となりの天狗様

真鳥カノ

文字の大きさ
86 / 99
五章 天狗様、奔る 

しおりを挟む
 また、奇妙な声が聞こえた。色々な声で発した言葉を繋げる、呼子なりの会話法だった。
「あの鬼って……知ってるの?」
 呼子はかろうじて頷き、目を逸らしながらも、言葉を繋げた。
「『あそこ』……『俺』『の』『山』……『怖い』『やつ』『来た』……『逃げた』」
「狐ちゃんたちの言っていた鬼が、君を山から追い出した怖いあやかしってこと?」
 呼子はまたも頷いた。
「そうか。よその山から来たっていうアレか……しかし、だったら何故僕を”見ている”んだろう? 恨みを買うような機会があったかな」
「『あいつ』『言って』『た』……『天狗』『太郎坊』『憎い』……」
「太郎坊ってのは、この太郎のことか?」
「『愛宕』『太郎』『憎い』……『言って』『た』」
 その言葉を聞いた太郎の瞳が、大きく見開いた。すべてが、一本の糸に繋がっていく。
「あの時の……藍を襲っていたあやかし……あいつが……!」
「覚えがあるのですか?」
「ああ。愛宕山にいた形も持たないあやかしだった。藍のことを襲っていたから消した……つもりだったけど、生きていたのか」
 治朗も三郎も、太郎の言葉にうなり声を上げた。遅れて理解したらしい。
「そうか。それで兄者を追ってあの山に……」
「山では弱いあやかし共をたくさん喰ったんだろう。それで力をつけて、形を成して鬼に成ったか」
「そして、藍に目をつけた……!」
 太郎の拳に、ぎゅっと力が籠もった。かと思うと、その手で布団を払いのけ、太郎は走り出さんばかりの勢いで立ち上がっていた。
「待て待て。まだフラフラじゃねえか」
「兄者、ここは俺が行きます」
 治朗と三郎は、揃って太郎を引き留めた。だが、太郎はその手を振り払った。正確には振り払おうとして、だが力が足りなくて、振り払えずにいる。
 それでも、荒い呼吸のまま、太郎は訴えた。
「僕が行かないと……あいつは僕を狙っているんだ!」
「俺たち全員、あの山に行ったことがねえだろ。ということは走るか飛ぶかしないといけない。そうなったら、こんな足下もおぼつかないお前を抱えてちゃ足手まといだろうが」
「だけど……!」
「良い覚悟だ」
 この場の緊迫感に似合わない、乾いた拍手の音が響いた。それと、聞き覚えのある声が。
 太郎たちはため息を噛み殺して、戸口に立つ人物を睨みつけた。
「何の用だよ、僧正坊……!」
「いやなに、優子殿の店に寄らせてもらったついでに、太郎の様子でも見ていこうと思ってね。来てみたら、なんとも面白い……いや波乱に満ちたことが起こっているじゃないか」
 僧正坊は、三人分の鋭い視線などまったく意に介さず、歩み寄ってきた。顔には、何やら感心したような、偉ぶった笑みが浮かんでいる。それが、この場の空気にあまりにもそぐわず、太郎たちを苛立たせた。
「いや、そんな体で自分を付け狙う鬼のもとに行こうとしている心意気にいたく感心したのさ。あの猪娘のためというのが、理解に苦しむが」
「だったら黙ってろよ」
「三郎……久々に会ったというのに、つれない態度だ。感心したから手伝ってあげようと思っているのに」
「……なに?」
 僧正坊は不敵な笑みで、遠くの山を指さした。
「私はあの山に行ったことがある。つまり、君たち全員を、神足通で連れて行ってやれると言っているんだ」
 その言葉に動揺が走ったのは、太郎だけではなかった。
「行ったことがあるってのは、どうしてだ?」
「ちょっと知り合いがいてね。彼は長いこと、あそこを根城にしていた。愛宕から来た無作法者が山を荒らしているというのは聞いていたが……まさかこれほどまでに太郎に関係していたとはね」
 その愉快そうな物言いに、太郎たちは噛みつきそうになった。だが、他ならぬ太郎がぐっと堪えていた。そして、振り上げそうに成った拳をぐっと押さえて、僧正坊に向けて、頭を下げた。
「頼む、僧正坊……藍の元に連れて行ってほしい」
 僧正坊の顔に、勝利を確信したような笑みが浮かんだ。
「猪娘の元などは知らん。だが、あの山の中には確実に連れて行ってやる」
「お前……何を企んでいる?」
 太郎と同様、拳を押さえている治朗は、代わりにそう尋ねた。だが僧正坊は、治朗の震えている拳まで含めてせせら笑った。
「企んでいるなど……この太郎に”貸しを作る”という愉悦に浸っているだけだよ」
「僕のことなんか今はどうでもいい。早く、あそこへ……藍の元へ……!」
 太郎は苛立つような様子で手を差し出した。僧正坊は、その手を強く握り返した。
「あの猪娘のことなど知らないと言ったのに……」
 二人が手を繋ぐと同時に、治朗も三郎も、太郎の肩を掴んだ。
 四人が一塊になったかと思うと、次の瞬間には、部屋の中からその影は消え失せていた。ただの一欠片ほども、見えない。
 無人の部屋に変わっていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...