【R18】わたしが悪女をやめた理由〜欲望を宿し瞳に囚われて

湊未来

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思わぬ伏兵 ①

 ガウェイン侯爵家の門扉を前に緊張からか、レベッカの手がじっとりと汗ばむ。これから起こることを想像するだけで怖くて仕方がない。
 レベッカが心細さから隣りを見れば、メイナードが力強く頷いてくれる。

「俺の仲間が、使用人出入り口を開けておくと言っていた。同郷で信用出来る奴さ」

 正門を横目にメイナードに続きレベッカは裏門へと急ぐ。そして、小さな使用人用の木戸を抜け裏口からガウェイン侯爵家へと侵入し、裏庭を抜け、奥へ奥へと進んでいく。そして、狭い使用人通路を抜け、地下の貯蔵庫へと続く扉の前に着いた時、レベッカは頭に浮かんだ疑問に背筋を凍らせた。

 なぜメイナードは、ガウェイン侯爵家の見取り図を正確にわかっているのだろうか?

 ガウェイン侯爵家の使用人に仲間がいると言っても、国の中枢を牛耳るガウェイン侯爵家なのだ。敷地は広大で、邸宅も大きい。
 今来た使用人通路ですら入り組んでいて一人残されでもしたら脱出出来る気がしない。
 それなのに、なぜメイナードは迷うことなく、この地下通路までたどりつけた?

 急に目の前に立つ男の得体の知れなさにレベッカの喉がゴクリと鳴る。

 メイナードを疑わなかったわけではない。
 闇オークションの大捕物が失敗に終わってからずっと考えていた。

 なぜ、あの作戦は失敗に終わったのか?

 その答えを追い求めれば、追い求めるほど頭に浮かぶ名前を信じたくなかった。
 真摯にミシェルを助けたいと訴えていた彼の真実を知るのが怖かった。だから、彼から疑いの目を逸らしてしまった。

「メイナードさん、あなたはいったい何者なのですか?」

 レベッカのかすれ声が狭い地下通路に響く。迫り来る恐怖に一歩、二歩と後ずさる。そして、振り向いたメイナードの笑みを最後に意識は途切れ、次に目を覚ました時には、レベッカは檻へと入れられていた。

「お嬢さん、お目覚めかな?」

 檻越しにメイナードと目が合う。残忍な笑みを浮かべ椅子に座るメイナードの背後に控える黒装束の男を見てレベッカは驚く。

「あなた、まさか……、エリアスを襲った……」

「ご明察。記憶力もいいお嬢さんだことで。俺は、カルマン帝国の暗部をまとめる首領さ。そして、精果草の……、頭のいいお嬢さんならこれ以上言わなくてもわかるな」

「あんたが、今回の事件の黒幕なの。被害者面して、ずっと騙していたってわけ」

「騙すもなにも、勝手に勘違いしたのはレベッカだろう。まぁ、ニールズ伯爵家で初めて会った時はヒヤヒヤしたけどな。いつ気づくかってね」

「言葉遣いまで変えて……、気づくはずないわ。あんたが、あの刺客だったなんて」

 レベッカの心に苦い想いが募っていく。

 知らず知らずのうちにメイナードの口車に乗せられ、エリアスを裏切っていた。
 裏切り者は、レベッカ自身だったのだ。

 悔しくて、悔しくて目の前の男をなじってやりたい。あらゆる罵詈雑言を使って、罵ってやりたい。

 ただそれは自分の罪から目を逸らしているだけで何の解決にもならない。
 レベッカは握った腕に爪をたて荒れ狂う怒りを痛みで抑えようと躍起になる。そんな涙ぐましい努力ですらあざ笑うかのようにメイナードの言葉は続く。

「くくく、暗部にいれば勝手に身につく特技だな。そうそう、あの女の名誉のために教えておいてやろう。ミシェルの最後をな」

「ミシェル! 彼女は生きているの!?」

「そう慌てるな。ミシェルは俺たちの仲間ではない。その意味をレベッカはわかるかな」

 茶化すようにミシェルの安否を隠すメイナードの態度に苛立ちが募る。

「さっさと教えなさい!! ミシェルは生きているの!?」

「死んださ。そもそも、あの女は商品だ。酔狂なお貴族さまに精果草と一緒に売られていった。精果草に詳しいレベッカなら、想像がつくだろう? ミシェルの最期が」

 くくくと笑いながら近づいてきたメイナードが、檻の前に座りレベッカを挑発する。

「……こ、この悪魔。おまえは人間なんかじゃない! どれだけの女性が、おまえのせいで犠牲になったと思っているのよ!!」

「だまされる方が悪い。それが、世の中ってものさ」

 背を向け離れていくメイナードへと悪態を吐く。そんなことをしても意味がないとわかっている。だけど、言わずにはいられなかった。

「えぇぇぇい!! うるさい、うるさい、うるさい。たかが男爵令嬢の分際で、無礼な!」

 檻をゆすり叫び続けるレベッカの態度が気に入らなかったのか、神経質そうな眼鏡をかけた口髭の男が怒鳴る。

「こちらにおられるのはカルマン帝国の第二王子殿下であるぞ。頭を床に擦りつけ、ひれ伏さんか!!」

「第二王子だろうと、平民だろうと関係ないわ! 命をおもちゃにするあんた達に下げる頭なんてない!」

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ――――っ!」

「黙るのは、貴様の方だ。ガウェイン侯爵。目障りだ、連れて行け」

 メイナードの命令で背後に控えていた黒装束の男が素早く動いた。状況がつかめず慌てるガウェイン侯爵の腕を捕えると後ろ手に拘束する。
 味方だと信じていた者たちからの突然の裏切りにガウェイン侯爵が叫ぶ。

「なぜ、なぜでございます!? 殿下、話が違います」

 なおも喚き散らすガウェイン侯爵へと冷やかな視線を投げただけで、メイナードは彼の疑問に答える気はないようだ。
 黒装束の男に引きずられガウェイン侯爵が扉から消える。

「やっと二人きりになれたな、レベッカ」

 不敵な笑みを浮かべたメイナードとレベッカの視線がかち合う。その意味深な視線にレベッカの喉が鳴った。絶対的強者の手中にいる心許なさがレベッカの恐怖心を煽る。

「そんなに怯えないでくれ。取って喰うわけではないんだから、猫みたいに毛を逆なで威嚇しないでくれないか」

「勝手なこと言わないで。檻に閉じ込められて怯えない者などいないわ」

「それもそうだな。ただ、これからする話は君にとっても悪い話ではない。俺は君の能力を買っているんだ。頭の良さも、戦闘能力も、そして危機的状況に陥ってなお刃向かう豪胆さも。だから、――俺の女になれ。レベッカ、お前と一緒なら天下が取れる。闇でしか生きられない人間が、表の人間を喰う。平民出の男爵令嬢と蔑まれ生きて来たレベッカなら、俺の気持ちがわかるだろう?」

 闇を生きることを余儀なくされた者の悲しみ、怒り、絶望をレベッカは知っている。
 悪どいことをして爵位を買ったシャロン男爵家の娘だから悪女だろうと噂され、いつしか噂は真実であると貴族社会で認知されるようになってしまった。
 国のため、人のために、真っ当に生きていようと噂はひとり歩きし、闇を歩くことを強要される。
 立場は違えど、メイナードもまた王太子のスペアとして闇を歩くことを義務づけられているのだろう。国のため、王家のためと、汚れ役を押しつけられた者の憤りは計り知れない。メイナードのやり切れない想いが痛いほどにわかってしまう。
 ただ、メイナードの願いだけは受け入れられない。

「メイナード、あなたの気持ちなんてわからないわ。人の不幸の上に立つ人生なんて、クソ喰らえよ!!」

「ははは、情に訴えかけてもダメか。じゃあ、これならどうかな?」

 袂から取り出した古びたノートを見たレベッカは息をのむ。
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