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後編

死の真相

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「アンドレ様は、やはりターナーさんとの間に生まれた子でしたか」

 落ち着きを取り戻したミーシャ様は、悪女の仮面を脱ぎ、ポツリポツリと真相を話し出した。

「平民へと下り、親子三人で暮らして行くと言った私に姉さんは、侮蔑の言葉を浴びせた。お嬢様育ちの私が平民になったところで生きていける訳ない。姉さんのところに金の無尽に来るのがオチだと」

 オリビア様の苦言は的を得ている。平民の暮らしは、貴族が思う以上に過酷なものだ。
 手に職を持っていればまだ良い。その日暮らしをしている者も多く、物乞いや、施しという名の教会や貴族からの慈善事業で命を繋いでいる者もいる。
 使用人に身の回りの世話をされて当たり前、その日生きられるかを心配する必要もない環境で育った貴族令嬢が平民へと降り生きていくなど、生半可な覚悟では無理だ。
 しかも、当時ミーシャ様は身篭の体だった。平民に降ったとしても、オリビア様の言葉通り、あっという間に生活は破綻しただろう。

「今なら、姉さんが言っていたことが正しかったとわかるわ。でも、当時の私はターナーとの秘密の関係を応援してくれていた姉の変わり様に、怒りしか湧かなかった」

「だから、殺そうと思った?」

「いいえ、殺すつもりなんてなかった。私達二人の関係を認め、これからも援助してもらえるよう脅すだけのつもりだった。アリシアの出生の秘密も知っていたし、それを材料に脅せば上手く行くと思っていた。姉さんは、殊更にサーシャ様の忘れ形見、アリシアを大切にしていたから」

 恋人のような関係だったオリビア様とサーシャ様。穏やかで、幸せな日々は悪魔の手により穢され、壊された。サーシャ様と言う最愛の人を失う、最悪な結末で。そんな中、遺されたアリシア様。オリビア様はどんな想いを抱き、最愛の人の忘れ形見を育てて来たのだろうか。もっとも憎むべき相手、バレンシア公爵の妻という立場で。

 オリビア様の心中を考えると胸が軋むように痛い。

 そして、あの報告書が正しければ、死期を悟ったオリビア様は、一番にアリシア様の将来を憂いたのではないだろうか。

 あんなにサーシャ様に似ているアリシア様だ。今は幼なくとも、いつかは成長し、母に似てくるだろうと。そうなれば、あの悪魔が何をするかわからない。サーシャ様の二の舞になる可能性すらある。
 当時のオリビア様が、そう考えたのは自然な流れだったのかもしれない。

「あの日……、私は姉さんから晩餐への招待を受けていた。一月に一回、私達姉妹は一晩を過ごし、お互いの近況を話す事に決めていたの。あの夜も、定例の報告会を兼ねた晩餐だった。二人で食事をし、たわいない会話を交わし、妊娠の経過が順調かと聞かれ、ターナーの病気が悪化してないかと心配され、まったく変わらない夜を過ごしたわ。それが、私には腹立たしかった。私にあんな辛辣な言葉を吐いたのに、それを忘れたかのように、いつもと変わらない姉に。だから、計画を実行する事を決めたの」

「そして、運命の夜は訪れた。――――、あの晩、オリビア様が亡くなった日、何があったのですか?」

「あの晩、皆が寝静まった頃、姉の部屋を訪ねたの。バレンシア公爵邸に泊まる時は、昔みたいに姉さんと一緒に眠りたかったから、よく夜中に忍び込んでいたわ。あの夜も姉さんは起きていると思った。軽くノックすれば開くはずの扉が、あの晩は開かなかった。不審に思い、ドアノブを回せば、簡単に扉は開いたの。だけど、室内は真っ暗で、雨の音だけが静かな部屋に響いていた。その時、稲光が室内を照らし、雷鳴が轟いたの。ベッドに横たわる姉さんの顔を見た瞬間、私はその場を逃げ出した」

「ミーシャ様、あなたはブラックジャスミンの中毒で死んだ者の顔を見たことがあったのですね」

 震える両手で顔を覆い言葉を発しないミーシャ様の態度が、私の問いが正しいことを示していた。

「姉さんの頬と唇は赤く、顔は死人のように白く、それはそれは美しい死顔だった。大昔からブラックジャスミンの毒を精製してきたノートン伯爵家の人間は誰もが、ブラックジャスミンの毒性を真っ先に学ぶ。もちろん、中毒死した者の顔も見たことがあるわ。だから、姉さんの顔を見て、即座に理解した。ブラックジャスミンによる中毒死だと」

「では、なぜ逃げ出したのですか? その時、すぐに人を呼んでいればオリビア様の命は助かったかもしれない。そして、こんなややこしい事態にもならなかったかもしれないのに」

「こんな事を言っても言い訳にしか聞こえないでしょうけど、たとえあの時、私が人を呼んで応急処置をしても、姉さんは助からなかったわ」

「それは、なぜですか?」

「ブラックジャスミンの解毒は、とても難しいの。タイミングを間違えれば、たとえ星の雫があっても助からない。毒を飲んで数分で、星の雫は効かなくなる。ブラックジャスミンの中毒死の特徴でもある紅をさしたような赤い唇になった時点で、もう助からない」

 ブラックジャスミンの毒は、人を眠らせるように死なせるという。

 手足の自由を奪われ、思考を奪われ、眠るように意識を奪われ、死んでいく。そして、紅をさしたように赤い唇となり、頬は血色のいい赤色に染まる。まるで、美しい死に化粧を施したような顔に、ブラックジャスミンは、別名を死神の花嫁と呼ばれている。つまりは、唇が赤く染まった時点で、もう助からない。

「あの時、姉さんを脅すために短剣を持っていた私は、逃げるしかなかった。こんな場面、誰かに見つかれば、真っ先に私が疑われる。姉の部屋を飛び出した私は、客間に戻って寝れない夜を過ごし、朝を迎えた。そして、姉の死体が発見され、私は悲しむ妹を演じるしかなかった。これが、姉さんが死んだ日の晩に起こった全てよ」

 そう言ったきりミーシャ様は俯き、言葉をとじてしまった。

――――、これ以上、姉オリビア様の名を穢さないように。
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