【R18】スパダリ幼なじみは溺愛ストーカー

湊未来

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動き出した針


「――――、久しぶりだね」

 美咲が気づいた時には、一緒に入室したはずの静香は消え、社長室にいるのは廉と二人だけ。
 美咲の目に映る街並みはすっかり夕闇に包まれ、柔らかな室内灯に照らされた廉の表情も、今なら手に取るようにわかる。

 どれくらいの時間、廉しか目に入っていなかったのだろう。二人見つめ合う姿を静香に見られていたかと思うと居た堪れなさに心が落ち着かない。ただ、廉から視線を逸らす選択だけはなかった。

 焦げ茶色の髪を緩く流し、三揃いのスーツをパリッと着こなした廉の姿は、十年前と変わらずとても洗練された印象を美咲に与える。

 昔と変わらない廉の立ち姿を嬉しく思う反面、美咲の名前を呼ぶ声は艶を増し、眩しいものを見たかのように細めた目元も、笑みを浮かべた口元もゴクリと喉が鳴ってしまうほどに色っぽい。

 明らかに十年前より色気が増し、イケオジ化した廉に美咲の心臓は痛いくらいに高鳴っていた。

 キラキラとした夜景を背にこちらを見つめる廉と、扉を背に立ち動くことが出来ない美咲。この物理的な距離に感謝してしまうほどには、心が動揺していた。

(どうしよう……、言葉が出て来ない)

 廉に会ったら、話したいことがいっぱいあった。
 同じ業界に就職することになった経緯いきさつや、廉に少しでも近づきたくて努力してきたこと。そして、努力が身を結び、廉の隣りに並び立つにふさわしい女性になったと、自信が持てたこと。

 大人の女性になりたくて、誰にも惑わされない強い女性になりたくて、廉の隣りに並び立つにふさわしい女性になりたくて……、話したいことはたくさん頭に浮かぶのに、言葉が出てこない。

 でも、これだけは伝えたい。
 今でも、廉だけを愛していると。

 心に宿る熱い想いに言葉がつまり出てこない。焦れば、焦るほど胸がつまって言葉を紡ぐことの出来ない美咲へと、ゆっくりと廉が近づいてくる。

 沈黙に支配された部屋に、廉の靴音だけが響く。

 何も言えず、近づいて来る廉を目で追うことしか出来ない美咲を廉が抱き寄せた。

「――――、会いたかった」

 耳元で言われたかすれ声に美咲の胸がキュッと痛む。力強い腕に抱かれ、懐かしい香りに包まれ、目から涙が勝手にあふれだした。

 もう、我慢しなくてもいいんだ。

 美咲はあふれ出した想いのまま、廉の背に腕を回し強く強く抱きつく。頬を流れる涙は止まることを知らず、チャコールグレイのスーツに吸い込まれ、涙の染みを広げていく。

(あぁぁ、大好きな廉の香り。まだ、この香水を使っているんだね……)

 苦く、甘い香りが、切なくも幸せだった頃の記憶を呼びさます。

『はい。廉、プレゼント!』

『えっ!? なに? ――、香水って。男が香水つけるかよ。使い方がわからん』

『いいじゃん。私の大好きな香りなんだ。好きな人から、好きな香りがしてるのって、なんかいいじゃん。独占欲って、やつ? この人は私の恋人ですってね。廉、必ずつけてよね!』

『はぁぁ、何だよそれ……、わかったよ。つければいいんだろ!』

 初めて廉に贈ったプレゼント。
 大好きな香りを恋人に贈った。幼い頃の甘酸っぱい独占欲。その香りを廉はずっと身にまとってくれていた。彼は約束をまもってくれていたのだ。

 ずっと、昔から愛されていた。

 十年も待たせてしまった。もう、過去の愚かな自分には戻らない。

「廉、愛しているの。今まで、待たせてごめんなさい」

「長かった。――もう、待てない」

 廉に唇を塞がれていた。
 十年ぶりに感じる廉の熱が美咲を痺れさせる。
 会えなかった長い時間を埋めるかのように重ねられた唇が、深く深く交わる。

 もう、離れたくない。
 もっと、近く。もっと近くに廉を感じたい。

 唇を割って口内で絡み合った舌が、吸い上げられ、含みきれなかった唾液が顎を伝い落ちていく。
 呼吸まで奪うかのような激しい口淫を与えられても満足出来ない。

 足りない。
 廉とのわずかな距離が、切なくてたまらない。

 美咲は心に宿る切なさを埋めるかのように、廉のスーツを強く握りしめ引き寄せた。







「本当に、静香の後任に美咲が入るのか? よく手放したな。引き留められなかったのか?」

 廉の会社を後にした美咲は、廉の運転する車で夜の街を走っていた。

「まぁぁ、社長には泣きつかれたわね。俺を捨てるのかぁーって、泣いて叫ばれた時には、正直ドン引きしたわ。本当、女々しくて嫌になっちゃう!」

「確かK&Mの社長って、アイツか。どこかのパーティーで会った時は、そんな感じには見えなかったけどなぁ?」

「あぁ。表の顔と裏の顔が違うっていうか、他人の前ではキリッとするからタチが悪いのよ。出来る男風っていうの」

「――、よく知っているんだな」

「そりゃあ、十年近く一緒に働いていれば本性だって分かるわよ。しかも弱小芸能事務所よ。奴の秘書みたいな仕事も多かったけど、ほぼ雑用係ね」

「奴は俺の知らない美咲の十年を知っているんだな……」

 前を見据え、運転する廉の声が暗く沈む。その嫉妬めいた言葉に、心が浮き足だっているのを感じ、美咲は茶化すような言葉を続ける。

「やだ、嫉妬しているの?」

「嫉妬もするさ。俺が知らない美咲を知っていると考えるだけで、ドス黒い感情に支配されそうになる。美咲は、会わなかった十年、少しでも俺のことを思い出してくれたのか?」  

 気恥ずかしさを隠すように言った言葉に返ってきたのは、真剣な眼差しと迷子の子供のような不安気な声だった。

(廉の馬鹿。あなたの事しか考えてなかったわよ)

「ねぇ、廉。どうしてここまで私が、がんばって来れたのかわかる? ブラックな会社でも辞めずに、がむしゃらに働いて来た理由がわかる?」

「……努力してきた理由?」

「もう、ほんと鈍感ね。廉と交わした十年前の約束を守り、あなたの横に並び立つのに相応しい女になりたかったからよ。廉を思い出さない日なんて、なかった。辛い時、苦しい時、泣きたい時、廉のことを思い出して耐えてきた。今も昔も、あなただけが特別なの」

「――――美咲、ありがとう。ずっと、俺を想い続けてくれて」

 絞りだすように言われた言葉は震えていた。

『いつからそんなに涙もろくなったのかしら……』と、どうでもいいことを考えながら流れる車窓へと視線を移した美咲の目にも涙がにじむ。

「廉、お願いがあるの。十年前、一緒に住んでいたタワーマンションに連れて行って欲しいの」

「わかった」

 廉が車のスピードを上げる。ビュンビュンと流れていく車窓をぼんやりと見つめ、美咲は苦笑をもらす。

(あの時と、同じね)

 十年前、廉に拉致された時と同じ状況。あの時は絶望しかなかった。
 別れてからも忘れられなかった想い人に拉致されて、監禁されて、性のはけ口にされたと思い込んで絶望した日々は、今でも美咲の心に暗い陰を落とす。

 しかし、タワーマンションで廉と二人過ごした日々は辛いことばかりではなかった。
 あの場所には、辛い想い出があるのと同じだけ愛された記憶もあるのだ。だからこそ、今夜辛い想い出に終止符を打つ。

 あの場所からもう一度、二人の時間を進めたい。

 決意もあらたに、車窓から流れる景色を見つめていると見慣れた景色が広がっていく。そして車は、タワーマンションの地下駐車場へと入り、住居者用の区間で停車した。
 
「あらっ? まだここに、住んでいるの?」

「あぁ。別れてから美咲のいない部屋に一人残るのも辛かったんだけどね、どうしても離れられなかった。あの部屋には、美咲との苦しくて辛い想い出もあるけど、幸せに満ちた想い出もあるから。どうしても、手放せなかった。まぁ、美咲が戻って来るんじゃないかと、妄想に取り憑かれたのもあるな」

 ははっと笑う廉の横顔を見つめ、愛しさで胸がキュッと痛む。廉の言葉の端々に散らばる愛に心が満たされ、たまらない。

「そうだったのね。廉、ついてきて」

「えっ? 何処へ行くんだ?」

「いいから、いいから」

 美咲は廉の手を引き、地下駐車場を抜け外へ出る。タワーマンションを横目にまわり込み、このマンションのもう一つのエントランスへと廉を連れて来た。

「ここって……」

「廉は利用したことがなかったでしょ。最上階以外の住人専用エントランス。一緒に来てくれる?」

 美咲はいぶかしげな視線を投げる廉に微笑みかける。そして、廉の手を握り歩き出した。

 エントランスをくぐると真っ直ぐにエレベーターへと向かい乗り込み、五階を押す。ゆっくりと上昇するエレベーターの中、美咲の心臓は痛いくらいに早鐘をうっていた。

「えっ!? どういうことだ?」

 エレベーターを降り廊下を進んだ一番奥。角部屋の扉の前に連れて来た美咲を見つめ、ますます廉が不思議そうに首を傾げる。

(本当、鈍感……)

 そんな廉の鈍さを可愛く思えるようになったのも自分が大人になったからかもしれない、と思い緊張がわずかにほぐれる。

「私ね、一年前からこの部屋に住んでいるのよ」

「――――っ!! 嘘だろう!」

 驚きで目を丸くする廉を横目に鞄から鍵を取り出した美咲は扉を開け中へと入る。

「廉、どうぞ入って」

 今だに玄関前でポカンとした顔のまま立っている廉に入室を促した美咲は、廊下を抜けリビングへと向かった。
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