35 / 45
特別な人
はぁぁぁ、憂鬱……
新鮮なサラダに、ベーコンエッグ。トースターで温めたクロワッサンからは、香ばしい香りが漂い、美味しそうな匂いを漂わせている。
しかし、食指がわかない。
廉の元から逃げ出して一週間。遥の家に厄介になるのもそろそろ限界だろう。このままという訳にはいかないと、美咲もわかっているのだ。
逃げていても何も解決しない。
静香との関係を問い質し、廉との関係を精算しなければならない。結果として別れることになっても、今の悶々とした状態よりはマシだ。
頭では理解している。
だけど、心が廉と会うことを拒否している。
何度目かのため息を吐き出した美咲へと、遥が苦笑まじりに茶々を入れる。
「お~い、美咲。手が止まってるぞぉ。どうせ、兄貴のことでも考えていたんだろうけど、早く食べてくれないと片付かん」
「あっ、ごめん。すぐ食べる」
美咲は目の前の遥の言葉に、朝食をかき込むと食器を手にキッチンへと向かう。居候をしている身としては、家事くらいはしなければ申しわけない。
カチャカチャと食器を洗い、インスタントコーヒーをカップに入れると遥の元へと戻る。そして、遥へとカップを手渡し椅子へ座った美咲は、意を決して重い口を開いた。
「遥、一週間ありがとね。理由も聞かず、家に置いてくれて、本当に助かったよ」
「いいや。別にいいよ。美咲は妹みたいなもんだしなぁ……、それで、原因は兄貴か?」
「……うん」
「やっぱりか。美咲は昔から兄貴のことだけを追いかけていたもんなぁ。俺にはさっぱり兄貴の良さがわからんけどな」
はははと笑う遥の視線に気恥ずかしさを覚えた美咲は俯く。その仕草を落ち込んでいると勘違いしたのか、遥が気遣うような優しい言葉を続けてくれた。
「もちろん、男として尊敬出来る部分もある。トップモデルになって、人気絶頂で引退して、今の会社をたった二年で大きく成長させた手腕は、すごいと思う。ただ、性格は激情型だろう。容赦ないというか、獲物の追いつめ方がエグいというか。一方的に振られたからって、ストーカー紛いの行為を繰り返して、最終的には美咲を囲ってしまうなんて、あり得ないだろう」
渇いた笑いが遥の口からこぼれ、美咲も苦笑いを浮かべる。
遥は兄弟だからこそ、美咲と廉の関係を昔から知っていたし、二人のことで多大な迷惑を被っているのも事実だった。しかし、遥は中立の立場でいつも美咲にアドバイスをくれる。決して美咲の意にそぐわぬ行動を取るわけでもなく、見守ってくれている。彼の存在があったからこそ、美咲は希望を捨てずに済んでいたのかもしれない。
「今でも、どうして兄貴が好きなのか不思議だよ。普通、誰だって拉致監禁まがいのことをされたら怖くて逃げ出すだろう。でも、美咲は兄貴の重い愛を受け入れた。兄貴の浮かれぶりを見ていたら直ぐわかったよ。よりを戻したんだって」
「たぶん、私もおかしいのよ。確かに、廉の行為は酷いと思う。家を失って、廉しか頼れないってなって、なんて身勝手な人だと思った。私の気持ちなんて完全に無視よね。自己中にもほどがあるって。でも、嬉しかったの。心の底から嬉しかった。勝手に別れを告げた私への執着。今でも廉に求められている事実が、嬉しくてたまらない。怒りと支配欲を満たすためだけの性のはけ口として囲われていると分かっていても、嬉しかったの」
三年ぶりに廉に会ってキスを交わした時、止まっていた時計の針が動き出した。
静香に奪われた廉が目の前にいる。それだけで美咲の心は満たされた。
廉の持つ美咲への執着は、心の奥底に燻り続けた廉への執着と同じ。それは、紛れもない喜び。
廉に囚われることに喜びを感じていた美咲も、廉と同じように狂っていたのだろう。
初めて廉に恋をした時から、彼だけが特別だった。
幼き頃の想い出が、美咲の脳裏に浮かんでは消えていく。
昔から口下手で思っていることを伝えるのが出来ない子供だった。周りの子供みたいに、簡単に友達を増やせるタイプでもない。学校でも、一人ぼっち。孤独を感じていた美咲の生活が一変したのは、廉と遥が隣に引っ越して来てからだ。
友達がいない美咲に初めて出来た友達。年の離れた兄のような廉と、同じ年の遥。イケメンで社交的な遥は、あっという間に学校一の人気者になり、友達のいなかった美咲にも、ポツポツと女友達が出来始めた。ほとんどの女子が遥目当てだったが、当時の美咲はそんなことにも気づけなかった。
遥の周りをチョロチョロする美咲が目障りになったのか、女子からの虐めが始まった。出来た友達はあっという間に姿を消し、虐めだけがエスカレートしていく。こんな辛い思いをするくらいなら、一人でいた方が良かったと、遥をも恨むようになっていた。そして、とうとう学校へ行かなくなった。
家から一歩も出なくなった美咲を心配し、見舞いと称して来るようになったのが、年の離れた廉だった。
遥から聞いて美咲の現状を知っていただろうに、廉から学校のことを聞かれることはなかった。
あり触れた世間話に、届けられていた宿題を見つけては教えてくれたりと、虐めを思い出したくない美咲にとって、何も聞かない廉の心遣いが、ただただ嬉しかった。
真綿に包まれたような優しい日々の中、廉が告げた言葉が、美咲の全てを変えた。
『友達って、そんなに大切かな? 美咲が本当に必要としているのは、美咲のことを理解し、丸ごと受け入れてくれる誰かじゃないの。周りの環境で態度を変える友達なんて、本当に必要?』
廉の言葉が、心に突き刺さった。
(私が欲しいのは、私を丸ごと受け入れてくれる誰か……)
あの時、隣に座っていた廉を見上げたことだけは、覚えている。
ずっと、廉だけが特別だった。
「まぁ、美咲にとって、兄貴だけが特別だもんなぁ~。昔から、変わんねぇな」
「……うん」
「兄貴と、決着つけてくんだろ! 送って行くよ。兄貴の家でいいか?」
「ありがとう、遥」
「まぁ、ダメだったら俺を頼れよ。その時は、俺から兄貴に説教してやっから!」
「ふふふ、昔から廉に逆らえた試しないくせに」
「うるせぇ! 行くぞ」
重く沈んでいた心が、遥の言葉で少し軽くなる。わずかに差し込んだ希望を胸に美咲は覚悟を決めた。
どんな結果になろうとも、私の心は変わらない。
廉が好き。廉への想いだけは、一生変わらない。
「遥、ありがとう」
「あぁ、じゃあ、行くか」
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*
罰ゲームで告白されたはずなのに、再会した元カレがヤンデレ化していたのですが
星咲ユキノ
恋愛
三原菜々香(25)は、初恋相手に罰ゲームで告白されたトラウマのせいで、恋愛に消極的になっていた。ある日、職場の先輩に連れていかれた合コンで、その初恋相手の吉川遥希(25)と再会するが、何故かヤンデレ化していて…。
1話完結です。
遥希視点、追記しました。(2025.1.20)
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
【完結】大学で人気の爽やかイケメンはヤンデレ気味のストーカーでした
あさリ23
恋愛
大学で人気の爽やかイケメンはなぜか私によく話しかけてくる。
しまいにはバイト先の常連になってるし、専属になって欲しいとお金をチラつかせて誘ってきた。
お金が欲しくて考えなしに了承したのが、最後。
私は用意されていた蜘蛛の糸にまんまと引っかかった。
【この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません】
ーーーーー
小説家になろうで投稿している短編です。あちらでブックマークが多かった作品をこちらで投稿しました。
内容は題名通りなのですが、作者的にもヒーローがやっちゃいけない一線を超えてんなぁと思っています。
ヤンデレ?サイコ?イケメンでも怖いよ。が
作者の感想です|ω・`)
また場面で名前が変わるので気を付けてください
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。