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第1章
王城と書いて魔窟と読む
しおりを挟む(なぜに王太子殿下から手紙なんて届くのよぉぉぉぉ)
今朝方、リンベル伯爵家に届けられた自分宛の手紙を見つめ、アイシャの手はプルプルと震えていた。
(あの悪夢のような誕生日パーティーをやり過ごしたはずなのに、王太子よ、私の何処が気に入った?)
誕生日パーティーでは、盛大に自己紹介の挨拶をかみ、ノア王太子に掴まれた手を引っこ抜き、素早く後退したというのに……、あの態度は明らかに令嬢として終わっていた。
王太子殿下の覚えもめでたい令嬢に格上げでもされたら両親が諸手をあげて婚約者候補に推挙しそうだ。
(何としてでも阻止せねば……)
あまり姑息な手は使いたくなかったが、背に腹は変えられない。当日仮病を使おう!
自室で姑息な手段を練っていたアイシャだったが、息を切らせ部屋へと駆け込んできた母ルイーザの登場で全てが水泡に帰した。
「アイシャ! 旦那様から聞きましたわ。ノア王太子殿下からお茶のお誘いを受け取ったのでしょ!!」
(情報、早っ!!)
期待の目をこちらへと向ける母の様子に、アイシャの背を冷や汗が流れる。
(このまま、お母さまのペースに巻き込まれるわけには行かない。私の将来がかかっているのよ!)
「あぁぁぁ、お母さま。アイシャ心配でございます。王太子殿下とお茶なんて卒倒してしまいますわ。お断りした――――」
「――――大丈夫よ!! 目の前で倒れるくらいがちょうどいいわ! その方が男性の気がひけるってもんよ! か弱い女性の方が、男は守りたくなるものよ。どんどん倒れなさい!」
(うっわ~話をぶった斬ったよぉ)
弱々しくシナを作り、座っていたソファに倒れこもうとしていたアイシャに容赦ない一撃がくらわされた。
「当日は少し大人っぽいドレスにしましょうね。儚くて守りたくなる美少女に仕上げましょう」
すでに王城でのお茶会に思いを馳せ、ウキウキ顔の母にアイシャの言葉は届かない。スキップしながら部屋を出て行く母を見送り、あきらめの境地でため息をつく。
(あぁぁぁ、本気で王太子殿下の婚約者候補に推挙されそうだわ)
ソファへと突っ伏したアイシャはシクシクと泣く。
(絶対的権力の前には、私なんて無力……)
アイシャの頭の中では前世のある曲が木霊する。
『ドナドナド~ナ♪ 仔牛を連れて……』
♢
(ほぇぇ、すごっ……)
門扉の前でリンベル伯爵家の馬車を降りたアイシャは、高くそびえ立つ尖塔を持つ白亜の城を見上げ、絶句していた。
(そういえば、今まで外に出たことも無かったのよね)
七歳の披露目をしてからの初めての外出が今日だったと、今気づくのも何だか抜けているような気もする。
(まぁ、言語と文字と自分の立ち位置を把握するのに必死だったから仕方ないわよね)
そんな言い訳をしながら、もう一度、白亜の城を見上げ感嘆のため息をつく。
前世の記憶を含めてもこんな豪華な城を見るのは初めてだ。これが世に言う『ザ・城』なのだろう。
どこぞの遊園地に建つ城がチンケに思える。
「リンベル伯爵家のアイシャ様ですね。王太子殿下がお待ちでございます。ご案内致しますので此方へお越しください」
バカでかい門扉を前にポカンと城を見上げていたアイシャに、迎えに出向いた侍従が声をかける。
「――へぇ!? あっ、わかりました」
たぶんマヌケ面を晒していたのだろう。呆れ顔の侍従が背を向け歩き出したので、アイシャも慌てて後を追いかけ城内へと入った。
城内はというと、大きくとられた窓から陽の光が差し込み、真っ白な大理石の廊下をキラキラと照らす。そして、廊下の両脇を等間隔に置かれた花瓶が飾り、そこに生けられた色とりどりの花々が華やかな雰囲気を醸し出す。
そんな城内の様子を堪能する余裕はない。右に左にいくつもの角を曲がり、どんどんと城の奥へと進んで行く侍従に遅れないように必死について行くので精一杯だ。
(一人だったらまず帰れないわね)
『七歳の子供の足に合わせ、スピードを落としやがれ!』と、心の中で文句を言いつつ小走りで侍従の背を追いかけていたアイシャが着いたのは、美しい花々を愛でることが出来る庭の一画だった。
(まだ、王太子殿下は来ていないようね)
アイシャは給仕のメイドに促され、庭の中央に配されたテーブルの一席に座る。そして、緊張を和らげるため眼前の花々を見て心を落ち着かせようと、軽く深呼吸をした時だった。
「アイシャ、今日は逃げないんだね」
「――――ぎゃっ!!」
突然背後から響いた声に、素っ頓狂な叫び声をあげる。きっと、お尻が数センチは跳ね上がったと思う。それほどビックリしたのだ。
「ぎゃって……、本当、君は面白い令嬢だね。まさかこの世に、僕の手を振り払って逃げる女性がいるなんて思わなくてね。あの時は、しばらく放心状態になってしまったよ。誕生日パーティーの時は、僕に見つめられて恥ずかしかったのかな?」
(なんだこのナルシスト発言。寒っ……)
背中に感じるゾワゾワ感にアイシャの身体が震える。決して寒いわけではない。ノア王太子の発言に鳥肌が立つ。アイシャの耳元で、そんな戯言を落としていた王太子が一瞬の間を置き、アイシャの隣の席に移動する。
瞬間移動かと見紛うほどのスピードに、アイシャの顔がひきつる。
(とりあえず、ここは頷いておこう。反論でもしようものなら、何をされるかわからない)
操り人形のように首を縦にふるアイシャの手をとったノア王太子が、素早くその手をひく。一瞬の隙をつき引き寄せられそうになるが、すんでんのところで持っていた扇子を顔の前で広げ顔を背ける。
(あぁぁぁ、危なかったぁぁぁ!!!!)
「ノア王太子殿下、アイシャは恥ずかしゅうございます。手を……、手を離してくださいませ」
アイシャの視界に、すみで壁の花となり気配を消すメイドが写る。
(誰か、助けてえぇぇ)
そんなアイシャの懇願の視線は、王族に忠実なメイド諸君に華麗にスルーされてしまう。
「どうして? 僕はもっとアイシャと触れ合っていたいな」
(いつの間にか呼び捨てになってるし、こいつ十歳そこそこじゃないの!? ダダ漏れる色気が半端ないんですけどぉぉ)
掴まれた手にキスを落とされ、『殿下の腕の中へ引き寄せられてしまう』と思った、その時だった。
「あら? ノアじゃない。そして――、隣にいるのはアイシャちゃんかしら?」
庭園内に広がるピンクな空気を打ち破り響いた涼やかな声に、空気と化していた侍女の皆さま方が一斉に頭を下げる。
(――――助かったぁぁ)
半泣き状態でノア王太子に押し倒されているアイシャの角度からは、割って入ってくれた神の尊顔は見えない。
しかし、少し高めの綺麗な声から女性だということはわかった。
(誰かは知りませんが、助けて頂き、感謝感激、雨あられでございます)
頭の中で顔もわからぬ救世主を拝み倒していたアイシャの上からやっと、ノア王太子の重みが消え、いざ救世主のご尊顔を拝もうと起き上がったアイシャは度肝を抜かれた。
「えっ、えっ、えっ、お母さま!!」
見覚えのある顔が穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見ているではないか。
アイシャの頭は大混乱だ。そんな彼女に、さらなる爆弾が投下された。
「あらっ? ルイーザはアイシャに何も話してないのね。ふふふ、初めまして。ルイーザの双子の姉、エルサよ」
(エルサ、エルサ、エルサ……、えぇぇぇ!!)
「お、王妃さまでございますか!?」
「ふふふ、そうよ」
まさかの王妃様の登場に慌てて立ち上がり、カーテシーをとる。
「お、お初にお目にかかります。リンベル伯爵家が長女アイシャと申します。この度は王城へお招きくださり、身に余る名誉、リンベル伯爵家を代表して感謝申し上げます。」
「ふふふ、アイシャ。そんなに畏まらなくて大丈夫よ。ほら楽にして」
優しい王妃さまの言葉に思わず顔を上げれば、目の前にはノア王太子殿下と同じ綺麗な蜂蜜色の髪に藍色の瞳を持つお母さまと同じ顔の女性が立っている。
(信じられない。お母さまって双子だったの。しかも王妃さまって……、有り得ないでしょ)
道理でリンベル伯爵家に来る貴族の面子が凄い事になっていた訳だ。
(そりゃあ王妃様の妹が嫁いだ家なら王家と繋がりを持ちたい貴族がわんさか来るわけよ)
半ば放心状態のアイシャは王妃さまに促され再び席へと戻ったが、その後、聞かされた母と父の馴れ初め話に更に驚かされる事となった。
公爵家出身だった母は、昔から少し破天荒なところがあったという。早々に王家に嫁いだ王妃様とは違い結婚適齢期を過ぎても婚約すら結んでいなかったそうだ。
もちろん公爵家の娘だった母には山のように婚約話が来ていた。しかし、貴族の結婚観に違和感を持っていた母は、その婚約話を尽く断り、無理矢理結ぼうものなら姑息な手段を使い破棄に追い込んだという。
そんな時、王妃様を訪ね度々王城に来た母は、どこで見かけたのか当時まだ執務官をしていた父を見初め猛アタックを開始した。
結婚適齢期を過ぎた娘がやっと結婚する気になったと喜んだ公爵様は、父の意見などお構いなしに外堀を埋め、早々に二人の婚約を結ばせたそうだ。
まぁ、紆余曲折あったが最後はお互いに愛し合い二人は恋愛結婚を果たしましたとさ。
(道理でラブラブバカップルなわけね)
公爵家のお姫様と結婚した父は、あれよあれよと出世して、財務を担当する上級管理職にまでのぼりつめた。
父のシンデレラストーリーは当時だいぶ話題になったらしい。
(だから、あんな噂が広まったのね。どこぞのお姫さまだった母を父が――って)
真相を知ってしまえば納得だ。エイデン王国にただ一つの公爵家のご令嬢と、伯爵家と言っても、底辺に近いリンベル伯爵との結婚話。
まさしく、シンデレラストーリー。
当時、やっかみも含め、噂の的となった父の大変さは想像に難い。
(お父さま……、がんばったわね)
王妃様の話を聞き終えたアイシャは目の前のテーブルに突っ伏したいと、本気で思うほど疲弊していた。
「だからアイシャも気兼ねなく王城に遊びにいらっしゃいね! だってわたくし貴方の叔母ですもの! それにノアは貴方の従兄弟よ~。もっと親しくなっても良いんじゃないかしら♡」
目の前に座る王妃様のニッコリ笑顔がノア王太子殿下の黒い笑みと重なって見える。
(怖っ!!)
「………はは…ははは………」
アイシャは笑って誤魔化すしかなかった。
その時だった。またしても、庭園に響きわったった金切り声に、周りで微笑ましげにアイシャと王妃様の会話を見守っていた侍女の皆さまの緊張感が高まる。
「わたくしの大切なノアお兄様を誑かす性悪女はあなたね!!」
(……はっ?)
王妃様とのお茶の席に転がり込んで来た小さな珍入者に目が点になる。
「クレア!! なぜ貴方がここに!」
王妃様が慌てて立ち上がり、クレアと呼ばれた少女に近づく。
(クレア、クレア、クレア……王女殿下!?)
少女は王妃様の制止も聞かず、ツカツカとアイシャに近づくと、間髪入れずにアイシャの頬を引っ叩いた。
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