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伝わらない想い【廉視点】
「美咲は、あの男とデートか……」
遊園地前の車道に車を止めた廉は、ゆっくりとドアを開け外へと出た。車に身体を預け、胸元からタバコを取り出し口に咥えると火をつける。
美咲と身体を重ねた夜から増え続けるタバコの本数が、廉の中の苛立ちを表していた。
美咲とは、あの夜から顔を合わせていない。朝早く家を出て、深夜に帰宅する生などする必要はない。ただ、あのまま美咲と顔を合わせてしまえば、己の中の欲望が暴走するだろうこともわかっていた。
身体を手に入れたところで、美咲の心までは手に入らない。
虚しさだけが、心の中に広がっていく。
「今頃、美咲は昔みたいに笑っているのだろうか。まだ、俺を愛してくれていた頃みたいに」
まだ幼さが残る美咲の笑顔が脳裏をよぎり、切なさで胸が軋む。
離れていく美咲。
囲い込み一緒に暮らしたところで、美咲との距離は離れていくばかりだ。
(きっとこの先、俺に笑いかけてくれることなど無いのだろう)
美咲は本人が思う以上に魅力的な女性だ。昔から愛想笑いをするようなタイプでは無かったし、どちらかというと口下手。ファーストインプレッションがつくづく悪い美咲と親しくなるのは至難の技だ。大抵の男は、彼女の反応の鈍さと冷たさに怖気づき、逃げて行く。
しかし、柏木司――、ああいうタイプの男もいる。女慣れしていて相手の懐に入るのが上手い男。
美咲は一度心を開いた相手を無自覚に誑し込む癖がある。最初の印象を覆すほどの破壊力を持つ笑顔。そのギャップにまんまと嵌ったのが、昔の廉だった。
今頃、あの男にも笑いかけているのかと思うと、腹わたが煮えくりかえり、苛つく。
廉の心は、美咲に群がる男への嫉妬でドス黒く濁っていった。
(美咲の心が俺にないのはわかっている。ただ、もう手放せない)
美咲の行動を知るために、犯罪紛いの行為を繰り返しているのも分かっている。
寝静まった頃に彼女の部屋へと入り、メールや電話の履歴を盗み見て知った、あの男とのデート。
(今更、美咲を奪われてたまるか)
タバコを吹かしながらスマホのGPSアプリを立ち上げれば、画面上を遊園地の入り口へと向かう点が一つ、チカチカと光っている。
(マジで犯罪だよな……)
ゆっくりと顔を上げ、入り口を見つめているとあの男に手を繋がれ、俯きながら歩いて来る美咲の姿が目に入った。
目の前を手を繋ぎ肩を寄せ合い通り過ぎる二人は、廉の存在に気づかない。
「気づきもしないんだな……」
心の中に積もったドス黒い感情があふれ出したかのような冷たい声が出ていた。
「柏木司君だっけ。彼女を返してもらおうか」
振り向いた二人にゆっくりと近づいた廉は、唖然とこちらを見上げる美咲の腕をつかみ引き寄せた。
腕に抱きしめた美咲が震えている。
(浮気現場を彼氏に見つかった彼女の反応ってところか。美咲は本当に俺を煽るのが上手い)
「本当に困った娘だ。柏木司君だね。美咲が随分世話になったようで」
目の前の優男の眼が剣呑そうにすがめられる。
「あなたは誰ですか? 俺の名前を知っているようですが、お会いしたことは有りませんよね」
「確かに君と会ったことはないね。ただ、人の彼女にちょっかいを出している男がいると知ってね。どんな男か調べるのは、美咲の彼氏としては当然のことだと思うけど」
廉の言葉に司の目つきが鋭さを増していく。
「美咲ちゃんの彼氏って、どういうことですか? 彼女は、彼氏なんていないと言っていましたが」
「君もそんな言葉、鵜呑みにしたわけじゃないだろう。女性経験豊富な君なら、男に慣れてない女の嘘なんて直ぐ分かるだろうに。随分と舐めた真似をしてくれたね」
廉の脅しに目の前の男がひるむことはなかった。
廉の腕の中、震えることしか出来ない美咲の手をつかんだ司が、強引に彼女の手をひいた。
思いがけない反撃に、一瞬の隙が生まれる。
「美咲ちゃん、走るよ!」
「えっ!?」
次の瞬間には、大切な小鳥は自分の手の中から飛び立ってしまっていた。
「くくく、美咲はまた、俺から逃げるんだね」
手をつなぎ走り去る二人を見つめ、廉の口から皮肉げな笑い声がこぼれる。
「美咲……、今は逃げればいいよ。でもね、君は結局、俺の元に戻るしかなくなる」
仄暗い感情に支配された廉は、スーツの内ポケットからスマホを取り出すと、ある場所に電話をかけ始めた。
「あぁ、そうだ。この前、伝えた男の身辺調査を頼む。女関係を重点的に」
電話を切った廉は、タバコを一本取り出すと火をつけ煙を大きく吸う。
「また、タバコが増えてしまったな……」
吐き出した真っ白な煙が夕暮れ時の空に吸い込まれ消える。寒さが増した秋の空。茜色に染まった空は、廉の心を温めてはくれなかった。
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