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浦安女性看護師殺害事件
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事件が発覚したのは2012年5月1日午前、千葉県浦安市内のオートロック付きマンションの一室だった。
浦安市は都心から電車で30分ほどの通勤圏。マンションは単身向けの間取りの賃貸がメイン。1階は紳士服店と駐車場。1階にオートロックの自動ドア付きエントランスがあり郵便受けがある。2階から5階が居室となっており比較的新しい建物である。
同日朝、当該マンションに居住する男性(当時23歳)が、自室で女性が倒れているのを発見し警察に通報した。
女性はその場で死亡が確認され、遺体には胸部を刃物で刺された痕跡があった。
司法解剖の結果、死因は心臓に達する刺創による失血死と判断された。
被害者は宮城県仙台市在住の女性看護師でこちらも発見者男性と同じく当時23歳。
発見時、室内を物色された形跡は一部に見られたが、争った形跡は限定的で、盗まれたものは無し。被害者に明確な防御創は確認されなかったと報道されている。
被害者は女性であったが着衣の乱れも確認されなかった。
現場となった部屋は被害者女性本人の居住地ではなく、発見者である男性が居住する賃貸マンションの一室だった。マンションはエントランスにオートロック設備があり、居住者もしくは居住者に開錠された来客しか基本的には建物内に立ち入れない構造であった。
当初、警察は「知人宅での殺害事件」として捜査を開始した。被害者が地方在住であり、事件当夜は一時的に上京していたこと、また殺害現場が第三者の住居であったことから、無差別犯行や通り魔的事件とは異なる性質を持つ可能性が早い段階で認識された。
第一報では、
被害者がなぜこの部屋に滞在していたのか
事件当時、部屋の居住者がなぜ不在だったのか
外部から第三者が侵入した可能性があるのか
といった点が不明で、警察・報道ともに事案の全体像を把握できていない状況だった。
現場検証の結果、凶器とみられる刃物の存在、室内の状況、入退室経路の確認などが進められ、警察は当初から「計画性の高い犯行か、突発的な侵入犯罪か」の両面を視野に入れて捜査を開始した。
この時点では、犯人像・動機・侵入経路はいずれも特定されておらず、事件は「背景関係が複雑な殺人事件」として大きく報じられることになる。
警察発表および初期報道により、現場の部屋に居住していた男性は被害者の元交際相手つまり元カレであったことが明らかになった。二人は過去に福島県の学校の同級生であり交際関係にあったが、事件当時はすでに別れていた。警察の事情聴取に対し男性は「現在は友人関係だった」と説明している。
被害者は事件当日、宮城県から友人と会ってディズニーランドに行くために上京していた。ゴールデンウィークに合わせたのだろう。
報道によれば都内でディズニーランドの約束をしたのと別の知人と会食した後で、深夜帯に現場となった浦安市のマンションへ向かったとされている。
防犯カメラの映像から、被害者とみられる女性が東京メトロ東西線・東陽町駅で0時過ぎに終電を降りた様子が確認されており、その後の移動経路については捜査初期段階では明確に特定されていなかった。
元交際相手の男性は、被害者が宿泊する可能性があったため合鍵を郵便受けに入れて外出していたと説明している。ゴールデンウィークではあるが飛び石連休の間の平日でもあるため、勤務先によっては稼働日だったことも考えられる。
事件発生時刻とされる深夜から未明にかけて男性本人は帰宅しておらず、漫画喫茶などで時間を過ごしていた。そして朝になってから帰宅したと供述している。当然ながら警察はこの供述について、当初からアリバイの確認を進めたことが想像できる。
このように、やや特異性のある状況と現時点の登場人物が被害者と発見者に限られていることにより、報道の関心は自然と元交際相手の男性に集中した。被害者も外見が華やかな若い女性であり、顏写真も連日ニュース画面に現れた。ネット探偵の関心もまた同様である。
報道では以下の点が小出しに明らかにされ、新情報が尽きるまでは繰り返し取り上げられた。
殺害現場が元カレの居住する部屋であったこと
オートロックにもかかわらず被害者が合鍵を使用して入室していたこと
元カレで部屋の主でもある男性本人が事件当時に不在であったこと
男性が朝に帰宅してから女性の遺体を発見して通報するまでにタイムラグがあったこと
破局後も友人関係を維持していたとする関係性の説明
被害者が地方在住であり、当夜は一時的な滞在であったこと
とりわけ、「友人関係だとしても元カノが家に泊まる一方で、居住者本人である元カレが敢えて帰宅していなかった つまり部屋だけ貸した」という状況は、異質さを強調する材料として報道で言及され、ネット探偵からも不審視された。
一度は別れたとはいえ元カノが元カレの家に泊まりに来るくらいなので復縁の芽がわずかでもあったのではないか。復縁の芽があるにも関わらず元カレのほうから避ける行動は理解しづらい。
別れた後は顔も合わせたくないほどになっていたならそもそも自宅に泊まることすら断るのではないか。自分が部屋を空けてまで元カノに貸すのは親切心が過剰なのでは。
今となっては余計なお世話であるがそれが世の中の意見の主流であった。
また、被害者が終電を逃し、深夜に浦安市方面へ移動していた点についても、足取りの不透明さとして報道された。東陽町駅から現場マンションまでは相当の距離があり、徒歩移動は現実的でないとする見方も示されたが、警察は移動手段を特定できていない段階であり、詳細な行動経路は「調査中」とされた。
報道の中で大人の足で一生懸命歩けば50分という検証結果も出されたが、若い女性が深夜にそこまでの行動を取るかに疑問符が打たれていた。
元交際相手の男性については発見者でもあり当然真っ先に任意での事情聴取が行われたが、同時に警察は、提出されたアリバイについて裏付け捜査を進めていることを明らかにした。
現場の室内状況、男性の外出記録、防犯カメラ映像などが並行して確認され、捜査は人物関係と外部侵入の両面から進められていた。
ただ、男性のアリバイは当初から報道されていた。漫画喫茶の防犯カメラに映っていて供述通りで間違い無いということだった。その後もそれが覆る情報が警察から出ることが一切無かったことを考慮するに、現場マンションの防犯カメラにも翌朝の帰宅時まで男性は一切映っていなかったということだろう。
後から新たに報道された内容というと、女性の着衣に乱れがなかったのは当初の通りだが部屋に入った後で着替えた形跡もなく外出時のままストッキングも着用していたというものがあった。これにより元カレの部屋に入って間もなく殺害された可能性が高いとみられた。性的暴行の可能性も改めて否定された。ただ東陽町から浦安まで歩いて明け方近くなったとして疲れてそのまま寝落ちした可能性もゼロではない。といっても死亡推定時刻から未明の時間帯には殺害されていたことが確かで、男性帰宅時にはすでに死亡して時間が経っていた裏付けとなる。
男性の帰宅から通報までのタイムラグについては、「元カノがもうディズニーランドに出発した時間を見計らって帰宅したが、部屋の奥で横になっていた。寝ていると思い、敢えて声がけもしなかった。」ということであり結果的に嘘偽りのない供述だった。
東陽町止まりの終電を降りた後、女性がコンビニで立ち読みをしたりしながら本当にほとんどの距離を歩いたことは各所の防犯カメラ映像でも明らかになっていた。また途中で誰かと合流したり、女性の後を付ける人物も確認されなかった。
一部の見立てで、深夜に徒歩で帰宅する女性が目を付けられ暴行目的で尾行され、オートロックで後ろに付いて入館、部屋に押し入ったところで気付かれたので殺害されたというものもあったがその線も薄いことがわかってきた。
致命傷となった心臓の傷についても議論の対象となった。明確に刺殺のシミュレーションをしていなければ包丁を縦に突き立てるものだが、それだと肋骨に当たり卒倒するほどの致命傷には至らない。包丁を横にして突いたとすればプロの殺し屋の犯行ではないのか。あるいは事前にシミュレーションをしていた明確な殺害目的ではないかというものである。
この段階でいよいよ報道からの情報も出尽くしつつあった。ネット探偵は犯人を特定するというよりも、
「被害者はなぜ、ホテルでも友達の家でも無くわざわざ元カレの家に泊まったのか」
「元カレは鍵を郵便受けで受け渡しにしてまで頑なに帰宅しなかったのはなぜか」
といった点に興味の対象が映っていた。
中には元カレが都内の漫画喫茶のカメラにアリバイ映像を残しながら密かに自宅に帰宅して犯行を行い、その後改めて第一発見者を装うにはどのようなトリックを使えば可能になるかという考察まで行う者もいた。
報道内容に間違いが無い限り、そのような事は不可能なのだがそれがまたネット探偵を燃え上がらせた。
部屋で女性が死亡しているなら出血もありにおいなどで異変に気付くのではないか、寝ていると思ったとしても狭い部屋なのでちょっと様子くらいは伺うのでは無いか。友人関係になっていたとしてもそこまで素っ気ない関係性なのかという詮索もあった。
結果的には部外者でしかないネット内では、大喜利状態にしかならない。推理小説でもあり得ないようなトンデモ推理しか生まれなかった。
警察が当初から元カレの確固たるアリバイに言及していたのは、疑いが発見者に向かないようにという配慮であったと考えられる。
結果として、事件は一時期、元交際相手と被害者の関係性を軸とした文脈で語られることになり、捜査の進展より先に、関係性そのものが社会的関心の中心となっていった。
また新情報が尽きるにつれてやがて世間の関心は薄れがちになっていった。
世間の野次馬的な関心は上記の通りである。
しかし警察は元交際相手の男性からの事情聴取と並行して、現場および周辺から得られた物的証拠の精査を進めていた。捜査の重点は、室内に残された痕跡とオートロックマンション内外の移動経路の特定に置かれた。
現場の室内からは、居住者および被害者以外の第三者のものとみられる指紋や足跡が確認された。これについても居住者に聞き取りが行われて過去に入室したことがある来客の指紋と照合して可能性を絞っていったはずである。
居住者がしばらくは気に留めない程度であったとはいえ、室内の一部に確かに物色の形跡はあり、持ち去られていないまでも現金や貴重品に手をつけられていたことから、警察は当初より「部屋そのものへの侵入目的の犯行」の可能性を排除していなかった。
またマンション共用部および周辺の防犯カメラの解析により、事件当夜に限らずとも居住者が入館した後に他の人物が館内に出入りするケースがそれなりに常態化していたことが判明した。好意的に考えれば居住者同士がいちいち開錠せずに暗黙の了解で一緒に入ってしまっているだけである。しかし他の居住者の入館時に後から続いて全くの部外者が勝手に入る、いわゆる「共連れ侵入」の可能性が浮上した以上オートロックは無意味となる。容疑者の範囲は大きく広がった。
そんなタイミングで唐突に警察からの発表があり事件は急展開した。
同じマンション5階に住む住民が容疑者(当時26歳の会社員)として逮捕されたのである。
容疑者特定の経緯はこうである。
まずオートロックの防犯カメラで事件前後に居住者以外の入退室が確認されなかった。これは信じがたいことではあるが居住者の中に容疑者がいる可能性が高いことを意味する。その上で深夜時間帯に単独で行動してるのが防犯カメラに映っていて入退館の動線が事件発生時刻と一致している人物がいることなどが確認され、住民の男が容疑者として捜査線上に浮上した。もちろんそれだけでは犯行そのものの証拠にはならない。
現場から押収された凶器とみられる刃物、室内に残された指紋、侵入時に付着した繊維片などについて鑑定が行われ、これらが男と結びつく証拠が揃った。
これらの物的証拠をもとに、警察は住民の男を容疑者として特定し任意同行を求めた。
男は取り調べに対し当初は関与を否定していたが、DNA鑑定結果や防犯カメラ映像の提示を受け供述を変化させついには「盗み目的で部屋に侵入した」と供述し強盗殺人容疑で逮捕に至った。
深夜に女性がマンションの郵便受けで合鍵を取り出すのをたまたま見て部屋番号を把握。「女性だったので侵入しやすい」と考えてその後侵入し現金などを奪うつもりだったが被害者に気づかれたため刺したということだった。
玄関ドアが無施錠であったと話しているが、単なる施錠忘れなのか、あるいは後から元カレが帰宅することに配慮した行動かは確認できない。施錠する間もなく犯人が侵入した可能性も捨てきれない。
供述だけを見ると窃盗が主目的だったけれど予定外に発見されたために殺害に至ったという流れだが、捜査関係者や報道では不可解な点も多く指摘されている。
ただ被害者への個人的感情や怨恨による犯行では無いことは事実であり、被害者が部屋の主ではなくたまたま泊まりに来ただけということも容疑者は把握していなかったと思われる。
つまり偶発的に選んだターゲットがたまたま被害者の女性だったわけである。
裁判でも被告本人が「説明できない」と述べた場面が多々あり、明確な殺意の動機を具体的に説明できなかったことが指摘されている。裁判員からも 動機について不可解さが残るという声があがっている。
そもそも空き巣目的ならば帰宅したばかりで明らかに女性が在室している部屋に侵入すれば見つかるのは当たり前であり犯行計画自体がずさんである。
一部報道ではパチンコ・風俗通い、金銭難などへの言及が見られるが確たる発表は捜査側からはされていない。
容疑者は以前からマンション内で盗み目的で他の部屋に侵入したことがあるとも供述しており、実際に複数の住人から空き巣被害の情報が寄せられていたとされる。
また、ますます不可解なことに、 殺害後に被害者の携帯電話でメールや通話履歴を見ようとしていたという供述もあった。犯行の早期発覚を恐れて同居人の存在を確かめようとしたのか、あるいは殺害後になって被害者女性のプライバシーに個人的な興味を抱いたのかすらも不明である。
このように容疑者の具体的な動機と犯行前後の行動原理は最後まで明らかにならなかった。
凶器の包丁や被害者の携帯電話は犯行後に外部に遺棄したとの供述があり、実際に携帯電話は側溝で発見されたが、包丁はその後発見されなかった。
動機の確定的な理由には至らなかったものの遺留物やDNAなどの物的証拠から犯行自体は疑いの余地が無いとされ、容疑者は懲役20年の有罪判決を経て服役することとなった。
当然ながら元交際相手の男性については、犯行に関与した可能性を示す物的証拠は確認されず、提出されていたアリバイも裏付けが取れたとして捜査線からは早い段階で完全に外れていた。
真犯人の逮捕によって世間からの理不尽な疑いも晴れた形である。
事件は、被害者と居住者との私的関係を背景としたものでは全くなく、第三者による侵入型犯罪であることが公式に示されたのである。
報道もこの逮捕を境に論調を大きく変え、当初強く注目されていた元交際相手の関係性や行動よりも、犯人の異常性、犯行の突発性、オートロックマンションの防犯上の弱点といった点に焦点が移っていった。
オートロックであろうとも悪意があって入ろうと思えば入る方法がいくらでもあること、そもそも同じマンションの住人に犯罪者がいる場合、油断が生じる分危険であるということである。
このような経緯でこの事件は、捜査の進展により第三者による侵入型強盗殺人事件として全体像が確定した。一方で、事件を構成する個々の要素を整理すると、偶発性の度合いが極めて高い事案であったことが浮かび上がる。
被害者や現場に関する情報量は多かったがそれらは全て事件とは何の関係も無かった。
雑な言い方をすれば、シンプルにたまたま異常者に目を付けられ犯罪に巻き込まれた事件というだけなのである。
被害者は宮城県在住であり、事件当夜はディズニーランドへの利便性のため浦安市のマンションに一時的に滞在していた。その滞在も元交際相手の居住する部屋でありながら、本人は不在という例外的な状況下で発生している。被害者がその夜に上京していなければ、あるいは別の場所に宿泊していれば、事件は成立しなかった。元カレと元カノ二人で在宅していればターゲットから外れた可能性もある。
また、現場はオートロック付きマンションであり、一般的には外部侵入のハードルがあると認識される住環境であった。犯人は居住者でも被害者の知人でもなく、共用部でたまたま遭遇という偶発的な機会を利用している。この点は、犯行対象が事前に特定されていたのではなく、深夜帯に侵入可能な部屋をもともと探していた結果として現場の部屋が選ばれた可能性を示している。
被害者が犯人と遭遇したタイミングも、侵入後すぐという短時間のものであり、争いが長引いた痕跡は確認されていない。致命傷は胸部一か所で、防御創がほとんど確認されなかったことから、犯行は極めて短時間で完結したと推認されている。犯人が一突きで殺害を狙ったというよりはたまたま第一撃がそのまま致命傷となった形である。
一方、事件発覚から逮捕に至るまでの過程においては、被害者と元交際相手との関係性が大きく注目された。
破局後も友人関係を維持していた点、元交際相手の部屋に宿泊していた点、合鍵が残され、居住者が不在であった点。
これらは結果的に事件の核心とは直接関係しなかったものの、外形的には不可解さを伴い、結果として世間の関心と報道の焦点を集めた。捜査当局は、人物関係の精査を早い段階で見切って物的証拠の収集を続け、その結果、初期に注目された関係性とは無関係の犯人像が確定することとなった。
本件では、DNA鑑定、防犯カメラ解析、侵入経路の特定といった物的証拠が決定的な役割を果たし、元交際相手に向けられた疑念は捜査結果によって解消された。結果として、事件は特定の人間関係や怨恨によるものではなく、偶然に重なった条件下で発生した突発的犯罪であったことが示された。
ただし、犯人がなぜその時間帯にその場所を選んだのか、なぜ侵入直後に刃物を使用するに至ったのかといった内面的な動機については、供述以上の具体性をもって説明されてはいない。犯行の成立条件は明らかになった一方で、意思決定の詳細までは完全に言語化されないまま裁判は結審している。
以上のように本事件は、被害者の一時的な行動、現場の構造的条件、犯人の偶発的侵入が同一の夜に重なったことで発生した殺人事件であり、その全体像は解明されたものの、行動と結果の落差が強く印象に残る事案として記録されることとなった。
浦安市は都心から電車で30分ほどの通勤圏。マンションは単身向けの間取りの賃貸がメイン。1階は紳士服店と駐車場。1階にオートロックの自動ドア付きエントランスがあり郵便受けがある。2階から5階が居室となっており比較的新しい建物である。
同日朝、当該マンションに居住する男性(当時23歳)が、自室で女性が倒れているのを発見し警察に通報した。
女性はその場で死亡が確認され、遺体には胸部を刃物で刺された痕跡があった。
司法解剖の結果、死因は心臓に達する刺創による失血死と判断された。
被害者は宮城県仙台市在住の女性看護師でこちらも発見者男性と同じく当時23歳。
発見時、室内を物色された形跡は一部に見られたが、争った形跡は限定的で、盗まれたものは無し。被害者に明確な防御創は確認されなかったと報道されている。
被害者は女性であったが着衣の乱れも確認されなかった。
現場となった部屋は被害者女性本人の居住地ではなく、発見者である男性が居住する賃貸マンションの一室だった。マンションはエントランスにオートロック設備があり、居住者もしくは居住者に開錠された来客しか基本的には建物内に立ち入れない構造であった。
当初、警察は「知人宅での殺害事件」として捜査を開始した。被害者が地方在住であり、事件当夜は一時的に上京していたこと、また殺害現場が第三者の住居であったことから、無差別犯行や通り魔的事件とは異なる性質を持つ可能性が早い段階で認識された。
第一報では、
被害者がなぜこの部屋に滞在していたのか
事件当時、部屋の居住者がなぜ不在だったのか
外部から第三者が侵入した可能性があるのか
といった点が不明で、警察・報道ともに事案の全体像を把握できていない状況だった。
現場検証の結果、凶器とみられる刃物の存在、室内の状況、入退室経路の確認などが進められ、警察は当初から「計画性の高い犯行か、突発的な侵入犯罪か」の両面を視野に入れて捜査を開始した。
この時点では、犯人像・動機・侵入経路はいずれも特定されておらず、事件は「背景関係が複雑な殺人事件」として大きく報じられることになる。
警察発表および初期報道により、現場の部屋に居住していた男性は被害者の元交際相手つまり元カレであったことが明らかになった。二人は過去に福島県の学校の同級生であり交際関係にあったが、事件当時はすでに別れていた。警察の事情聴取に対し男性は「現在は友人関係だった」と説明している。
被害者は事件当日、宮城県から友人と会ってディズニーランドに行くために上京していた。ゴールデンウィークに合わせたのだろう。
報道によれば都内でディズニーランドの約束をしたのと別の知人と会食した後で、深夜帯に現場となった浦安市のマンションへ向かったとされている。
防犯カメラの映像から、被害者とみられる女性が東京メトロ東西線・東陽町駅で0時過ぎに終電を降りた様子が確認されており、その後の移動経路については捜査初期段階では明確に特定されていなかった。
元交際相手の男性は、被害者が宿泊する可能性があったため合鍵を郵便受けに入れて外出していたと説明している。ゴールデンウィークではあるが飛び石連休の間の平日でもあるため、勤務先によっては稼働日だったことも考えられる。
事件発生時刻とされる深夜から未明にかけて男性本人は帰宅しておらず、漫画喫茶などで時間を過ごしていた。そして朝になってから帰宅したと供述している。当然ながら警察はこの供述について、当初からアリバイの確認を進めたことが想像できる。
このように、やや特異性のある状況と現時点の登場人物が被害者と発見者に限られていることにより、報道の関心は自然と元交際相手の男性に集中した。被害者も外見が華やかな若い女性であり、顏写真も連日ニュース画面に現れた。ネット探偵の関心もまた同様である。
報道では以下の点が小出しに明らかにされ、新情報が尽きるまでは繰り返し取り上げられた。
殺害現場が元カレの居住する部屋であったこと
オートロックにもかかわらず被害者が合鍵を使用して入室していたこと
元カレで部屋の主でもある男性本人が事件当時に不在であったこと
男性が朝に帰宅してから女性の遺体を発見して通報するまでにタイムラグがあったこと
破局後も友人関係を維持していたとする関係性の説明
被害者が地方在住であり、当夜は一時的な滞在であったこと
とりわけ、「友人関係だとしても元カノが家に泊まる一方で、居住者本人である元カレが敢えて帰宅していなかった つまり部屋だけ貸した」という状況は、異質さを強調する材料として報道で言及され、ネット探偵からも不審視された。
一度は別れたとはいえ元カノが元カレの家に泊まりに来るくらいなので復縁の芽がわずかでもあったのではないか。復縁の芽があるにも関わらず元カレのほうから避ける行動は理解しづらい。
別れた後は顔も合わせたくないほどになっていたならそもそも自宅に泊まることすら断るのではないか。自分が部屋を空けてまで元カノに貸すのは親切心が過剰なのでは。
今となっては余計なお世話であるがそれが世の中の意見の主流であった。
また、被害者が終電を逃し、深夜に浦安市方面へ移動していた点についても、足取りの不透明さとして報道された。東陽町駅から現場マンションまでは相当の距離があり、徒歩移動は現実的でないとする見方も示されたが、警察は移動手段を特定できていない段階であり、詳細な行動経路は「調査中」とされた。
報道の中で大人の足で一生懸命歩けば50分という検証結果も出されたが、若い女性が深夜にそこまでの行動を取るかに疑問符が打たれていた。
元交際相手の男性については発見者でもあり当然真っ先に任意での事情聴取が行われたが、同時に警察は、提出されたアリバイについて裏付け捜査を進めていることを明らかにした。
現場の室内状況、男性の外出記録、防犯カメラ映像などが並行して確認され、捜査は人物関係と外部侵入の両面から進められていた。
ただ、男性のアリバイは当初から報道されていた。漫画喫茶の防犯カメラに映っていて供述通りで間違い無いということだった。その後もそれが覆る情報が警察から出ることが一切無かったことを考慮するに、現場マンションの防犯カメラにも翌朝の帰宅時まで男性は一切映っていなかったということだろう。
後から新たに報道された内容というと、女性の着衣に乱れがなかったのは当初の通りだが部屋に入った後で着替えた形跡もなく外出時のままストッキングも着用していたというものがあった。これにより元カレの部屋に入って間もなく殺害された可能性が高いとみられた。性的暴行の可能性も改めて否定された。ただ東陽町から浦安まで歩いて明け方近くなったとして疲れてそのまま寝落ちした可能性もゼロではない。といっても死亡推定時刻から未明の時間帯には殺害されていたことが確かで、男性帰宅時にはすでに死亡して時間が経っていた裏付けとなる。
男性の帰宅から通報までのタイムラグについては、「元カノがもうディズニーランドに出発した時間を見計らって帰宅したが、部屋の奥で横になっていた。寝ていると思い、敢えて声がけもしなかった。」ということであり結果的に嘘偽りのない供述だった。
東陽町止まりの終電を降りた後、女性がコンビニで立ち読みをしたりしながら本当にほとんどの距離を歩いたことは各所の防犯カメラ映像でも明らかになっていた。また途中で誰かと合流したり、女性の後を付ける人物も確認されなかった。
一部の見立てで、深夜に徒歩で帰宅する女性が目を付けられ暴行目的で尾行され、オートロックで後ろに付いて入館、部屋に押し入ったところで気付かれたので殺害されたというものもあったがその線も薄いことがわかってきた。
致命傷となった心臓の傷についても議論の対象となった。明確に刺殺のシミュレーションをしていなければ包丁を縦に突き立てるものだが、それだと肋骨に当たり卒倒するほどの致命傷には至らない。包丁を横にして突いたとすればプロの殺し屋の犯行ではないのか。あるいは事前にシミュレーションをしていた明確な殺害目的ではないかというものである。
この段階でいよいよ報道からの情報も出尽くしつつあった。ネット探偵は犯人を特定するというよりも、
「被害者はなぜ、ホテルでも友達の家でも無くわざわざ元カレの家に泊まったのか」
「元カレは鍵を郵便受けで受け渡しにしてまで頑なに帰宅しなかったのはなぜか」
といった点に興味の対象が映っていた。
中には元カレが都内の漫画喫茶のカメラにアリバイ映像を残しながら密かに自宅に帰宅して犯行を行い、その後改めて第一発見者を装うにはどのようなトリックを使えば可能になるかという考察まで行う者もいた。
報道内容に間違いが無い限り、そのような事は不可能なのだがそれがまたネット探偵を燃え上がらせた。
部屋で女性が死亡しているなら出血もありにおいなどで異変に気付くのではないか、寝ていると思ったとしても狭い部屋なのでちょっと様子くらいは伺うのでは無いか。友人関係になっていたとしてもそこまで素っ気ない関係性なのかという詮索もあった。
結果的には部外者でしかないネット内では、大喜利状態にしかならない。推理小説でもあり得ないようなトンデモ推理しか生まれなかった。
警察が当初から元カレの確固たるアリバイに言及していたのは、疑いが発見者に向かないようにという配慮であったと考えられる。
結果として、事件は一時期、元交際相手と被害者の関係性を軸とした文脈で語られることになり、捜査の進展より先に、関係性そのものが社会的関心の中心となっていった。
また新情報が尽きるにつれてやがて世間の関心は薄れがちになっていった。
世間の野次馬的な関心は上記の通りである。
しかし警察は元交際相手の男性からの事情聴取と並行して、現場および周辺から得られた物的証拠の精査を進めていた。捜査の重点は、室内に残された痕跡とオートロックマンション内外の移動経路の特定に置かれた。
現場の室内からは、居住者および被害者以外の第三者のものとみられる指紋や足跡が確認された。これについても居住者に聞き取りが行われて過去に入室したことがある来客の指紋と照合して可能性を絞っていったはずである。
居住者がしばらくは気に留めない程度であったとはいえ、室内の一部に確かに物色の形跡はあり、持ち去られていないまでも現金や貴重品に手をつけられていたことから、警察は当初より「部屋そのものへの侵入目的の犯行」の可能性を排除していなかった。
またマンション共用部および周辺の防犯カメラの解析により、事件当夜に限らずとも居住者が入館した後に他の人物が館内に出入りするケースがそれなりに常態化していたことが判明した。好意的に考えれば居住者同士がいちいち開錠せずに暗黙の了解で一緒に入ってしまっているだけである。しかし他の居住者の入館時に後から続いて全くの部外者が勝手に入る、いわゆる「共連れ侵入」の可能性が浮上した以上オートロックは無意味となる。容疑者の範囲は大きく広がった。
そんなタイミングで唐突に警察からの発表があり事件は急展開した。
同じマンション5階に住む住民が容疑者(当時26歳の会社員)として逮捕されたのである。
容疑者特定の経緯はこうである。
まずオートロックの防犯カメラで事件前後に居住者以外の入退室が確認されなかった。これは信じがたいことではあるが居住者の中に容疑者がいる可能性が高いことを意味する。その上で深夜時間帯に単独で行動してるのが防犯カメラに映っていて入退館の動線が事件発生時刻と一致している人物がいることなどが確認され、住民の男が容疑者として捜査線上に浮上した。もちろんそれだけでは犯行そのものの証拠にはならない。
現場から押収された凶器とみられる刃物、室内に残された指紋、侵入時に付着した繊維片などについて鑑定が行われ、これらが男と結びつく証拠が揃った。
これらの物的証拠をもとに、警察は住民の男を容疑者として特定し任意同行を求めた。
男は取り調べに対し当初は関与を否定していたが、DNA鑑定結果や防犯カメラ映像の提示を受け供述を変化させついには「盗み目的で部屋に侵入した」と供述し強盗殺人容疑で逮捕に至った。
深夜に女性がマンションの郵便受けで合鍵を取り出すのをたまたま見て部屋番号を把握。「女性だったので侵入しやすい」と考えてその後侵入し現金などを奪うつもりだったが被害者に気づかれたため刺したということだった。
玄関ドアが無施錠であったと話しているが、単なる施錠忘れなのか、あるいは後から元カレが帰宅することに配慮した行動かは確認できない。施錠する間もなく犯人が侵入した可能性も捨てきれない。
供述だけを見ると窃盗が主目的だったけれど予定外に発見されたために殺害に至ったという流れだが、捜査関係者や報道では不可解な点も多く指摘されている。
ただ被害者への個人的感情や怨恨による犯行では無いことは事実であり、被害者が部屋の主ではなくたまたま泊まりに来ただけということも容疑者は把握していなかったと思われる。
つまり偶発的に選んだターゲットがたまたま被害者の女性だったわけである。
裁判でも被告本人が「説明できない」と述べた場面が多々あり、明確な殺意の動機を具体的に説明できなかったことが指摘されている。裁判員からも 動機について不可解さが残るという声があがっている。
そもそも空き巣目的ならば帰宅したばかりで明らかに女性が在室している部屋に侵入すれば見つかるのは当たり前であり犯行計画自体がずさんである。
一部報道ではパチンコ・風俗通い、金銭難などへの言及が見られるが確たる発表は捜査側からはされていない。
容疑者は以前からマンション内で盗み目的で他の部屋に侵入したことがあるとも供述しており、実際に複数の住人から空き巣被害の情報が寄せられていたとされる。
また、ますます不可解なことに、 殺害後に被害者の携帯電話でメールや通話履歴を見ようとしていたという供述もあった。犯行の早期発覚を恐れて同居人の存在を確かめようとしたのか、あるいは殺害後になって被害者女性のプライバシーに個人的な興味を抱いたのかすらも不明である。
このように容疑者の具体的な動機と犯行前後の行動原理は最後まで明らかにならなかった。
凶器の包丁や被害者の携帯電話は犯行後に外部に遺棄したとの供述があり、実際に携帯電話は側溝で発見されたが、包丁はその後発見されなかった。
動機の確定的な理由には至らなかったものの遺留物やDNAなどの物的証拠から犯行自体は疑いの余地が無いとされ、容疑者は懲役20年の有罪判決を経て服役することとなった。
当然ながら元交際相手の男性については、犯行に関与した可能性を示す物的証拠は確認されず、提出されていたアリバイも裏付けが取れたとして捜査線からは早い段階で完全に外れていた。
真犯人の逮捕によって世間からの理不尽な疑いも晴れた形である。
事件は、被害者と居住者との私的関係を背景としたものでは全くなく、第三者による侵入型犯罪であることが公式に示されたのである。
報道もこの逮捕を境に論調を大きく変え、当初強く注目されていた元交際相手の関係性や行動よりも、犯人の異常性、犯行の突発性、オートロックマンションの防犯上の弱点といった点に焦点が移っていった。
オートロックであろうとも悪意があって入ろうと思えば入る方法がいくらでもあること、そもそも同じマンションの住人に犯罪者がいる場合、油断が生じる分危険であるということである。
このような経緯でこの事件は、捜査の進展により第三者による侵入型強盗殺人事件として全体像が確定した。一方で、事件を構成する個々の要素を整理すると、偶発性の度合いが極めて高い事案であったことが浮かび上がる。
被害者や現場に関する情報量は多かったがそれらは全て事件とは何の関係も無かった。
雑な言い方をすれば、シンプルにたまたま異常者に目を付けられ犯罪に巻き込まれた事件というだけなのである。
被害者は宮城県在住であり、事件当夜はディズニーランドへの利便性のため浦安市のマンションに一時的に滞在していた。その滞在も元交際相手の居住する部屋でありながら、本人は不在という例外的な状況下で発生している。被害者がその夜に上京していなければ、あるいは別の場所に宿泊していれば、事件は成立しなかった。元カレと元カノ二人で在宅していればターゲットから外れた可能性もある。
また、現場はオートロック付きマンションであり、一般的には外部侵入のハードルがあると認識される住環境であった。犯人は居住者でも被害者の知人でもなく、共用部でたまたま遭遇という偶発的な機会を利用している。この点は、犯行対象が事前に特定されていたのではなく、深夜帯に侵入可能な部屋をもともと探していた結果として現場の部屋が選ばれた可能性を示している。
被害者が犯人と遭遇したタイミングも、侵入後すぐという短時間のものであり、争いが長引いた痕跡は確認されていない。致命傷は胸部一か所で、防御創がほとんど確認されなかったことから、犯行は極めて短時間で完結したと推認されている。犯人が一突きで殺害を狙ったというよりはたまたま第一撃がそのまま致命傷となった形である。
一方、事件発覚から逮捕に至るまでの過程においては、被害者と元交際相手との関係性が大きく注目された。
破局後も友人関係を維持していた点、元交際相手の部屋に宿泊していた点、合鍵が残され、居住者が不在であった点。
これらは結果的に事件の核心とは直接関係しなかったものの、外形的には不可解さを伴い、結果として世間の関心と報道の焦点を集めた。捜査当局は、人物関係の精査を早い段階で見切って物的証拠の収集を続け、その結果、初期に注目された関係性とは無関係の犯人像が確定することとなった。
本件では、DNA鑑定、防犯カメラ解析、侵入経路の特定といった物的証拠が決定的な役割を果たし、元交際相手に向けられた疑念は捜査結果によって解消された。結果として、事件は特定の人間関係や怨恨によるものではなく、偶然に重なった条件下で発生した突発的犯罪であったことが示された。
ただし、犯人がなぜその時間帯にその場所を選んだのか、なぜ侵入直後に刃物を使用するに至ったのかといった内面的な動機については、供述以上の具体性をもって説明されてはいない。犯行の成立条件は明らかになった一方で、意思決定の詳細までは完全に言語化されないまま裁判は結審している。
以上のように本事件は、被害者の一時的な行動、現場の構造的条件、犯人の偶発的侵入が同一の夜に重なったことで発生した殺人事件であり、その全体像は解明されたものの、行動と結果の落差が強く印象に残る事案として記録されることとなった。
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