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前編(ミレイユ視点)
⑨
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「ディーク様、ミレイユだからこそ側に置きたいと言ってくださった御言葉、感激の極みでございます」
「でしたら、このまま――――」
「――――、聡いディーク様なら気づいているはずです。私が貴方様の側に居続けるリスクを。私達は、離れるべきなのです。ディーク様、もうやめにしましょう。貴方様は、立派な魔王になられた。もう、母親代わりの存在は必要ないのです。どうか、伴侶となられる御方との未来をお考えください」
私の言葉に、ディーク様は今、何を思う。
それを知るのも怖くて目を瞑り、顔を背けた私の上から感情を抑えているかのような、抑揚のない声が降り注ぐ。
「ミレイユ……、私は貴方の事を一度たりとも母の代わりと思ったことはない」
感情を押し殺した声に、僅かにのった怒りの感情を敏感に察知した私は、己の過ちにようやく気づいた。
なんて、驕った発言をしてしまったのだろうか。
ディーク様にとって、産みの親である前魔王様は特別な存在。底辺の女オークに母の存在を重ねて見ていたなんて考える事自体、自分の存在がディーク様にとって特別だと、傲慢な考えをしていたと言わざる負えない。
「申し訳ありません!! ディーク様。前魔王様の母親代わりだなんて、身のほど知らずの不敬な発言でした。亡き母上は、ディーク様にとって特別な御方だと言うのに……。どんな罰でも受けます。死して償えと言われるなら、その通りに――――」
「前魔王が、特別な存在? くく、己の欲しか頭にない者達が、私の特別な訳がない。どこで生きていようが、死んでいようが興味すらない。今も、昔も、私にとって特別なのは、ミレイユ……、貴方だけです」
スッと伸ばされたディーク様の指先が、私の頬を伝い唇へと落ちていく。辿られた跡が、ジンジンと熱を持ち、甘い痺れが広がっていく。
「ミレイユ、貴方が私の想いを勘違いしているのは分かっていました。でも、それでも良かった。覚醒することも出来ない欠陥品の私に、この想いを貴方に伝える資格なんてない」
「欠陥品だなんて、ディーク様は欠陥品なんかじゃない!!」
「どんなに私の立場が悪くなろうと、誰もが私の存在に疑問を持とうと、最後まで私を信じ続けてくれたのは、ミレイユ、貴方だけでしたね」
「そんなの当たり前です! 主人を疑う従者がいましょうか。私は、ディーク様の護衛騎士に任命された時に誓いました。騎士たるもの己の命を賭して主を守るもの。ディーク様が、守るに足る存在であると認めたからこそ、私は貴方様の護衛騎士となったのです」
「確かに、森の戦士と呼ばれるオーク族は、誰にでも尻尾をふる尻軽ではありませんでしたね。誇り高き戦士。主と決めた者を裏切ることは絶対にない」
「当たり前です」
「しかし、気まぐれな魔族の世界では、裏切りは日常茶飯事。命を狙われ続ける生活の中、絶対的な味方がいるのと、いないのとでは、力を持たない私にとっては死活問題だったのです。ミレイユ、貴方の存在は、私の救いでした。だからこそ、中途半端な私では、貴方に想いなど告げられなかった」
真っ白なディーク様の指先が、私の唇をゆっくりなぞる。その行為に頭の中では警鐘が鳴る。
今逃げなければ、囚われてしまうと。
魔界を照らす月のように美しく、怪しい赤い瞳に捕らわれた時、私の頭の中は霞がかる。
あの時と同じ……、目を逸らさなければ、囚われる。
しかし、時にすでに遅かった。
ディーク様の唇に、唇を塞がれ、驚きからわずかに開いた口から歯列を割られ侵入した舌先に、口内を蹂躙される。じゅる、くちゅっと響く卑猥な音が耳を犯し、脳を酩酊させる。
橙色に光る室内灯に、二人の唇を繋ぐ銀糸が怪しく光る。
その様を美しいなと、ぼんやり眺めていた私の耳に落とされた甘い誘惑。それに抗うだけの気力は、もう残っていなかった。
――――、ミレイユ、貴方だけが欲しい。
「でしたら、このまま――――」
「――――、聡いディーク様なら気づいているはずです。私が貴方様の側に居続けるリスクを。私達は、離れるべきなのです。ディーク様、もうやめにしましょう。貴方様は、立派な魔王になられた。もう、母親代わりの存在は必要ないのです。どうか、伴侶となられる御方との未来をお考えください」
私の言葉に、ディーク様は今、何を思う。
それを知るのも怖くて目を瞑り、顔を背けた私の上から感情を抑えているかのような、抑揚のない声が降り注ぐ。
「ミレイユ……、私は貴方の事を一度たりとも母の代わりと思ったことはない」
感情を押し殺した声に、僅かにのった怒りの感情を敏感に察知した私は、己の過ちにようやく気づいた。
なんて、驕った発言をしてしまったのだろうか。
ディーク様にとって、産みの親である前魔王様は特別な存在。底辺の女オークに母の存在を重ねて見ていたなんて考える事自体、自分の存在がディーク様にとって特別だと、傲慢な考えをしていたと言わざる負えない。
「申し訳ありません!! ディーク様。前魔王様の母親代わりだなんて、身のほど知らずの不敬な発言でした。亡き母上は、ディーク様にとって特別な御方だと言うのに……。どんな罰でも受けます。死して償えと言われるなら、その通りに――――」
「前魔王が、特別な存在? くく、己の欲しか頭にない者達が、私の特別な訳がない。どこで生きていようが、死んでいようが興味すらない。今も、昔も、私にとって特別なのは、ミレイユ……、貴方だけです」
スッと伸ばされたディーク様の指先が、私の頬を伝い唇へと落ちていく。辿られた跡が、ジンジンと熱を持ち、甘い痺れが広がっていく。
「ミレイユ、貴方が私の想いを勘違いしているのは分かっていました。でも、それでも良かった。覚醒することも出来ない欠陥品の私に、この想いを貴方に伝える資格なんてない」
「欠陥品だなんて、ディーク様は欠陥品なんかじゃない!!」
「どんなに私の立場が悪くなろうと、誰もが私の存在に疑問を持とうと、最後まで私を信じ続けてくれたのは、ミレイユ、貴方だけでしたね」
「そんなの当たり前です! 主人を疑う従者がいましょうか。私は、ディーク様の護衛騎士に任命された時に誓いました。騎士たるもの己の命を賭して主を守るもの。ディーク様が、守るに足る存在であると認めたからこそ、私は貴方様の護衛騎士となったのです」
「確かに、森の戦士と呼ばれるオーク族は、誰にでも尻尾をふる尻軽ではありませんでしたね。誇り高き戦士。主と決めた者を裏切ることは絶対にない」
「当たり前です」
「しかし、気まぐれな魔族の世界では、裏切りは日常茶飯事。命を狙われ続ける生活の中、絶対的な味方がいるのと、いないのとでは、力を持たない私にとっては死活問題だったのです。ミレイユ、貴方の存在は、私の救いでした。だからこそ、中途半端な私では、貴方に想いなど告げられなかった」
真っ白なディーク様の指先が、私の唇をゆっくりなぞる。その行為に頭の中では警鐘が鳴る。
今逃げなければ、囚われてしまうと。
魔界を照らす月のように美しく、怪しい赤い瞳に捕らわれた時、私の頭の中は霞がかる。
あの時と同じ……、目を逸らさなければ、囚われる。
しかし、時にすでに遅かった。
ディーク様の唇に、唇を塞がれ、驚きからわずかに開いた口から歯列を割られ侵入した舌先に、口内を蹂躙される。じゅる、くちゅっと響く卑猥な音が耳を犯し、脳を酩酊させる。
橙色に光る室内灯に、二人の唇を繋ぐ銀糸が怪しく光る。
その様を美しいなと、ぼんやり眺めていた私の耳に落とされた甘い誘惑。それに抗うだけの気力は、もう残っていなかった。
――――、ミレイユ、貴方だけが欲しい。
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