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後編
悔恨
今にもバレンシア公爵に掴みかからんばかりに興奮しているルドラ様をどうにか落ち着かせ、近くの椅子へと座らせる。
チラッと公爵の様子を伺えば、項垂れ力なく椅子に座り微動だにしない。
私の予想は当たっていた。最悪な形で。
『サーシャ様は、兄であるバレンシア公爵の手により殺された』
そんな疑問を持ったのは、ミーシャ様にオリビア様の死の真相を聞いたときだった。
サーシャ様は、望まぬ形でアリシア様を身籠った。そして、彼女はアリシア様を産んだ。兄であるバレンシア公爵の監視下の元で。
つまりは、アリシア様は恋人だったオリビア様と引き離され、兄であるバレンシア公爵によって監禁されていたのだ。そして、不本意な形でアリシア様を身籠った。
生まれたばかりのアリシア様が、なぜ母から引き離され乳母の家へと預けられたのか?
それも、監禁されていたサーシャ様ではアリシア様を育てるのは難しいからと考えれば納得出来る。
しかし、何らかのトラブルがあり、サーシャ様は死んでしまった。突然の恋人の死に不審を抱いたオリビア様は、バレンシア公爵の関与を疑い調べていく中で、アリシア様の存在を知ったのではないだろうか。
そして、恋人を死に追いやった公爵に復讐するためにバレンシア公爵家へと嫁いだ。
「父上、いったいどう言うことなのです。サーシャ様……、アリシアの母は病死したと聞いています。違うのですか?」
強く発せられたルドラ様の言葉に、バレンシア公爵の身体がビクッと揺れる。
「……、どうなんです? 黙っていないで、答えてください!!」
「バレンシア公爵様。ルドラ様には知る権利があります。なぜ、自分がミーシャ様に虐げられなければならなかったのか? なぜ、実母オリビア様が、自らの手で死を選ばねばならなかったのか? そして、すべての悲劇の原因、アリシア様の誕生の裏でいったい何が起こったのか? 彼ら……、ルドラ様とアリシア様には、それを知る権利があるのではないですか?」
力なく項垂れたバレンシア公爵の身体が小刻みに揺れる。
彼は涙しているのかもしれない。己の罪の重さに。
「バレンシア公爵! あなたは、愛するサーシャ様の忘れ形見、アリシア様まで見殺しにするつもりですか!? あなたの中に我が子への愛情が少しでも残っているのであれば、話すべきです。すべてを。そして、赦しをこうてください。あなたによって人生を狂わされたルドラ様とアリシア様に」
重苦しい空気に包まれた部屋を打ち破るように放たれた言葉に、とうとうバレンシア公爵が保ち続けた沈黙が破られる。
『サーシャと私は、年の離れた兄妹だった』
そんな言葉から始まったバレンシア公爵の昔語りは、私の想像を遥かに超える身勝手極まりないものだった。
悲劇の始まりは、バレンシア公爵がちょうど二十歳を迎えた頃、両親を乗せた馬車が崖から転落し帰らぬ人となったことから始まる。若くしてバレンシア公爵家の当主となった当時、サーシャ様は、十歳になったばかりだった。
両親の突然の死に、慣れない当主としての仕事。彼の支えは、サーシャ様だけだった。それから数年が経ち、当主としての仕事にも慣れてきた頃、サーシャ様の結婚話が出たそうだ。
まだ幼い子供だとばかり思っていたサーシャ様も、気づけば成熟した女性へと成長していた。デビュタントを済ませれば、結婚話が上がるのは貴族令嬢であれば当然の話だった。
しかし、その結婚話は頓挫する。サーシャ様が泣いて嫌がったのを幸いに、バレンシ公爵は、その結婚話を蹴る。己の心の中に芽生えた彼女に対する仄暗い恋心を隠して。
その後も、サーシャ様へと舞い込む結婚話をことごとく潰していくバレンシア公爵だったが、己の恋心をサーシャ様に伝えることはしなかった。ただ、兄妹二人だけで幸せに暮らせれば、それで満足だった。
しかし、バレンシア公爵の仄暗い欲望は、オリビア様とサーシャ様の秘密の関係を知った事で、狂気へと変貌した。
サーシャ様からオリビア様との関係を打ち明けられた公爵は、妹を監禁し、抵抗する彼女を押さえつけ無理やり事に及んだ。そして、サーシャ様は、アリシア様を身籠った。
「アリシアを身籠ったサーシャは、段々と壊れていった。徐々にお腹が大きくなるにつれ、自傷行動も増えていき、いつ自死してもおかしくない状態まで、妹は追い込まれていた。このままでは、いつサーシャが死んでしまうかもわからない。私は、彼女の望み、オリビアとの再会を叶えるしかなかった」
兄に犯され、身籠ってしまったサーシャ様にとっては、オリビア様だけが希望の光だったのかもしれない。
「サーシャの望み通り、私は彼女をオリビアに託し、アリシアが生まれるまで、サーシャには会わないと約束させられた。そして、待ちに待ったアリシア誕生の日、久方ぶりに再会したサーシャの姿に愕然とした。オリビアの隣で、アリシアを腕に抱き幸せそうに笑うサーシャの姿。そこに、私の居場所はなかった」
「だから、奪ったのですね」
「あぁ……、書類上の手続きがあるとサーシャを騙し、バレンシア公爵家に連れ帰った。そして、アリシアを奪い、乳母の家へと押し付け、サーシャを監禁した」
なんて、ひどい……
サーシャ様の絶望は計り知れない。
「まさか……、バレンシア公爵の仕打ちがサーシャ様を凶行へと走らせた?」
「監禁されたサーシャは、護身用のナイフを持ち出し、『アリシアと共にオリビアのところに戻さねば、今この場で死ぬ』と私を脅した。どうにか宥めようとしたが、揉み合っているうちに、ナイフがサーシャの首を引き裂いた」
サーシャ様の死因は、事故死。
ただ、バレンシア公爵が殺したも同然だ。
サーシャ様は死ぬつもりなどなかったのだ。愛する人と愛する我が子との幸せな人生を勝ち取るために、悪魔へと決死の戦いを挑んだ。
許せない。
自分の欲望のために、他人の人生を踏みにじるバレンシア公爵の行いは、悪魔の所業としか思えない。
力なく首を垂れるバレンシア公爵を見つめ、はらわたが煮え繰り返る。
この男は、本当に自分の行いを悔いているのだろうか? 悔いていれば、実の子を蔑ろになどしないだろう。
結局のところ、目の前の男はサーシャ様が亡くなってからの数十年、現実に目を背け逃げていただけ。言動からも、そう思えてならない。
バレンシア公爵の話をルドラ様はどう思っているのだろうか?
スッと視線をルドラ様に移した時だった。ずっと沈黙を保っていたルドラ様が立ち上がり、止める間もなくバレンシア公爵の胸倉を掴み、殴り飛ばしていた。そして、床へと転がったバレンシア公爵の身体の上へとルドラ様が馬乗りになり、もう一発殴る。
「一発は、母さんの分。そして、もう一発はサーシャ様の分」
ガツッという鈍い音を響かせ、ルドラ様の拳が振り下ろされるが、私は止めなかった。
「最後の一発は、アリシアの分だ! 俺は……、俺は、あんたを一生ゆるさない。母さんやサーシャ様、そしてアリシアの人生をめちゃくちゃにしたあんたが一生許されることはない」
怒りを抑え放たれる言葉の重みを、今やっと愚かな男も理解しているのだろうか。
頬を赤く腫らし、静かに虚空を見つめる男の目には、ルドラ様を通し、今まで踏み躙ってきた者達の顔が写っているのだろう。
「――――ただな。アリシアにとっては、憎いあんたでも、父親なんだよ。唯一、血の繋がった家族なんだよ。だから、頼む。これ以上、アリシアを苦しめないでくれ」
吐き捨てるように紡がれた言葉を最後に、ルドラ様は立ち上がると、扉へと歩き出す。
彼らが顔を合わせることは、もうないだろう。
しかし、血は繋がっていなくとも、ルドラ様もまた、バレンシア公爵の家族なのだ。そのことを身に染みて理解しているであろう、男の目から雫がひとつ流れ落ちる。
「明日、アリシア様は、裁判にかけられます。サーシャ様の遺された唯一の忘れ形見です。悔いなきように」
床に転がり嗚咽を堪えるバレンシア公爵をいちべつし背を向けると、扉へと歩き出した。
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