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番外編
男の嫉妬ほど可愛いものはない
「宗介、どうしました? そんな不貞腐れて」
「うるせぇ」
番頭部屋に居座り茶をすする宗介は銀次の言葉にそっぽをむく。
沖ノ屋を辞めた銀次は、店を取り仕切る番頭として玉屋で働き始めた。後々は玉屋の楼主を継ぐため、店を回す経験を積んでいるところだ。今も番台の前に腰掛け、昨晩の売り上げの金勘定に、忙しなく算盤を弾いている。
「私も忙しいんですよ、お大尽さまと違ってね。そんなことより、雛菊はどうしたんですか?」
「あぁ……、雛菊はじじいのところだ」
『じじい』の言葉に合点がいったのか、銀次が残念な目を宗介へと向ける。
「紀伊国屋の大旦那様ですか。それはまた……、ご愁傷さま」
「じじいが相手じゃ、俺は何も出来ねぇ。かれこれ三時間か。ずっと待ちぼうけさ」
宗介は畳の上へと寝転ぶと大きなため息を吐いた。
紀伊国屋の大旦那には、宗介は一生頭が上がらない。雛菊の水揚げのおり、彼女の春を守るため宗介は紀伊国屋の大旦那と賭けをしたのだ。
当時、商売を学ぶため紀伊国屋に奉公へと出ていた宗介は、自分の人生を賭けた大勝負に出た。
雛菊の水揚げ代を稼ぐため大旦那に十年分の給金を前借りし、それを元手に南蛮から渡来した時計に目をつけ、商売を始めた。
時計と漆塗りの漆器技法を融合させた和時計なるものを材木問屋として名を轟かせる紀伊国屋の伝手を使い、公家や大名相手に売り込んだ。その美術的価値と物珍しさに、たちまち和時計は話題となり、莫大な富を宗介へともたらした。
その裏で、大旦那が大枚を叩いていたのは言うまでもなく、博打のような賭けに乗ってくれた大旦那に、宗介は今でも感謝し、尊敬の念を抱いている。
しかし、大旦那は宗介にとっての大恩人とはいえ、雛菊が絡めば話は別だ。しかも大旦那は雛菊に対する宗介の長年に渡る恋心を知っているからこそ余計にタチが悪い。老後の道楽と言い張り、何かにつけて宗介と雛菊の仲にちょっかいをかけてくる。
今夜も雛菊を独占するべく、あらゆる手を尽くし、彼女の馴染みを蹴散らしたというのに、玉屋へ来てみれば、ちゃっかり大旦那が雛菊を座敷に呼んでいた。
「まぁ、大旦那様相手では我々は赤子も同じ。あきらめた方が気が楽というものです。宗介も今夜はあきらめて帰ったら如何ですか?」
「何を言いやがる! そんなことしてみろ。それこそ、じじいの思う壺だ。あの野郎、俺が身請け話を雛菊に蹴られたこと、腹抱えて笑いやがったんだぜ。恋に試練は付き物だとか、ほざきやがって」
「それはまた……、完全に遊ばれていますね」
雛菊と心を通じ合わせたあの日、宗介はあのまま雛菊の身請け話を成立させる心づもりだった。
しかし、床を共にした翌朝、改めて雛菊に夫婦になろうと言った宗介に彼女は、きっぱりと言った。
『身請け話は受けられない。二十七の年季明けまで、あと二年待ってくれ』と。
始めは宗介も食い下がった。しかし、『幼い雛菊の命を助けてくれたのは宗介様でも、花魁という最高位まで上りつめられたのは玉屋の楼主を始め、玉屋の仲間がいたからだ。恩返しが出来るまでは嫁に行けない』と言われてしまえば、それ以上の無理強いは出来なかった。
結局、宗介は雛菊が客と床を共にしないことを条件に、年季明けのあと二年待つことを了承した。
「あぁぁ、こんな事になるなら、無理矢理にでも身請け話を通しゃあよかった」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。玉屋にとっては、宗介に通ってもらった方がいいからねぇ。良くも悪くも、宗介は吉原一の遊び人ですから。あなたが、玉屋に通い続ける限り、我が楼は安泰です」
満面の笑みを浮かべ宣う銀次に宗介が胡乱な視線を投げる。
「うるせぇ」
番頭部屋に居座り茶をすする宗介は銀次の言葉にそっぽをむく。
沖ノ屋を辞めた銀次は、店を取り仕切る番頭として玉屋で働き始めた。後々は玉屋の楼主を継ぐため、店を回す経験を積んでいるところだ。今も番台の前に腰掛け、昨晩の売り上げの金勘定に、忙しなく算盤を弾いている。
「私も忙しいんですよ、お大尽さまと違ってね。そんなことより、雛菊はどうしたんですか?」
「あぁ……、雛菊はじじいのところだ」
『じじい』の言葉に合点がいったのか、銀次が残念な目を宗介へと向ける。
「紀伊国屋の大旦那様ですか。それはまた……、ご愁傷さま」
「じじいが相手じゃ、俺は何も出来ねぇ。かれこれ三時間か。ずっと待ちぼうけさ」
宗介は畳の上へと寝転ぶと大きなため息を吐いた。
紀伊国屋の大旦那には、宗介は一生頭が上がらない。雛菊の水揚げのおり、彼女の春を守るため宗介は紀伊国屋の大旦那と賭けをしたのだ。
当時、商売を学ぶため紀伊国屋に奉公へと出ていた宗介は、自分の人生を賭けた大勝負に出た。
雛菊の水揚げ代を稼ぐため大旦那に十年分の給金を前借りし、それを元手に南蛮から渡来した時計に目をつけ、商売を始めた。
時計と漆塗りの漆器技法を融合させた和時計なるものを材木問屋として名を轟かせる紀伊国屋の伝手を使い、公家や大名相手に売り込んだ。その美術的価値と物珍しさに、たちまち和時計は話題となり、莫大な富を宗介へともたらした。
その裏で、大旦那が大枚を叩いていたのは言うまでもなく、博打のような賭けに乗ってくれた大旦那に、宗介は今でも感謝し、尊敬の念を抱いている。
しかし、大旦那は宗介にとっての大恩人とはいえ、雛菊が絡めば話は別だ。しかも大旦那は雛菊に対する宗介の長年に渡る恋心を知っているからこそ余計にタチが悪い。老後の道楽と言い張り、何かにつけて宗介と雛菊の仲にちょっかいをかけてくる。
今夜も雛菊を独占するべく、あらゆる手を尽くし、彼女の馴染みを蹴散らしたというのに、玉屋へ来てみれば、ちゃっかり大旦那が雛菊を座敷に呼んでいた。
「まぁ、大旦那様相手では我々は赤子も同じ。あきらめた方が気が楽というものです。宗介も今夜はあきらめて帰ったら如何ですか?」
「何を言いやがる! そんなことしてみろ。それこそ、じじいの思う壺だ。あの野郎、俺が身請け話を雛菊に蹴られたこと、腹抱えて笑いやがったんだぜ。恋に試練は付き物だとか、ほざきやがって」
「それはまた……、完全に遊ばれていますね」
雛菊と心を通じ合わせたあの日、宗介はあのまま雛菊の身請け話を成立させる心づもりだった。
しかし、床を共にした翌朝、改めて雛菊に夫婦になろうと言った宗介に彼女は、きっぱりと言った。
『身請け話は受けられない。二十七の年季明けまで、あと二年待ってくれ』と。
始めは宗介も食い下がった。しかし、『幼い雛菊の命を助けてくれたのは宗介様でも、花魁という最高位まで上りつめられたのは玉屋の楼主を始め、玉屋の仲間がいたからだ。恩返しが出来るまでは嫁に行けない』と言われてしまえば、それ以上の無理強いは出来なかった。
結局、宗介は雛菊が客と床を共にしないことを条件に、年季明けのあと二年待つことを了承した。
「あぁぁ、こんな事になるなら、無理矢理にでも身請け話を通しゃあよかった」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。玉屋にとっては、宗介に通ってもらった方がいいからねぇ。良くも悪くも、宗介は吉原一の遊び人ですから。あなたが、玉屋に通い続ける限り、我が楼は安泰です」
満面の笑みを浮かべ宣う銀次に宗介が胡乱な視線を投げる。
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