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序章
01.婚約破棄は突然に(1)
しおりを挟む「シエラローズ・ミルフローリア! 本日この場をもって、君との婚約を破棄する!」
広大な国土を有するパルシェフィード国に数多ある貴族家の中でも、ごく限られた上位貴族家の子息子女が集う、王妃主催となるサロンの会場に高らかな声が響き渡る。
王妃主催とは言うものの、現在この場に王妃は不在となっており、実質的にはこの国の第二王子が代理で主催しているようなものであった。
直前まで和やかだった会場内の空気が、一瞬でピシッと凍りついたのを肌で感じながら、名指しされたシエラローズは冷めた目で正面に立つ青年を見つめ返した。
彼らを取り囲む人々の視線が痛い程に突き刺さる。
(この方は本当に救いようのない馬鹿なのね……)
聞く人が聞けば、不敬罪だ、打ち首だと騒ぐであろう言葉だと理解している。
だからこそ心の中で呟くだけに留めた。
何故なら、この青年はこのパルシェフィード国の王族だから。
パルシェフィード国第二王子――アレクシオス・パルシェフィードと、国内随一の領地を有するミルフローリア公爵家の令嬢シエラローズが婚約関係を結んだのは、今から五年程前のことであった。
当時から彼らの仲は良好とは言えなかったが、この五年間は当たり障りの無い程度には穏やかな関係だったと言えるだろう。
それは彼らの婚約が政治的意味合いを含んでいるものだからであり、必要以上に関わることが無かったためでもある。
決して仲が良いという範疇には無い。
婚約を交わす際には、彼らの婚約が国にとってどれほど重要であるか、という説明をアレクシオスの父――パルシェフィード国王直々に賜っていた。
それはシエラローズもアレクシオスもしっかり耳にし、理解していたはずだった。
当時の彼らは共に十二歳になっており、物事の分別がつかぬ幼子では無かったが、王は可能な限り難解な言い回しを避け、彼らが十分に理解できるよう丁寧に説明していたので、しっかり理解できたものだと、その場にいた国王夫妻やミルフローリア公爵夫妻、シエラローズ自身でさえも思っていた。
しかし、アレクシオスは理解していなかったのだと、今この場で知った。
周囲にいる人々は、彼らの婚約の意味を知らない。だからと言って、気軽に説明できる内容でも無いため、シエラローズは口を閉ざす。
そして――
「それは、国王陛下もご承知済みなのでしょうか?」
「当然だ! 君のような悪女と縁が切れるのだから、父上もお喜びに決まっている」
アレクシオスは得意気な様子できっぱりと断言した。
「悪女、ですか……どういう意味でしょうか?」
あれこれ問い詰めることはせず、この場は大人しく引き下がるつもりでいたシエラローズは、聞き捨てならない単語を耳にして思い止まった。
元より、シエラローズは自身に対する周囲からの評価に興味が無く、其処彼処で陰口を叩かれていたとしても気にしていない。――それが事実に基づくことであるのなら。
シエラローズは誰に対しても淡々と冷静に接しながらも、言うべきことははっきり言うという性質を持つ故に、冷たい、厳しすぎる、といった批判的な声が頻繁に上がっている。
また、美しく整った容姿ではあるが、どんな時も表情が変わらないことも相俟って、氷の薔薇人形と揶揄されていることも知っている。――その一言に、氷のように冷徹で薔薇のように無数の棘を持った人形、という意味が込められていることも。
シエラローズとしては、日々、自身の行うべきことを真面目に遂行し、自身の役目を全うしているだけのことであるが、どうしても周囲には理解が及ばない部分もあるため仕方のないことだと、数ある批判も中傷も寛容に受け止めていた。
とは言え、誰も彼も敵対しているわけでは無く、シエラローズが通うパルシェフィード王立学院内には、それなりに親しい間柄の者もいるので、困ることは何も無い。
だからこそ、アレクシオスが言い放った、悪女という単語が出てくる理由を知りたかった。あれこれ陰口を叩いている周囲の人々の口からは出たことのない単語だったから。
だが、この後耳にするアレクシオスの言葉に、シエラローズは尋ねたことを後悔する羽目になった。
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