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第1章
現実逃避という名の妄想パラダイス♡再び
しおりを挟むクレア王女からお友達宣言をされたアイシャは開き直る事にした。
(王女殿下と友達になれるなんて、滅多にないことよ!)
彼女と親友になれば、未知の世界、王城へも出入り自由になるかもしれない。そうなれば、見たことがない男同士の、キャッキャウフフなシーンに遭遇する可能性だってある。
アイシャの脳内では、お決まりのキャッキャ、ウフフなシーンが流れる。
文官や騎士様、侍従に要職のおじ様方。
(妄想し放題ではないか!!)
それに、王女殿下の友人の立場を利用して、一人で生きる道を模索出来るかもしれない。
王城で働く侍女や女官も夢ではないはず!
(お金を稼ぎつつ、趣味に生きる。理想の職場が王城にあるなんて……、素敵♡)
普通の令嬢では絶対に考えないぶっ飛んだ方向へと思考が展開していくアイシャを、止める者は誰もいない。
(よし! まずは、クレア王女を垂らしこもう)
斜め上の方向へと思考を持って行ったアイシャは、今後の展開に思いをはせ不気味な笑いをこぼした。
♢
「やっぱり、なんか変?」
数週間後、クレア王女に友達認定されたアイシャは王城へと来ていた。
門扉の前で待っていたいつもの侍従に、なぜかキラキラした目を向けられ、訝しみながらも彼の後に続きクレア王女の私室へと向かう。
三回目の王城訪問で、こうも侍従の態度が変わると別人なのではと疑いたくもなる。
(本当、何があったのかしら? 明らかに好意的よね)
前を歩く侍従の背を見つめ、アイシャの頭の中を疑問符がクルクルと回る。
それに違和感は侍従だけではない。廊下で出会う使用人の面々が、初日に比べ増えているような気がする。もちろん邪魔なわけではない。影の如く端に控え頭を下げる彼らは、注意して周りを見ていなければ気づかないくらい、空気と化している。
たまに目が合い慌てて頭を下げる使用人の皆さまの顔が、心なしか赤く見えるのは気のせいだろうか。
(クレア王女の友達が、まさかの伯爵令嬢で興味津々なんでしょうけど。まぁ、王城に上がれるような高位貴族の令嬢でもないし物珍しいんでしょうね)
アイシャは勘違いをしていた。熱い目を向ける使用人達の胸の内を……
クレア王女に紅茶をぶっ掛け、平手打ちをかましたアイシャの噂は、あっという間に王城で働く侍従や侍女の間に知れ渡った。王女の理不尽な仕打ちに耐え切れなくなった侍女や、辟易しながらも家庭の事情で辞められない者達にとってアイシャは、巨大な敵に立ち向かった勇者そのものだったのだ。
まだ幼い女児のはずなのに、妙な迫力をまとい、クレア王女に平手打ちをかまし、放心状態の王女を訥々と諭すアイシャの姿は、周りで状況を見守っていた侍女達の心をガッチリとつかんでいた。
その結果、アイシャに惚れてしまう者まで現れる事態を引き起こした。
人が変わったように態度を改め、下々の者にも横柄な態度を取る事なく、思慮深く接するクレア王女の存在もアイシャの噂を助長する結果につながった。
アイシャは、侍従、侍女の希望の星、『英雄』として祭り上げられていた。
そんな事態になっているとは思いもしないアイシャは、訝しみながらも進み、クレア王女の私室へと着いた。
「えっと、ここ、本当にクレア王女殿下の私室でございますか?」
「左様でございます」
クレア王女の部屋に入ったアイシャは、室内の変貌ぶりに絶句していた。
ファンシーだった部屋が、落ち着いた焦げ茶色の家具で統一され、ピンク色の壁はクリーム色に塗り替えられている。しかも、あのブリブリ花柄カーテンがなくなり、シンプルな小花柄のカーテンになっている。
目がチカチカするほど、ドギツかった部屋が、センスの良い落ち着いた雰囲気の部屋へと変貌している。この部屋にクレア王女が居なければ、部屋を間違えたと本気で思うだろう。
「クレア王女殿下、心境の変化ですか? あまりに印象が違うような」
アイシャは室内を見回し、品の良いソファへ座っていたクレア王女に、思わず聞いてしまった。
「そうねぇ、前の部屋は私の趣味に合わないのよ。あんなファンシーな部屋。ロリータじゃないって言うのよ!」
「えっ!? ロリータ?」
(この世界にロリータなんて言葉、あったかしら?)
「あっ――、な、何でもないのよ! それよりもアイシャ、私のことは呼び捨てでいいわ! クレアって呼んでちょうだい」
「いえいえいえ、呼び捨てなんて畏れ多いです。せめてクレア様と」
「仕方ないわねぇ。それで手を打ちましょう」
なんだか誤魔化された気もするが、下手にむし返して呼び捨てを強要されるのも困る。
(――――まっ、いっか!)
楽観的なアイシャは、深く考える事をやめた。
「それじゃあ、呼び方も決まったことだし、行きましょ。アイシャと素敵な場所でお茶をしようと思っていたの!」
アイシャはクレア王女に手を引かれ部屋を出る。
そして、連れて行かれた場所で見た素晴らしき光景に、早くも逃げ出したくなったアイシャは、己の腕をガッチリつかむクレア王女に、本気で殺意を覚えた。
(うっわぁ~イケメンパラダイスだぁ……(現実逃避))
♢
(目の前にいるキラキラしい者達は、いったい何なのよぉ~)
花々が咲き誇る庭園の一画に配置された四阿。四隅の支柱には蔓が巻きつき、色とりどりの花が咲き乱れる。まるで花で造った柱が建っているかのような光景に、感嘆の声がもれた。
そして、その真ん中で歓談する金、黒、赤の華たち。
(――――はぁ、眼福だぁ♡(現実逃避中))
「クレアはアイシャ嬢と仲良くなったみたいだね。初めてのお友達かな? 多くの者達と交友関係を深めて行く事は、とても大切なことだよ」
「えぇ、お兄さま。わたくしアイシャには感謝しておりますの。愚かなわたくしの目を覚まさせてくださいましたわ。アイシャとは末永く、姉妹のような関係を築いて行きたいと思いますのよ」
「ふふふ、そうだねぇ~。クレアとアイシャなら姉妹のような関係になれると思うよ。将来的にもね。アイシャもそう思わないかい?」
斜め前に座ったノア王太子が、アイシャへと意味深かな流し目を寄越す。それを、笑って誤魔化せば、今度は隣に座るダニエルがノア王太子へと食ってかかる。
「ノア王太子殿下、アイシャはリンベル伯爵家の者です。まずは父に話を通して頂かないと!」
「ダニエル、クレアとアイシャの姉妹うんぬんは例え話じゃないか。目くじらを立てるものではないよ」
笑みを浮かべ、兄へと苦言を呈するノア王太子と、その言葉に眉を顰めるダニエルという構図に、アイシャの精神力はゴリゴリと削られていく。それに、追い討ちをかけるように、右斜め前に座ったリアムが、人の悪い笑みを浮かべる。
「くくっ、ははは……、王太子殿下も人が悪い。ダニエルも揶揄われているぞ」
目の前で繰り広げられる金、黒、赤+クレア王女の際どい会話に現実逃避もしたくなる。
(誰かぁぁ、私を助けてぇぇ)
そんなアイシャの叫びはもちろん、周りで静かに待機している使用人の皆さまには伝わらない。
(あぁ、白目むいてぶっ倒れたーい!)
「ところで、リアムは最近、騎士団の練習に参加しているようだけど、何か心境の変化でもあったのかな?」
「別に心境の変化などないですよ。王太子殿下の側近の一人として剣の腕も磨いておく必要があると考えただけです。それにキースも最近入団しましたからね」
「キースというと、ナイトレイ侯爵家のキースか? 確か、ナイトレイ侯爵家は武の最高峰だったな。まぁ、そこの子息であれば騎士団に入団するのは順当か。侯爵も国軍大将だしね」
「そうですね」
「しかし、対極にある知の最高峰、ウェスト侯爵子息のリアムがナイトレイ侯爵家の子息と仲が良かったとは、意外だね。大将と宰相は仲が悪かったと思うけど?」
「アイツとは幼なじみなんですよ。ただそれだけです」
「――――そう、今はそういう事にしておこうか」
目の前で進む会話に参加する事を早々に放棄したアイシャは違う世界へと飛んでいた。
(騎士団……、いい響き♡)
男同士の熱い友情。
汗飛び散る肉弾戦に、見つめ合い剣をぶつけ合う接近戦。そんな中、力を認め合い育まれる友情が、愛情へと変わっていく。
――――君を失ってしまう。どうか、行かないでくれ!
国のために戦い、命を散らす事こそ騎士の本願。止めないでくれ………
どうしても行くと言うなら、俺を切り捨てて行くがいい。
二人の目と目が絡み合い、剣を握り構える恋人達。
強くぶつかり合った剣と剣が弾き飛び、互いに抱き合う二人。
許してくれ!
別れを覚悟した二人の唇が重なり――――
(うっひょぉ~♡ ヨダレ出そう! 騎士団、いいわ。良い……)
別れが分かっているからこそ燃え上がる愛。死が二人を別つとき、やっと男同士という枷が、二人を解放する。
(悲恋、なんて悲恋なの。でも、そこがいいのよ。悲恋物からしか得られない『萌え』ってあるのよねぇ)
脳内で展開される欲望のまま、アイシャは隣に座るクレア王女の手を取り叫んでいた。
「クレア様! 騎士団、見学させてくださいませぇぇぇぇ!!!!」
アイシャの叫び声に、その場が一瞬にして凍りついたのは言うまでもない。
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