われるかもしれないが、やはり俺にはそのやり方がわからなかった。
本当に、難しいと思った。
恋人をどう守ればいいのか。
令嬢をどう突っぱねればいいのか。
人間関係に乏しい俺にはそれらが過酷な壁に思えた。
もういっそのことセレーナと共に逃げてしまえばいいのだろうか。とも思えてきた。
*****
ある時、また彼女達が俺の腕の引っ張りあいをしていた。
俺はどうすればいいのか分からなかったので、いつもの様にセレーナの方の手はしっかりと握り、令嬢の手は握らないでいた。
それで、怒ったのだろうか。
突然、令嬢はセレーナの足を踏みつけたのだ。
小さな声でセレーナが唸り、痛みでしゃがみこむ。
令嬢の靴は踵のとがったハイヒールだった。
あんなもので踏みつけられてしまえば、小さな彼女にはとてつもない痛みが走ることだろう。
その令嬢の行動には俺も我慢がならなかった。
無意識に「おい!」と怒鳴ってしまう。
許せなかった。
彼女に危害を加えたことが。
大きな商家だからなんだと思った。
やっぱり彼女を守るにはこの女にも立ち向かわなければと思った。
すぐさま令嬢の腕を振り払い、セレーナの元へ駆け寄る。
痛そうに顔を歪めている彼女に俺の胸まで痛くなった。
治癒魔法は使えないので、抱えて家に帰ろうと思った。
俺の今の行動はゴメス商会を敵に回したようなものだ。
だが、もういい。
セレーナの為だから、もういい。
あの後、あの女はすぐにどこかへ行ってしまった。
目的はわからない。
彼女は一体何がしたいのだろうか。
いつも俺に甘え声で話しかけているが、好意は一切感じられない。
好意よりはむしろ─────。
一瞬見せた、令嬢の揺れる瞳が頭から離れなかった。
*****
家に帰り彼女の足の手当をした後、あの女はゴメス商会の令嬢だとセレーナに伝えた。
すると彼女はやはり知らなかったのか、酷く驚いた様子でその大きな目で見開いた。
下手にでると反撃を食らうかもしれないと伝える。
まあ、今日の行動で敵に回したも同然なのだが。
すると彼女はフェルがどこかに行ってしまいそうで怖いと言った。
愛おしいと思った。
この彼女をしっかり守ろうと思った。
恐らく、令嬢は俺に好意を抱いているのではない。
まず、ありえないのだ。
俺の容姿に耐えられる存在は本当に奇跡なのに。
普通ならその辺の老若男女問わず、俺の容姿を気持ち悪がる。
ましてや好んで触れようとするやつもいない。
恋人のセレーナは美醜感覚が他とは違うらしいから例外だが。
少しでも不安がる彼女を安心させたいと思った俺は、令嬢は醜い俺をからかっているだけだと伝える。
すると、彼女が俺に醜いと言うなと言った。
フェルはかっこいいとまで言ってくれた。
俺の存在を否定しない彼女。
ああ、本当に愛してる。
愛おしくて仕方の無いこの存在に、俺は安心させるようにキスをした。
*****
「ねえ、恋人にならない?」
目の前の女がセレーナの足を踏んだ日から少し経った今日。
セレーナが仕事を終えるのを静かに待っていた俺は、前の席にどかりと座っていきなりそう言い放った令嬢の言葉に頭が追いつかなかった。
先日、怒鳴ってしまったにも関わらず、彼女の態度は相変わらずで、俺のしたことに気にも留めていないようだ。
「は?」
言われたことの意味が理解できそうになかった俺は、彼女にまたそう聞き返す。
空耳だろうか、とも思ったが彼女は続けて話し出した。
「私って、これでも美人でしょう?それもゴメス商会の令嬢!結婚の催促がすごくてね。お父様も相手を早く見つけろとうるさいのよ。兄が跡取りになって私はまあ嫁にでも入るんだろうけど、でもどうせ嫁に行くなら、親に選んでもらうよりも顔が私好みでお金もある程度持っている人がいいじゃない。」
水の入ったグラスを揺らしながら、なんてないふうに言う彼女に俺は顔を顰めた。
俺にはセレーナという可愛い恋人がいる。
当然、目の前の彼女には微塵も興味がないし、好き好んで関わりたいとも思わない。
だから令嬢の願いを受ける意味なんてない。
父親の納得する相手を見つける為に、色々なところを探し回っていたらしい彼女は、ギルドに立ち入った時にちょうど食事をしていた俺に目がいったらしい。
セレーナの前では何故か甘い声を出したり猫撫で声を出したりしているが、俺1対1で話す時はすとんと声を落として、作っていない声を出している。
もっと理由がわからない。
「俺は醜いし、お前の思うようなやつじゃない。それに俺には恋人がいるから断る。」
ハッキリと俺は彼女に拒絶を示す。
今はローブを羽織っており、常時俺の顔は彼女に見えていないが、彼女も恐らく、俺の顔を見たら失神してしまうことだろう。
それ以前に、セレーナさえいればいいので、その願いを聞き入れるわけがないのだが。
すると、目の前の彼女は
「あら。言ってなかったかしら。私、なんか周りと美醜感覚が違うのよね。」
と、あっけらかんとした表情で答えた。
その言葉に、目を見開く。
セレーナの美醜感覚もおかしいとは思っていたが、この女も···なのか?
「それでもダメだ。」
令嬢の美醜感覚がおかしくても、俺が彼女に好意を寄せる理由にはならない。
もうこれで終わりだと言うように席を立てば、いきなり彼女が俺の袖を引っ張った。
「────あら、彼女さんがどうなってもいいの?」
細めた彼女の目が俺を射抜く。
それは完全に脅しで、決して頼み事をする雰囲気ではなかった。
「呪い···かけちゃった。」
急激な殺意が、この女に芽生えた。
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