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恋人編(後編)

第39話

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 あの女の人がきっかけで起こった事件から少し経った。

 仲直りしてからは少しギクシャクして···はいなかったけれど、前よりもフェルのスキンシップが多くなってきた気がする。

「フェル、もうそろそろ離してくれない?お手洗いに行きたいんだけど···。」

「駄目だ。離してやれない。お手洗いか···わかった。俺が連れていこう。」

「いや、遠慮します!」

 と言ったような感じで、フェルはなかなか私を離してくれない。

 嬉しい。すごく嬉しいのだけれど···お手洗ぐらいは一人で行かせて欲しい。
 まあ、それほど彼は罪悪感を抱いているのだろうが。

 「ーーフェル?あのね。あのことで色々と考えてたりしてるんだろうけど···私はもう気にしてないよ?それに、私も本当のフェルを見極められなかったし···」

「ーーっ!あれはセレーナが悪いんじゃない!俺が···!」

 フェルが続きを発する前に、それを遮るように私は彼に抱きついた。
 ふわりと彼の匂いが鼻腔をつく。安心してドキドキする大好きな人の匂い。

「もういいから、ね?気にしてないといえば嘘になるけど、フェルディナントのこと愛してるから。ずっとそばにいさせてくれるだけで幸せだから。」

 そう。
 あんな試練があったけれど、私がフェルを好きなのには変わりない。
 それに、いつまでも過去の事をウジウジしていたくない。過去にばかり縛られていたくないから。
 今回のことは、私達にこれから待ち受ける試練に生かしていけばいい。
 だからそんなに追い詰めないで。自分を。フェルを。余計なお世話かもしれないけれど。

「ーー分かった。セレーナ、本当にごめんな。それと、俺も愛してる。」

 熱い抱擁と熱いキスを混じえた私は、うっとりとこの幸せなひと時を味わったのだった。

「ところで、お手洗いに行ってもいい?」

 *****

「ええ?!両親に会いたい?!」

「ああ。そろそろセレーナの両親に挨拶がしたいし。」

 彼の言葉に私の顔が真っ赤になった。
 あの後も変わりなくラブラブな毎日を過ごしていた私達。
 今日は午後から仕事がお休みだったので、家でのんびりとしていた。フェルも私が休むならと(いつもの事だけど)一緒にお仕事をお休みした。一緒にのんびり生活だけでも幸せ。

 そんな感じで私はフェルの胡座あぐらの中でゆったりと幸せタイムを過ごしていた。
 そんな時フェルが突然「両親にそろそろ挨拶をしようか」と言い出し、私は驚いていたのである。

 あれだよね。結婚とか考えてくれてるってことだよね。
 彼がこの先も私と一緒にいてくれる未来を夢見てくれていると思うと、胸が歓喜でキュンとした。嬉しい。そしてハッピー。
 同時に、そうか···彼はもうそこまで考えてくれているのか、と私は彼の言葉に少しの間沈黙した。
 もちろん、彼とはずっと一緒にいたい。 というか、ずっと一緒にいさせて頂きたい。
 ───だが、

「フェルは、本当に私でいいの?」

 そう思ってしまったのだ。

 あの美女の件もそうだ。
 これから先もまた同じように、私みたいなこの世界とは美醜感覚が違う人と出会うことがあるかもしれない。
 私よりも美しい人がフェルに恋をするかもしれない。
 それで彼も違う女の人の所へ行ってしまったら···。それこそ私は泣いて泣いて号泣しまくるだろう。渡すつもりなど微塵もないが。
 でもやっぱり不安で。
 私はフェルが傍にいないとやっていけない。
 フェルの隣にずっといたい。
 
「当たり前だ!セレーナがいいんだ。」

 フェルが叫ぶようにして、私の言葉を否定した。
 
「それに、セレーナじゃなきゃ駄目なんだ。」

 フェルが泣きそうな顔をして、私の肩に顔を埋める。
 その言葉に、
 彼が心から私を愛してくれていることが分かる。
 彼が心から私を必要としてくれていることが分かる。

 そうだよね。私は何に怯えていたのだろう。
 もし離れていかれたとしても縋りつけばいい。
 もし離れていこうとしたら、グーパンチをお見舞いしてやればいい。
 自称肉食系女子の私だもの。大丈夫。大丈夫。
 
 安心と嬉しさとが入り交じり、上機嫌になった私はよしよしと彼の頭を撫でた。
 気持ちいい。フェルの髪の毛は一本一本がまるで絹の糸みたいで触り心地が良かった。サラサラとしていて、ずっと撫でていたいくらいだ。

 うふふと彼の髪の毛を堪能し始める私を、彼は顔を上げて見つめた。
 じっと彼の視線を感じる。

「私も、フェルディナントじゃなきゃ嫌。」

 ニコリとフェルと目を合わせてそう言えば、彼はまたも私の肩に顔を埋めた。
 フェルもまた私と同じで泣き虫になったのかもしれない。私の服の肩辺りが少し濡れてきたような気がする。

 真っ赤になっている彼の耳が視界に入ってくる。私よりもずっと大きな彼のその姿に、その愛しさに私の胸が熱くなった。
 そして私はまた、彼をよしよしと撫でるのであった。

 フェルと一緒に、いつ両親に会いに行こうかな。
 私はおばちゃんに仕事の休暇を貰おうと思った。

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