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過ぎ去りし日々の中で
夕暮れ時の喫茶店。コーヒーの香りが漂う店内は、相変わらず人もまばらだ。
美咲は、一番奥のソファ席に座り資料片手に、パソコンのキーボードを打ち鳴らす。『カタカタ』と鳴るキーボードの音を気にとめる人はいない。
「本当、社長も人遣い荒いんだから」
足元に縋りつくヒョロっとした優男を思い出し、美咲は苦笑いを浮かべる。
(あれで表に出れば、キリッとしてイイ男風になるんだからタチが悪いわ。はぁ~、どいつもこいつも芸能関係者にマトモな奴はいないのか!)
『enter』キーを力任せに打ち鳴らした美咲は、怒りを収めるべくコーヒーをひと口飲む。
「そろそろ、時間ね……」
腕時計を確認し、喫茶店の入り口付近に目をやれば、時間ピッタリに目的の人物は現れた。
美咲に気づき、ゆっくりと近づいてくる彼女は、最後にこの場所で会った十年前と変わらず魅力的な笑みを浮かべている。
真っ直ぐに伸びたストレートの髪は、今は顎下で切りそろえられ、銀縁の眼鏡をかけ紺のパンツスーツを着こなした姿は、十年前より貫禄が増し、妙な迫力がある。
閑散とした店内にあって、彼女の颯爽と歩く姿は、居合わせた人達の視線を集めていた。
しかし、今の美咲が彼女の姿にひるむことはない。
「美咲さん、久しぶりね。あなたに、この店で引っ叩かれて以来ね」
十年前と同じように、美咲の目の前の席に座り、試すような物言いをする静香の態度にも、焦ることはない。
(相変わらず、意地悪な人ね)
「静香さん、お久しぶりです。本当、当時はどうかしてました。もう一発、殴っておけば良かったと後悔しています」
「あなたも、言うようになったわね」
「まぁ、酸いも甘いも経験して来ましたから」
「そうねぇ。美咲さんの噂は業界では有名ですものね。ヒットメーカーって。あなたが担当するタレントの売れること、売れること。今じゃ、美咲さんにマネージャーを任せたい、自社に引き抜きたいと思っている輩からのヘッドハンティングが凄いんじゃない?」
「はぁ、まぁ、否定はしません」
「昔のあなたからは、想像も出来ない出世ぶりよね。今の会社だって潰れかかった弱小芸能事務所をあそこまで成長させたのは、あなたの力も大きいでしょう?」
「がむしゃらに、働いて来ましたから……」
そう……、十年がむしゃらに働いた。前だけを見て、ただひたすらに。
辛く、苦しかった十年間が美咲の脳裏を走馬灯のように流れては消えていく。
いつだったか、昔働いていたバイト先のチーフに言われた言葉を思い出す。
『どこに縁が転がっているかわからない』
就活に失敗し、就職先も決まっていなかった美咲は、当時本気でバイト先のイタリアンレストランに就職出来ないか掛け合うつもりでいた。そんな時、出会ったのが今の芸能事務所の社長だった。
泥酔して店にやって来たのが、美咲と社長の初めての出会いだった。あまりの酔っ払いぶりに放っておけず、介抱しているうちにポツポツとたわいもない会話をしたことを覚えている。
その後、度々やって来る社長に気に入られ、身の上話をお互いにしている内に、いつの間にか彼の会社に就職することが決まっていた。
(まぁ、働き始めた当初は、完全に奴に騙されたと思ったけどね)
就職先は数人のスタッフで切り盛りする弱小芸能事務所。ブラックもブラックで就業時間はあってないようなもの、巷では当たり前の週休二日制なんてものは皆無で、有給なんて……、の状態だ。
複数の所属タレントの管理を一人で行い、営業先への挨拶、売り込み、企画、発注まで全て一人で行わないといけなかった。しかも、管理タレントが売れなければ倒産の危機が後ろに迫るという恐怖のオマケつき。
何でもやった。
自身のタレントを売り込むため駆けずり回り、どうにか仕事をゲットし、クレームが入れば必死に頭を下げた。小さな仕事でも必ず現場について行き、仕事の出来をチェックし、今後に活かす。
あまりの忙しさに、何度会社を辞めようと思ったか分からない。しかし、最後の夜、廉に誓った言葉だけで、必死にしがみついて来た。
『誰にも惑わされない強い女性になりたい。貴方の隣に立てる女性に』
必死に働いて来たおかげか、状況が好転しだしたのが数年前。美咲が担当するタレントへ舞い込む仕事が、年々増えていくのである。そして、営業先で言われる言葉の数々に、初めて自分は間違っていなかったと思えた。
『あなたとなら、信頼して仕事が出来る』
美咲が必死で駆けずり回った、成果だった。
「それで、今の社長は貴方を手放すことに同意したの?」
「まぁ、一応は……、泣いて縋られましたけど。本当、女々しい男は嫌です」
「あらっ!? 廉も充分、女々しい男ではなくって。別れた恋人を十年待ち続けるなんて、女々しくて執着心の強い男よ」
「――っ、廉は、別です!」
「ふふふ、そういうところは変わっていないのね。あれ以来、廉とは会っていないの?」
「えぇ」
「まさか、連絡もとっていないとか?」
「はい。中途半端なままでは会えなかった。自信をつけてからじゃないと」
「そう。じゃあ、今の廉の動向も知らないのね」
「まぁ、世間一般的な認識はありますね。廉の会社が十年間で急成長したのは、知っています。都心のど真ん中に自社ビルを構え、数百人のタレントを抱える大手芸能プロダクションに成長した事は知っています」
「そうね~、まさかあそこまで頑張るとは思わなかったわ。美咲さんと別れてからの廉は、何かに取り憑かれたように働いていたわね。きっと貴方のいない寂しさを紛らわすために必死だったのねぇ。それに巻き込まれた私もよく働いたわぁ。おかげでだいぶ婚期を逃したけどね」
大きなため息を吐き出し、呆れた視線を投げる静香を見て、苦笑をもらす。
少しでも廉は私のことを思い出してくれていたのだろうか?
辛い時、苦しい時……、廉の優しい笑顔や大好きだった香り、抱き締められた時の温もりを思い出し、いつか会えると信じて頑張って来た。
辛い時、廉も私のことを思い出してくれていたのだろうか。
「だから、安心して。仕事一筋の十年間、一度たりとも女の影はなかったわよぉ。貴方が心配してたのもそこじゃなくって?」
「ふふふ、例え女の影があろうとも奪う自信は有りますけど。もちろん静香さんのような姑息な手段は使いません。正面切ってぶつかってやりますよ」
「本当……、十年前の可愛かった美咲さんは何処に行っちゃったのかしらねぇ~」
「ははは、冗談ですよ」
彼は、まだ誰も選んでいない。
廉もまた、待ち続けてくれている。
そんな確信が美咲の心を満たし、熱くさせる。
「静香さん、今までありがとうございました。廉を支え続けてくれて。やっと……、やっと、あなたから奪い返せます」
「本当、可愛くないんだから。私も十年色々あったのよ。罪滅ぼしかしらね……、まぁ、いいわ。じゃあ、行きましょうか」
「えぇ」
美咲は立ち上がると伝票をスッと手に取り、静香へと意味深な笑みを浮かべた。
「ふふふ、美咲さんも大人になったということかしら? おごられておくわ」
静香が踵を返し、扉へと歩いていく。
『十年前の意趣返しが出来たかしら』とほくそ笑み、美咲もまた静香の後に続き歩き出した。
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