【R18】スパダリ幼なじみは溺愛ストーカー

湊未来

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後悔先に立たず


 美咲は部屋で一人、届いたばかりの茶封筒を握りしめ天を仰ぐ。数日前に受けた最終面接の合否を知らせる手紙。そこには、美咲の健闘も虚しく『不採用』の三文字が刻まれていた。

「ダメだったかぁ……」

 ぼそっとつぶやいた言葉が、思いのほか静かな部屋に大きく響き、いっそう美咲の心を落ち込ませる。

 一人前の社会人になりたいだとか、大人の女性になりたいだとか、廉に大口を叩いておいて一社も内定をもらえていない。厳しい現実が、美咲の心を重く沈ませる。もう大学四年の後半なのだ。このままだと、就職すら出来なくなる。

 不合格通知を受け取った会社が、就職活動でエントリーした会社の最後だった。
 また応募して書類選考から一次面接と考えるだけで憂鬱になる。しかも、大学四年の後半で、一から就職活動をして内定をもらうことなど、ほぼ不可能だろう。

『就職浪人』

 絶望的な現実が美咲の肩にのしかかり、臓腑が重くなった。

(こんなことになるなら、素直に廉と結婚するって言えば良かったのかな……)
 
 弱気な考えまで頭に浮かび、美咲は苦笑をもらす。結局のところ、上手く行かなければ廉に頼ってしまう。こんな自分では、いつか廉に愛想をつかされても仕方がない。

 現実から目を逸らし考えることをやめた美咲は、鞄をつかむと、逃げるようにバイト先へと向かった。





「おーい、美咲。この後、暇か? 夕飯一緒にどうだ?」

 バイトを終えた美咲は、従業員控え室へと戻り手早く帰り支度を済ませると階段を降りる。そして、厨房スタッフに挨拶をしたところで、チーフに声をかけられた。

 週五日で入っていたバイトは、今は週三日に減らし、廉との時間を多くとるようにしている。人気店でもあるイタリアンレストランは常時人手不足で、就業日数を減らしたことで、チーフ含めスタッフには迷惑をかけてしまった。

 日頃のお礼もあるし、ここはチーフにお付き合いした方が良いだろう。

(廉からのメールは入ってないか。今夜も、遅くなるのかな)

 美咲がバイトの日は、夜遅くなることもあり、廉とは別々に夕飯を食べる。廉もあえてバイトの日は外食で済ましていることが多く、帰りも遅い。

 美咲はスマホを取り出し、廉の予定変更がないことを確認すると、チーフへOKの返事をした。

「ここの食堂、美味いだろう。奢ってやるから、いくらでも食え」

「へぇ~、こんな路地裏に食堂があるなんて、知りませんでした」

 目の前で大きなアジフライにかぶりつき、ニッと笑うチーフを見て美咲の心もほっこりと温まる。

 チーフに連れられやって来たのは、バイト先から歩いて十分の所にある大衆食堂だった。

 ガチャガチャした雰囲気の雑多な店内をぐるっと見回せば、様々な年齢層の男女が思い思いの定食を注文して食べている。店内には、職人風の男や会社帰りのサラリーマン、バッチリメイクのキャバ嬢からホストまで、様々な人種が黙々と定食を食べる。

 懐かしい雰囲気の大衆食堂は、繁華街の中にあって、そこだけは片田舎にある定食屋のような錯覚を起こさせ、妙に心が落ち着く。
 
 美咲の目の前には、大きな椀から湯気があがり味噌の良い香りを漂わせる豚汁が置かれている。ニンジン、大根、玉ねぎ、豚肉……、大ぶりに切られた具材は艶やかで、それを見ているだけで美咲のお腹がグゥと鳴った。

 豚汁の誘惑に誘われ、一口汁をすすれば冷え切った身体が温まり、気分まであがる。味噌の香ばしい香りが鼻腔を抜け、口の中に野菜と豚肉の甘みが広がった。
 
「美味しい……」

「だろ~、最近見つけてな。安いし、旨いし、量も多い。一日中働いた腹ペコな俺には、最高だ」

「ふふふ、可笑しなチーフ。突然、夕飯誘われたから、ビックリしましたよ」

「いやなぁ~。お前、今日落ち込んでただろう。滅多にミスらないのに釣り銭間違えたり、オーダーミスったり。何かあったのか? 他のスタッフも心配してたぞ。少し前も荒んでたけど、最近は調子良さそうだったのに、どうしたよ?」

 目の前のチーフを見て苦笑を浮かべる。

(あちゃ、バレてた……)

 よく人を見ている人だ。隠そうとしても、ほんのわずかな変化に気づき手を差し伸べることの出来るチーフには気づかれていた。

「あぁぁぁ、すみません。実は、就活に失敗しまして。応募した会社全滅で、流石に参るなぁ~って。まだ一社も内定もらってないんです。バイト前に、不採用通知を受け取って、ショックを引きずったというか」

「そうか、美咲は大学三年だったか。就活真っ只中だよな。懐かしいなぁ~、あの頃を思い出すわ」

 目の前に座るチーフは昔を懐かしむように、目を細め笑う。

「俺の就活時代も就職氷河期でな、内定もらうのに苦労したんだよ。何十社も受けて内定もらったのは一、二社。その会社も希望職種とは違って、結局続かなかった。そんな俺を雇ってくれたのが、今のオーナーだったんだよ」

 はははと豪快に笑うチーフからは、悲壮感は微塵も感じられない。それどころか、嫌な思い出のはずなのに、それさえも笑い話に昇華している。そのおおらかさが、皆から慕われる器の大きさの所以なのかもしれない。

「まぁ、言いたいことは、就活が全てじゃないってことだ。どこに縁が転がっているか、わからんもんだ。足掻いてみてもダメだったら言ってこい。美咲の働きならオーナーも正規で雇ってくれると思うぞ。根つめず気軽にな」

 チーフの気遣いが、ただただ嬉しかった。

(何処に縁が転がっているか、わからないかぁ)

 足掻いてみても、就職出来ないのなら廉に相談すればいい。その結果、廉と結婚する未来になっても二人が納得出来れば、それで良いじゃないか。

(気楽に……)

 重く沈んでいた気持ちが、チーフの言葉に浮上する。

「チーフ、ありがとうございました。なんだか、吹っ切れました」

「そうか、なら良かった。まぁ、無理すんなよ」

 チーフの言葉に笑みを浮かべ、かばっと頭を下げた美咲は、何かを吹っ切るかのように豚汁をかっ込み手を合わせる。

「チーフ、ご馳走さまでした」 

 会計を済ませ、チーフのあとに続き店を出た美咲は、彼に礼を言うと一人家路へとつく。
 二十三時をまわっても人の賑わいが冷めない繁華街を抜け十分も歩けば、見慣れたタワーマンションへと着いた。

(廉、帰ってるかなぁ?)

 タワーマンションの表玄関を横目に美咲は、地下駐車場へと向かう。最近発見した最上階専用ロビーへの近道なのだ。美咲は地下駐車場への階段を降り、エレベーターへと向かい、そして薄暗い通路にさしかかった時だった。

「あれ? あの人……、うそっ!? 静香さん!」

 驚きのあまり発した声が思いの外、駐車場内へと響き、美咲は慌てて両手で口元をおおい、柱の影へと隠れ様子を伺う。
 薄暗い駐車場内、明るく照らされたロビー階へと続くエレベーターホールの自動扉から一人の女性が出てくる。

 ストレートの黒髪を背中へと流し、ベージュのロングコートをまとった女性は、数週間前に見た静香、その人である。
 頭からこびりついて離れない女。見間違えるはずもない。

 胸騒ぎがして、美咲の心臓は爆走していく。

(なんで、静香さんがいるのよ? 勘違いよ。廉の秘書をしているって、遥から聞いたじゃない。きっと廉に届けものをしに来ただけよ)

 軋み出す心は、『廉を信じろ』という声すらも打ち消し、嫌な予感だけを頭によぎらせる。

 自動扉の前で待つ静香へとゆっくり近づく一台の車。美咲は、その車に見覚えがあった。
 廉との観覧車デート。夢のような幸せな想い出が音をたて崩れていく。

 美咲は、扉を開け車内へと消えていく静香を、ただ呆然と眺めていることしか出来ない。

 エレベーターホールの室内灯に照らされた車内で起こった出来事を美咲は一生忘れないだろう。
 運転席に座る男が静香を引き寄せ、二人の顔が重なる。

「嘘よ……、キスするなんて……」

 もう見ていることなんて出来なかった。あふれ出した涙で視界がにじみ嗚咽がもれる。ひっく、ひっくと小さく聴こえる声を、唇を噛みしめ堪えることしか出来ない。

(廉の車でキスをする静香さんと誰か……、相手は廉に決まってるじゃない)

 これでハッキリした。廉の本命は静香さん……
 あの二人は男女の関係だったのだ。

 美咲はズルズルとその場へとしゃがみ込み、口をふさぐ。涙が後から後から、あふれては流れていく。今の美咲に出来ることは、声を殺して耐えることだけ。

 絶対に二人に気づかれてはいけない。
 こんな惨めな姿、廉だけには見られたくない。

 しゃがみ込み立てなくなった美咲の横を、二人を乗せた車がゆっくりと通り過ぎていく。

 限界だった。

 シンと静まり返った駐車場に、美咲の慟哭が響き渡った。
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