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前編(ミレイユ視点)
④
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「ミレイユ、護衛騎士を辞めた後はどうするのだ? お前の希望を叶えることも出来る。言ってみよ」
「オークの里へ帰ろうと思います」
「ほぉ、オークの里へ……。ディーク様の護衛となり数十年、里帰りも出来なかったか。承知した。オークの里へ戻った後、もう一度、王城で働く気になったなら、これを飛ばしなさい」
そう言って、ハルト公爵が空中にサラサラと魔法陣を描く。その様子を唖然と見つめていると、パタパタと羽ばたく真っ黒な蝙蝠が魔法陣から飛び出し、私の手にとまった瞬間、真っ黒な封筒へと姿を変えた。
「手紙を書き、その封筒に入れ飛ばせば、確実に私の手元に届く。何か困ったことがあれば使いなさい」
「ありがとうございます、ハルト公爵様」
「いいや、良いのだ。ミレイユは、私にとって娘みたいなものだからな。お前と出会って数十年、なかなか覚醒しないディーク様との日々は、ミレイユにとっても辛かったであろう」
「いいえ、そんな事はございません。幼きディーク様との日々は、良き思い出ばかりです」
「しかし……、本来であれば数年で覚醒に至るはずが、数十年もかかれば、その年月の分だけ危険も増す。ディーク様に、魔力攻撃は効かないとはいえ、物理攻撃を毎回防ぐのは難儀であったろう。たくさん怪我もさせた。ミレイユ、すまなかった。お前がいなければ、ディーク様の覚醒はなかった。心から感謝している」
ハルト公爵の言葉に胸がつまる。
三大悪魔公の一人、ハルト様にとって最下層のオークなど、取るに足らない存在。本来であれば、こうしてお目にかかることも叶わぬ雲上人なのだ。
そんな尊き御方から『娘のように思っていた』と言われるなど、これほどの栄誉はない。
ハルト公爵の一言に今までの苦労が全て報われたような気がして、自然と瞳から涙がこぼれ落ちる。
私は、その場に跪き頭を垂れる。
「ハルト公爵様、ありがたき幸せ。数十年もの長きに渡り、お世話になりました」
「ミレイユ、いつオークの里へ出立するのだ?」
「今夜にでも」
「それはまた、急な話ではないか。明日の式典は見てゆかぬのか? ディーク様の晴れ姿であるぞ」
「はい。去り難くなりますゆえ」
「そうか……、寂しくなるな」
そっと頭に置かれたハルト公爵の手に私の涙腺はとうとう崩壊した。パタパタと落ちる涙の雫が、床へと滲み広がっていく。私は、立ち上がると深々とハルト公爵へと頭を下げ、踵を返し駆け出すと執務室を飛び出した。
「オークの里へ帰ろうと思います」
「ほぉ、オークの里へ……。ディーク様の護衛となり数十年、里帰りも出来なかったか。承知した。オークの里へ戻った後、もう一度、王城で働く気になったなら、これを飛ばしなさい」
そう言って、ハルト公爵が空中にサラサラと魔法陣を描く。その様子を唖然と見つめていると、パタパタと羽ばたく真っ黒な蝙蝠が魔法陣から飛び出し、私の手にとまった瞬間、真っ黒な封筒へと姿を変えた。
「手紙を書き、その封筒に入れ飛ばせば、確実に私の手元に届く。何か困ったことがあれば使いなさい」
「ありがとうございます、ハルト公爵様」
「いいや、良いのだ。ミレイユは、私にとって娘みたいなものだからな。お前と出会って数十年、なかなか覚醒しないディーク様との日々は、ミレイユにとっても辛かったであろう」
「いいえ、そんな事はございません。幼きディーク様との日々は、良き思い出ばかりです」
「しかし……、本来であれば数年で覚醒に至るはずが、数十年もかかれば、その年月の分だけ危険も増す。ディーク様に、魔力攻撃は効かないとはいえ、物理攻撃を毎回防ぐのは難儀であったろう。たくさん怪我もさせた。ミレイユ、すまなかった。お前がいなければ、ディーク様の覚醒はなかった。心から感謝している」
ハルト公爵の言葉に胸がつまる。
三大悪魔公の一人、ハルト様にとって最下層のオークなど、取るに足らない存在。本来であれば、こうしてお目にかかることも叶わぬ雲上人なのだ。
そんな尊き御方から『娘のように思っていた』と言われるなど、これほどの栄誉はない。
ハルト公爵の一言に今までの苦労が全て報われたような気がして、自然と瞳から涙がこぼれ落ちる。
私は、その場に跪き頭を垂れる。
「ハルト公爵様、ありがたき幸せ。数十年もの長きに渡り、お世話になりました」
「ミレイユ、いつオークの里へ出立するのだ?」
「今夜にでも」
「それはまた、急な話ではないか。明日の式典は見てゆかぬのか? ディーク様の晴れ姿であるぞ」
「はい。去り難くなりますゆえ」
「そうか……、寂しくなるな」
そっと頭に置かれたハルト公爵の手に私の涙腺はとうとう崩壊した。パタパタと落ちる涙の雫が、床へと滲み広がっていく。私は、立ち上がると深々とハルト公爵へと頭を下げ、踵を返し駆け出すと執務室を飛び出した。
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