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我慢するだけの恋②
廉から逃げ出して数週間、彼とはすれ違いの生活を送っていた。いいや、すれ違いどころか、廉は家にも帰ってこない。
司と付き合い始めた美咲にとっては、廉に避けられている生活はかえって良い。廉の言動に振り回されることもなく、気持ちは凪いでいる。しかし、ぽっかりと空いた穴は広がるいっぽうだった。
「美咲ちゃん、どうしたの? つまらなかった?」
カフェのカップル席に司と二人座った美咲は、彼に声をかけられ、ぼんやりと外を眺めていたことに気づいた。
司との何回目かのデート。昼に待ち合わせ、ランチをして、今話題の映画を観る。そしてオシャレなカフェに入り、観た映画の感想を言い合い……、まさに理想的なデートをしている。それなのに、心をどこかに置いてきてしまったかのようにボンヤリとしてしまう。
誰と過ごしていようと、結局考えてしまうのは廉のことばかり。こんな状態で司と付き合っているなんて、いくらなんでも失礼だ。
何度か、別れを告げようとした。しかし、別れを告げようとすると、うまく話題を逸らされる。司は美咲の心の内に気づいていて、知らないふりをしてくれている。
そんな司の優しさに、美咲は甘えてしまっていた。
「……司さん。ごめんなさい」
「また、司さんって言っているし。呼び捨てには、してくれなかったね。美咲ちゃん、やっぱり忘れられない?」
司の言葉に顔をあげると、切なげに細められた目とかち合う。
(司さんを好きになれたら、幸せだったのかな……)
そんなことありえないと、心の中で思いながら美咲は頭をさげる。
「司さん、ごめんなさい……」
「そっか、俺じゃダメだったんだね」
司の言葉に首を横に振ることしか出来ない美咲の頭を優しく撫でる手に、涙があふれる。
「ちょっと、外歩こうか」
カフェを後にした美咲は司と肩を並べ橙色に染まる街中を歩く。時折り吹き込む冷たい風が、昂った心をわずかに冷やしてくれる。
人の波をぬい、たどり着いたのは人影もまばらな公園のベンチだった。
「泣くほど辛い恋でも、忘れられないか……」
「……はい」
「そっか。美咲ちゃん、最後に一つ教えて欲しいな。想い人との馴れ初めをね」
思いがけない司からの問いに、美咲は逡巡する。
廉との、馴れ初めって……
美咲の脳裏に廉と付き合っていた頃の楽しい思い出が次から次へと浮かんでは消えていく。
あの頃は、本当に幸せだった。
何をするのも初めてで、手を繋ぐだけでドキドキと胸は高鳴り、心が甘くとろけた。廉と一緒なら、見慣れた景色でさえ輝いて見えた。
「馴れ初めって……、廉とは恋人でもなんでもなかったし」
「ウソばっかり。そんな甘い顔してちゃ、説得力ないよ。彼……、廉さんって言うんだ。元彼だったのかな」
なんでもお見通しの司の言葉に、曖昧な笑みを浮かべる。
「恋人だったみたいだね。でも、今は別れちゃった。違う?」
的を得た言葉に、これ以上はぐらかす事は出来ないと悟った美咲は、廉との出会いから別れに至るまでをぽつり、ぽつりと話し始めた。
「そっかぁ。廉さんとは幼なじみだったんだね。そして、美咲ちゃんの初恋だった」
「うん。家もお隣同士で、家族ぐるみで仲がよかったの。ずっと、廉の後ばかり追いかけてた。廉だけが、私にとって特別で、告白して付き合えた時は、夢みたいだった」
「でも、別れちゃったんだよね。そんなに好きだったのに、どうして別れちゃったの?」
美咲の脳裏に静香の綺麗な顔が浮かぶ。
どうして別れたのか。その言葉が、美咲の心にグサッと突き刺さった。
自分から一方的に別れを切り出したのに、いまだに廉への想いを引きずっている。未練たらたらの自分が、本当嫌になる。
「振られたの……、他に好きな人が出来たって」
顔に浮かべた笑みは、言葉が終わらぬうちに消えた。嘘を重ねたところで意味はない。
心の中に自己嫌悪の靄が積もっていく美咲の耳に、司の明るい声が飛び込んできた。
「――でも、今は違うんじゃないの」
「えっ?」
「はは、だってそうだろ。じゃなきゃ、俺に挑発的なこと言わないよ。美咲ちゃん、覚えてる? 遊園地デートの最後、迎えに来た廉さん。間男に大切な彼女を奪われて悔しがる嫉妬男の顔してたんだよ」
にわかには信じがたい司の言葉に、美咲は首をひねる。あの時の廉は、セフレが他の男に取られ、憤っていただけなのだ。自分のおもちゃを他人に奪われ、癇癪を起こす子供と一緒。そこに、恋愛感情などない。
「……そんなことない。私の行動が気に入らなかっただけだよ。そこに恋愛感情なんてない」
「ははは、本当にそうかな。ある意味、俺と廉さんって、一緒じゃないかなぁって思うんだ」
「廉と司さんが、一緒?」
「そう、一緒。実はさ、俺……、忘れられない人がいるんだ」
「忘れられない人?」
「あぁ、俺の初恋。あの頃の俺は幼くてさ、彼女の辛さ、痛みに気づけなかった。別れてから気づくなんて遅いんだけど、気づいた時には、彼女は遠いところに旅立った後だった。彼女と別れてからは、最低でさ。寂しさを埋めるみたいに女遊びに明け暮れて、でも満たされることはなかったな」
昔を懐かしむように細められた司の目には、幸せだった頃の彼女との想い出が映っているのだろうか。追い求めても取り戻すことが出来ない日々は、今を虚しくさせる。
(司さんも、私と一緒だったのかな……)
過去にしばられ、前に進めない。傷を舐め合い慰め合っても、傷口は広がるばかり。決して、満たされることはない。
「そんな時、美咲ちゃんと出会った。ある意味、運命だったのかな。出会ったのも、別れたのも。俺も変わらなきゃね」
そう言って天を仰いだ司の顔は、なんだか晴れやかに見えた。
「前に進もうと決意した司さんは、すごいよ。私は、無理。今の関係を続ける虚しさもわかっているのに、捨てる勇気もない。傷ついても、廉の側にいられるなら、それでもいいやって思ってる。本当、嫌になる」
「傷ついても、側にいたい。その気持ち、廉さんに言ったことある?」
「えっ?」
「それが、美咲ちゃんの本心なんでしょ。その気持ち、ぶつけてみなよ。どういう結果になろうとも、一歩前には進めるんじゃない」
私の本心。
傷ついても、廉の側にいたい。
司の言葉が、美咲には天啓にも聞こえた。
「一歩前に、進めるか……。司さん、ありがとう」
「どういたしまして。さて、邪魔者は退散しますか。ほら、お迎えだよ」
視線をあげた美咲が見たものは、こちらへと歩みを進める長身の男の姿だった。
「廉……」
「美咲ちゃん、お礼に良いものを見せてあげる。嫉妬に狂う、男って奴をさ」
グイッと引かれた身体に、美咲は一瞬、何が起こったのかわかっていなかった。
廉から隠すように美咲に覆いかぶさった司の悪戯な視線と美咲の視線が、至近距離でからむ。やっと状況を理解した美咲の心に焦りだけが募っていった。
今の二人の体勢は、廉から見たらキスしているように映る。内心の焦りを知ってか知らずか、悪戯な笑みを浮かべる司に抱きしめられた美咲からは、廉の様子はわからない。
それが怖くて仕方がない。
「美咲ちゃん、黙っててね。あと、他の男に会うときは、スマホのGPSは切っといた方がいいよ」
楽しそうな笑みを浮かべる司の顔を見上げた美咲は、頭上から降ってきた冷たい声に言葉をなくす。
「俺の彼女を離してくれないかな、柏木司君」
美咲は司の腕の中、固唾をのんで二人のやり取りを見守るしかなかった。
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