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裏切りの果てに
どのくらいの時間、泣いていただろうか。薄暗い地下駐車場は、静けさに包まれ人の気配はない。
このまま、あの家には帰りたくない。
廉と暮らし始めて数ヶ月。辛く悲しい想い出もあったけど、あそこには幸せな想い出もあるのだ。
その幸せが偽りだったとしても。
手ひどく廉を振った過去の女への制裁だったとしても、愛し、愛された想い出を偽りにはしたくない。自分の心の中でだけは……
美咲はカバンからスマホを取り出すと、メールを送る。
『いつもの喫茶店に来て。お願い、一人でいるのは耐えられない。死んでしまうかもしれない』
自分はずるい。
こんな時だけ、頼るなんてね。
美咲はスマホの電源を切ると、震えて動かない脚を叱咤し歩き出す。元来た道を戻り、いまだ人通りの絶えない深夜の繁華街へと入れば、店先を飾るイルミネーションが美咲の心をより一層沈ませた。
逃げるように裏路地へと入った美咲は、狭い路地をぬけ、ある一軒の寂れた喫茶店の前で足を止めた。
カランカランと音を鳴らし扉を開け店内へと入れば、バーカウンター越しに初老の店員が、軽く会釈をしてくれる。ゆっくりと心地良いジャズが流れる店内には美咲の他には誰もいない。
通路を進み、一番奥のソファ席に座った美咲は、適当にコーヒーを頼むと、ぼんやりと外をながめた。
窓から見える路地には人もまばらだ。橙色の街灯に照らされチラつく雪が、地面に吸い込まれ消えていく。そのもの悲しくも美しい光景が、傷ついた心をわずかに癒してくれる。
この喫茶店は美咲のお気に入りだった。
裏路地の奥まった場所にあるためか、繁華街の中にありながら人もまばらで、ゆっくりと出来る貴重な場所の一つだ。
廉から逃げまわっていた頃、人が少なく大通りからも離れたこの店は、人目を気にする遥との密会場所としてよく利用していた。
「一時か……」
この店が閉まるまでに、あと三時間。
遥は来てくれるだろうか。
人気急上昇中のアイドルグループのメンバーだもん、きっと無理か。
考えなしの行動をとってしまった自分が愚かで、沈んだ心は、ますます沈んでいく。
「あんなメール、送ったりして悪かったな」
ぽつりつぶやいた言葉を聞いている人は誰もいない。自分一人だけが、この世界に取り残されてしまったかのような物悲しさが心を満たす。
閉店まで待っても、来なかったらどうすればいいだろうか。少しなら、お金はある。今夜はカプセルホテルにでも泊まればいい。
でも明日からは、どうすればいい?
なに食わぬ顔で、廉と一緒に住み続けるのは無理だろう。ただ、このまま逃げ続けることも出来ない。
何も考えたくない。
美咲は、テーブルに突っ伏し目を伏せる。
このまま消えてなくなってしまえば、悲しみも消えてなくなるのかな。
「お客さま、そろそろ閉店させて頂きたいのですが」
テーブルに突っ伏し嗚咽をたえていた美咲に、遠慮がちな声が、かけられる。
(もう、終わりか……)
美咲は立ち上がると足早にカウンターへと向かいコーヒーの代金を支払う。
コーヒー一杯で文句も言わず閉店まで居させてくれた店の好意に感謝を伝え、扉へと踵を返した美咲は、その場で見た光景に泣き崩れた。
「……遥」
耐えていた涙が次から次へと頬を伝い落ちていく。息を切らし、店内へと駆け込んで来た遥に抱きかかえられた美咲は、彼の腕の中、声を殺して泣き続ける。
「はるかぁぁ、うぅぅぅぅ……」
「美咲! どうした!!」
ただならぬ様子に、美咲を抱きよせた遥に、背中をポンポンとあやされる。その優しい仕草に、涙はますます止まらなくなった。
「何があったか知らないけど、このまま此処にいるのも迷惑だから行こう。近くに車とめてあるから、そこまで歩けるか?」
美咲は、遥の言葉にただ頷く。
フラフラと抱えられるようにして歩く美咲は、遥に支えられ、車の助手席へと座る。そして、運転席へと遥が乗り込むとすぐに、車は発進した。
嗚咽をもらし泣き続ける美咲に、遥は何も聞かない。その事が、美咲には何よりも嬉しかった。
あてもなく走り続ける車の中、やっと落ち着いて来た頃、遥が口をひらいた。
「このまま、兄貴の家へ帰るか?」
美咲は、ただ首を横に振る。
「原因は、兄貴か。何やってんだよ、マジで。俺ん家、来るか? 行くとこ、ないんだろう?」
「遥、ごめん。迷惑かけて……」
「他の男、頼られるよりマシだ。あんなメール送って来て、スマホの電源も切ってるし、マジで心配したんだからな。死ぬとか簡単に言うなよな」
「ごめんなさい……」
謝ることしか出来ない美咲の頭を遥がくしゃくしゃと撫でる。その労わるような仕草に、美咲の涙は止まらなくなった。
「まぁ、いいや。今は話したくないんだろう? しばらく、俺ん家いろよ。今忙しいから、相手してやれねぇけど、勝手に使っていいから」
「遥、ごめん……、ありがとう……」
「あぁ、仕方ねぇな。ただ、兄貴には連絡するからな。今頃、美咲が帰って来なくて、半狂乱になってそうだ。いいな?」
廉が、心配なんてするはずがない。
だって今頃、静香さんと一緒にいるんだから。
廉の車へと乗り込み、唇を重ねた二人の姿が脳裏にこびりついて離れない。
頭を振っても、振っても消えない残像に心が軋む。
遥の問いに、こくんっと頷いた美咲を乗せ、車はスピードをあげ進む。
ビュン、ビュンと通り過ぎていく景色を眺める余裕もなく、美咲はあふれそうになる涙をただ耐えることしか出来なかった。
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