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第3章
決意【キース視点】
しおりを挟むいったい何が起ころうとしているのだ?
エントランスでアイシャの乗った馬車を見送りながら、キースは一人考えていた。
アイシャを誹謗中傷する社交界の噂も許せないが、何より許せないのはノア王太子とリアムが婚約者候補から降りたことだ。それだけではない。ノア王太子はリンゼン侯爵家のアナベル嬢と、そしてリアムはドンファン伯爵家のグレイス嬢と次々と婚約を発表した。
(王家もウェスト侯爵家も、アイシャが真の『白き魔女』だということは、分かっているはずだ。それなのに、別の貴族令嬢と婚約とは……、いったい何を考えている?)
しかもグレイスは、『白き魔女』と言われ社交界では時の人だが、その噂も真実かどうか怪しい点が多い。そんな女との婚約に飛びつくほど、ウェスト侯爵家もバカではない。
王家とウェスト侯爵家の間で、何かしらの密約が交わされたと考えるのが妥当か。または、ノア王太子とリアムとの間でか。どちらにしろ今回の婚約発表が、アイシャの評判を地に落としたのは、確かだ。
(アイシャが、俺の腕の中で泣いていた……)
己の腕の中で震えながら、嗚咽を漏らすまいと耐えていたアイシャの姿を思い出す。
一ヶ月もの間、家で療養していたのも、社交界での根も葉もない噂のせいだ。きっと一人、ずっと泣いていたのだろう。それでもナイトレイ侯爵家のことを思い、辛い気持ちを隠し、婚約解消を申し出たアイシャのことを思うと、胸が痛い。
自分が一番辛い時でも、他者のことを思い行動できるアイシャは、優し過ぎる。それに引き換え、ノア王太子にしても、リアムにしても、なんて身勝手な男なのだ。王家もウェスト侯爵家も自分達の利益しか考えていない。そんな二家に振り回され、名誉を傷つけられたアイシャは、あまりに不憫だ。
(俺は絶対に、ノア王太子とリアムを許さない)
あちらがアイシャをいらないと言ったのだ。だったら、これからはナイトレイ侯爵家が全力でアイシャを守る。彼女が、これ以上傷つかないように、ノア王太子からもリアムからも。もちろん、誰からも……
そのためにも、『白き魔女』を名乗るグレイスの情報も集める必要がある。
グレイスが『白き魔女』であろうと、なかろうと、そんなことは関係ない。ナイトレイ侯爵家は、『白き魔女』を守る片翼として、アイシャしか、真の『白き魔女』とは認めない。たとえ、王家とウェスト侯爵家が、グレイスを白き魔女と認めたとしてもだ。
この先、グレイスが白き魔女を名乗る限り、アイシャの未来に影を落とす存在になることは確実だ。あの女が、アイシャの敵になった時、すぐに抹殺出来るように、出来るだけ多くの情報を集めておく必要がある。
アイシャのためなら、ナイトレイ侯爵家直属の諜報・暗殺部隊を使うことを、父は許してくれるだろう。
(全てはアイシャのために……)
アイシャが、ナイトレイ侯爵家を出発してから、すでに数十分。馬車が見えなくなった後も、その場に佇み、策を練っていたキースは、その場を後にし、自室にて父の帰りを待った。
♢
「キース、珍しいな。わしが帰ってすぐ、お前が尋ねてくるとは……、何かあったか?」
帰宅するとすぐに執務室へと向かった父を訪ね、キースもまた執務室へと入る。王城での会議が紛糾したのか、疲れた様子の父は、きっちりと留めていた首元のボタンを外し、ソファへドカっと座る。
確か、今日の議題は、『白き魔女』についての話し合いだと聞いている。良くも悪くも、貴族の間では、グレイスが白き魔女だと認知されている。様々な思惑をはらんだ話し合いを立ち回るのは、骨が折れる。そう言った貴族間の駆け引きを苦手とする父には、神経をすり減らした会議だったのだろう。
「父上、今日の王城での議題は、『白き魔女』の扱いに関してですね? どう言った話し合いがなされたのでしょうか?」
「なんだ、ルイスから聞いたのか? アイツも……、機密事項だっていうのに」
「今更ですよ。ルイス兄さんとは、情報を共有しているので。策を練るのが苦手な父上の代わりに、息子同士協力しなければ、でしょ」
「はは、確かにな」
アイシャが白き魔女として力を発動したあの事件から一年。キースもまた、アイシャにふさわしい男になるために努力をし続けた。その結果、騎士団の一部隊の隊長から、数部隊をまとめる中部隊長へ昇格し、近々、副団長を務める兄ルイスの補佐役に抜擢される話も出ている。
そのため、兄ルイスと係る任務も増え、必然的に、父の事務的な仕事を一手に担っている兄とは、あらゆる情報を共有するようになった。その中で、今日の会議で、白き魔女の議題が上がることも知ったのだ。
「父上は、ドンファン伯爵家のグレイス嬢が本物の白き魔女だと思いますか?」
「今の段階では何とも言えんが、胡散臭い事、この上ないな。黒い噂が絶えんドンファン伯爵が絡んでいるのも裏があるように思う」
「では、ウェスト侯爵家のリアムがドンファン伯爵家のグレイス嬢と婚約した事に関してはどう思われますか?」
上体を起こし、ソファへと座り直した父が、難しい顔をして黙り込む。
「ウェスト侯爵家の当主も、リアム殿もバカではない。社交界を賑わす『白き魔女』に躍らされて婚約を名乗り出たわけではないだろう。事実、ドンファン伯爵家の周りで王家とウェスト侯爵家の諜報部隊が動き回っている。まぁ、どちらの諜報部隊もかなり優秀だから、ドンファン伯爵家側の者達は誰も気づいていないがな」
「では、王家とウェスト侯爵家が、手を結んだと?」
「王家とウェスト侯爵家の間で、何らかの密約が交わさたのは、間違いないだろう。ノア王太子殿下とリアム殿の目的は、グレイス嬢が本物の白き魔女かを見極めることにあるのではないだろうか。敵の懐に入るためリアム殿がドンファン伯爵家のグレイス嬢と婚約を発表したと考えるのが妥当だろう」
やはり、そうだったか……
しかし、その話を聞いても、ノア王太子とリアムに感じている怒りは収まらない。自分の腕の中で泣いていたアイシャの心情を考えれば、許せるものではない。
「まぁ、グレイス嬢が本物の白き魔女であろうとなかろうと、ナイトレイ侯爵家はアイシャしか白き魔女とは認めないがな。もちろん、二家がアイシャとの婚約を解消した今、お前とアイシャが婚約し、婚礼の儀を行うのに二家の許可は必要ない。分かっているな、キース」
「えぇ、もちろんです。しかし、もう一人の白き魔女がいる限り、アイシャの安全は脅かされ続ける。いつか、グレイスが、アイシャに仇なす存在となる。そうは思いませんか、父上?」
「つまりは、もう一人の白き魔女を抹殺せねばならぬ時がくるということか」
「はい。そこで、父上に、お願いがあります。ナイトレイ侯爵家直属の諜報部隊を使う許可を頂けないでしょうか?」
「ふむ、暗部か……、その日のために情報を集めるのだな」
「はい。その上で、アイシャにも暗部をつけます。今後、誰がどんな目的で、アイシャに近づくか分かりませんから。ノア王太子に、リアム……、彼らも完全には諦めてはいないでしょう」
「アイシャが本物の白き魔女と知っている二家が、諦めるとも思えんか。しかし、グレイスの問題が解決する頃には、アイシャはナイトレイ侯爵家に嫁入りしている。今が、誰にも邪魔されずアイシャを手に入れるチャンスだと言うことか。彼女に婚約を了承させるために必要であるなら、ナイトレイ侯爵家の諜報部隊を出すのを許可しよう。思う存分やるがよい」
「父上ありがとうございます。必ずやナイトレイ侯爵家への嫁入りを、アイシャに承諾させてみせます」
「うむ。期待しているぞ。リンベル伯爵家の白き魔女をナイトレイ侯爵家へ迎える事は、我が家の悲願だからな」
キースは、父に背を向け執務室を退室する。廊下を歩きながら、陽だまりのように輝くアイシャの笑顔を想い出す。
(白き魔女など関係ない。アイシャの笑顔を取り戻すためだったら、俺は悪魔にも魂を売る)
決意も新たに次の指示を出すため、キースはナイトレイ侯爵家直属の諜報部隊へと向かった。
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