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決意と絶望
遥と共に玄関へと向かった美咲は、突然響いた来訪を告げるベルの音に、思わず彼を見上げた。
「誰だ? ちょっと、待ってて」
来訪者を確認するため、遥がリビングへと戻って行く。そして、来訪者が誰かを確認し戻って来た遥に告げられたのは、廉が来ているということだった。
「兄貴、家にあげてもいいか?」
廉が来ている。私も覚悟を決めなくちゃ。
どんな結果になろうとも、廉と話し合って前に進むと決めた。もう、逃げない。
美咲は震える手を押さえ、遥に向きなおる。
「大丈夫。ちゃんと、話しをする」
「わかった。リビングで待ってて」
遥に手を取られリビングへと戻った美咲は、ソファへと座る。覚悟を決めたはずなのに、廉と会わなければならない緊張から身体が震え出す。そんな美咲の心情を察してか、頭をポンポンと撫でる遥の気遣いが、ありがたい。
玄関へと踵を返した遥の背を見送り、廉を待つ。
あの夜の出来事を廉に確認しよう。
もしかしたら、廉の車に乗っていたのは、静香さんと、廉ではない別の誰かだった可能性だってある。
地下駐車場は、薄暗かった。
静香さんとキスをしていた誰かの顔を、私は見ていない。
あの夜から何度も考えた。
廉は私を好きだ、愛していると言ってくれた。
結婚しようとプロポーズまでしてくれたんだ。
廉の言葉が全て嘘だったとは、思いたくない。
貶めるだけについた嘘だとは、考えたくない。
きっと、二人は男女の関係ではない。
廉を信じよう。
今までのすれ違いは、廉ときちんと話し合わず、逃げてばかりいた結果、生じたこと。
自分の想いや感情。もっとお互いの心の内を隠さず曝け出していたら、こんなにこじれることはなかった。
三年前の過ちを繰り返してはならない。
静香と廉の関係が誤解だと分かれば、全てが上手くいく。
美咲は震える手を握り締め、緊張の中、廉の訪れを待った。ほんの数分が何時間にも感じられる。心臓の高鳴りを深く息を吸うことで落ち着かせていた美咲の耳に、リビングの扉が開かれる音が聴こえた。
反射的に顔を上げる。
「廉……」
たった一週間。
たった一週間、離れていただけなのに、廉に会えた喜びで胸がいっぱいになる。
あふれ出しそうになる涙を耐え、美咲は思う。
(やっぱり、廉じゃなきゃダメなのね……)
振り回され、傷つけられても、心が求めるのは廉だけなのだ。
「……美咲」
ゆっくりと近づいて来た廉が、美咲の目の前にしゃがみ抱きしめる。
廉の匂い。
昔から好きだったこの香り。
切なくも懐かしい香りに包まれ、緊張で強張っていた身体が解けていく。
「美咲、俺たちの家に帰ろう。今までのこと、これからのこと、ちゃんと二人で話そう」
見上げた廉の顔が、辛そうにゆがむ。
彼もまた、後悔している。
今度こそ、間違えない。
三年前、廉に静香との関係を聞かず別れを選択していなければ、不安で辛い日々を送らなくても済んだかもしれない。
たとえ、この先に別れが待っていようとも、もう間違えない。
決意の元、廉の肩に埋めていた顔を上げた時、美咲の目に衝撃的な光景が飛び込んで来た。
「うそっ……、なんで……」
リビングの扉から入って来た静香の姿に衝撃を受け、言葉が出て来ない。
(嘘でしょ。なんで、なんで、彼女がいるのよ……)
廉と一緒に来たのは、明らかだ。
頭の中をめぐる疑心暗鬼が、『対話』という選択肢を消し去っていく。
廉は、私を裏切っていたの。
愛していると言ったのも、結婚して欲しいと言ったのも全て嘘だったの。
弄んで、騙して、最後は捨てるのね。
これで廉の私への復讐は終わりってわけ。
心の中に生まれた疑心が怒りへと変わり燃えあがる。
じゃあ、廉の望み通りにしてあげる。
復讐を成し遂げ、惨めな私を二人で笑えばいい。
嬉しさであふれた涙は、とうの昔に怒りの炎で燃え尽きていた。
「廉、なにしに来たのよ?」
想像以上に、低い声が出ていた。
「……美咲、なにを言って――」
「――、放して! 私に触らないで!」
美咲の叫び声に、廉の手が離れていく。突然の変わり身に、さぞかし面食らっていることだろう。
少しでも廉に反撃出来たと思えば、わずかばかり胸がすく。
「静香さん、お久しぶりですね。と、言っても数週間前に、イタリアンレストランでお会いしてますね。店員と客、としてですが」
地を這うような暗い声に、その場にいる誰もが言葉を発しない。
「廉、ここに何しに来たの? 静香さんと一緒に。めんどくさい女は、本命彼女と一緒じゃないと別れられないとでも思ったの?」
「美咲、なにを言って……」
「良かったじゃない。この状況だと、静香さんもご存知のようだし。どうせ今までだって、廉と一緒に惨めな私のことを笑っていたんでしょうしね。本当、お似合いの二人……、廉も復讐を果たして、晴れて静香さんと一緒になれるじゃない。惨めに追い縋ったりしないから安心して。二人で幸せにね」
その場へと立ち上がった美咲は、俯きフラフラと扉へと歩みを進める。
終わった。
廉との関係もこれで終わり。
あふれ出しそうになる涙を耐え、俯く。
惨めに泣く姿なんて、絶対に見せてやらない。
絶対に。
唇をかみしめ、もれそうになる嗚咽をこらえ急ぎ扉へと向かう美咲の腕が、強い力で引き寄せられた。
「……放して、……放してよ!!」
抱き寄せられた反動で飛び散った涙は止まることなく、廉の服へと染みをつくっていく。
捨てられてもなお『廉が好きだ』と叫ぶ心がみじめで、美咲は癇癪を起こした子供のように暴れる。
こんな態度しか取れない自分がみじめで、みじめで仕方がない。
「頼むから、話を聞いてくれ!」
「何を話すことがあるって言うのよ!! 私にはもうない。後は静香さんと二人で幸せになればいいじゃない!!」
抱きしめ離さない廉から逃げるため、めちゃくちゃに暴れる。
「静香とは、何でもないんだ。恋人でもないし、想い人でもないし、恋愛感情なんてない。彼女はただのビジネスパートナーであって、男女の関係じゃない!」
「嘘つかないでよ!! 三年前だってそう。静香さんは私に言った。廉と別れなさいって。彼女と付き合っていたんでしょ。廉は私に別れを告げるのが出来なかった。幼馴染みを振るのが可哀想で、付き合ってくれていただけ。優柔不断な廉に痺れを切らして、静香さんが来たんでしょ!」
「違う! 美咲の誤解だ。三年前だって、美咲と付き合っていた時だって、今だって、静香と付き合ったことなんて一度もない」
「嘘よ、嘘よ、嘘よ……、だって、廉は静香さんと車の中でキスしていたじゃない!!」
「――はぁ!? キス? あるわけない! 一度だってしたことない!」
この期におよび、シラを切り続ける廉に、美咲の怒りのボルテージもあがり爆発した。
「見たんだから!! 家に帰らなかった日の夜、地下駐車場で、廉と静香さんが車の中でキスしていたの、見たんだから!!」
「はぁ?」
「――――っ!!」
「マジかぁ……」
沈黙に支配された部屋の中、今だに納得が出来ないとでも言うような廉の声と息をのむ静香の声、そして、ばつが悪そうに遥の呟きが落ちた。
「……それ兄貴じゃねぇ。俺だわ」
「えっ!?」
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