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五章 天狗様、奔る
十三
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声は、あっという間に迫ってきて、藍たちと黒い鬼の間に立ち塞がった。鬼どころか、藍よりもずっと小さな姿のそれは、必死に戦意を奮い、毛を逆立てていた。
「呼子ちゃん!?」
目の前にいて、太郎の声で藍を呼んだのは、いつも部屋の隅で丸まっている呼子だった。山を追い出されて以降、小さな物音にも怯えていたものだった。だが今は、そんな臆病な様子は微塵も感じられない。
その気迫に気圧されたのかはわからないが、鬼の方も振り下ろしかけた手が止まっていた。
「『あ』『藍』!」
「はい!」
思わず返事をした藍だったが、呼子は何かを言う気配はない。藍たちには構わず、周囲をキョロキョロ見回して、更に叫んだ。
「『藍』! 『藍』! 『ここ』『に』『いる』!」
「……誰に言ってるんだ?」
慧は眉根をひそめて呼子の行動を見つめていたが、藍には、徐々にその意味がわかってきた。呼んでいるのだ、彼を。
(そうか。さっき鈴の力を使い切っちゃったんだ。だからいつもみたいに位置がわからなくなってるのか)
正直なところ、藍は待っていればそのうち太郎が鈴を頼りに見つけてくれると信じ切っていた。無意識に、そんなにも頼りにしてしまっていたのかと、自分で呆れつつ、考えを改めた。
(太郎さんが見つけてくれるのを待ってちゃダメなんだ。せめて、自分から見つけてもらえるようにしないと……!)
「太郎さん! ここ! 私、ここです!」
「おい、その動物はともかく、お前の気配は他の奴らにはわからないぞ」
慧が結界を張って、二人の姿を見つけられないようにしてくれていた。薄々わかってはいたが、何もしない理由にはならない。
「大事なのは、向こう側に届けようとすることでしょ」
藍は、慧の言葉と手を振り払った。
その瞬間、慧は驚いた顔をした。そんなにおかしなことを言っただろうか、と咄嗟に思ったが、そうではなかった。
慧は、藍の背後を見ていた。呼子が来たのと同じ方向。そして頭上から降ってくる真っ黒な轟音。慧は二つを同時に見ていた。
危ないーーと、思う間もなかった。
今度こそ、あの黒い腕に潰されるーー! 胸の内で、覚悟を決めた。
だが、衝撃は違う形で起こった。
藍たちの頭上から降ってくると思われた轟音は違う場所で鳴っていて、藍たちは、その寸前に強い力で跳ね飛ばされた。正確には、追いやられたと言うべきか。
気付くと藍は、慧と呼子と一緒に先ほどいた場所から吹き飛んでいた。そして、そうしたであろう人物が、目の前にいた。
肩を大きく揺らして、乱れた息を整えるよりも先に、大きく見開いた瞳が、まっすぐに藍を見つめていた。そこに映っているのは、逃げ惑ってボロボロではあるが、五体満足でいる、自分の姿だった。
瞳の持ち主は、そんな藍を見て安心したのだろうか。瞳に映った藍の姿が、じんわりと、滲んだ。
「藍……大丈夫?」
藍は、どう答えたら良いものか、迷った。藍の安否を尋ねる太郎の方が、髪を振り乱して、服も肌も傷だらけで、ボロボロだった。
「た、太郎さんこそ……」
大丈夫ですか、と言おうとした。だができなかった。
言おうとした瞬間、藍の体は太郎の腕の中にすっぽりと収まってしまっていた。
「呼子ちゃん!?」
目の前にいて、太郎の声で藍を呼んだのは、いつも部屋の隅で丸まっている呼子だった。山を追い出されて以降、小さな物音にも怯えていたものだった。だが今は、そんな臆病な様子は微塵も感じられない。
その気迫に気圧されたのかはわからないが、鬼の方も振り下ろしかけた手が止まっていた。
「『あ』『藍』!」
「はい!」
思わず返事をした藍だったが、呼子は何かを言う気配はない。藍たちには構わず、周囲をキョロキョロ見回して、更に叫んだ。
「『藍』! 『藍』! 『ここ』『に』『いる』!」
「……誰に言ってるんだ?」
慧は眉根をひそめて呼子の行動を見つめていたが、藍には、徐々にその意味がわかってきた。呼んでいるのだ、彼を。
(そうか。さっき鈴の力を使い切っちゃったんだ。だからいつもみたいに位置がわからなくなってるのか)
正直なところ、藍は待っていればそのうち太郎が鈴を頼りに見つけてくれると信じ切っていた。無意識に、そんなにも頼りにしてしまっていたのかと、自分で呆れつつ、考えを改めた。
(太郎さんが見つけてくれるのを待ってちゃダメなんだ。せめて、自分から見つけてもらえるようにしないと……!)
「太郎さん! ここ! 私、ここです!」
「おい、その動物はともかく、お前の気配は他の奴らにはわからないぞ」
慧が結界を張って、二人の姿を見つけられないようにしてくれていた。薄々わかってはいたが、何もしない理由にはならない。
「大事なのは、向こう側に届けようとすることでしょ」
藍は、慧の言葉と手を振り払った。
その瞬間、慧は驚いた顔をした。そんなにおかしなことを言っただろうか、と咄嗟に思ったが、そうではなかった。
慧は、藍の背後を見ていた。呼子が来たのと同じ方向。そして頭上から降ってくる真っ黒な轟音。慧は二つを同時に見ていた。
危ないーーと、思う間もなかった。
今度こそ、あの黒い腕に潰されるーー! 胸の内で、覚悟を決めた。
だが、衝撃は違う形で起こった。
藍たちの頭上から降ってくると思われた轟音は違う場所で鳴っていて、藍たちは、その寸前に強い力で跳ね飛ばされた。正確には、追いやられたと言うべきか。
気付くと藍は、慧と呼子と一緒に先ほどいた場所から吹き飛んでいた。そして、そうしたであろう人物が、目の前にいた。
肩を大きく揺らして、乱れた息を整えるよりも先に、大きく見開いた瞳が、まっすぐに藍を見つめていた。そこに映っているのは、逃げ惑ってボロボロではあるが、五体満足でいる、自分の姿だった。
瞳の持ち主は、そんな藍を見て安心したのだろうか。瞳に映った藍の姿が、じんわりと、滲んだ。
「藍……大丈夫?」
藍は、どう答えたら良いものか、迷った。藍の安否を尋ねる太郎の方が、髪を振り乱して、服も肌も傷だらけで、ボロボロだった。
「た、太郎さんこそ……」
大丈夫ですか、と言おうとした。だができなかった。
言おうとした瞬間、藍の体は太郎の腕の中にすっぽりと収まってしまっていた。
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